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災い転じて


 星空迫る夕空の下、作戦本部の屋上に出たヴォクシスは、シガーケースから取り出した煙草に火を点した。

 善戦した娘の労を労うべく各所に頼み倒して設けた休息は、理解ある上官達のお陰で十五分間だけ実現した。

 自身も束の間の休憩時間を噛み締めつつ、耳元のインカムで他の部下達の様子を確認した。

 今のところ奪還作戦は順調そのものだが、帝国の冷酷無比な遣り方には何度も辛酸を嘗めさせられている。

 部下達には、ここスペンヒルの前線基地に戻るまでは絶対に気を抜かぬよう念を押し、不測の事態にも対応できる優秀な者を隊長に選りすぐったが、彼らの無事な姿を見るまでは不安は拭えなかった。


(…皆、どうか無事に帰ってきてくれ…)


 祈るように胸ポケットに仕舞ったシガーケースに手を当て、部下達の帰還を切に願った。


「流石、敵味方に悪魔と恐れられる貴方が作り上げた部隊ですね」


 そんな皮肉めいた言葉に振り返り、姿勢を正した。

 この基地の長、スペンシア少将が杖を頼りに歩み寄る。

 家柄故に彼女は若くして軍門を叩き、かつては協定を結ぶ国々をその手腕で強固に守り抜いた実力者だ。

 帝国との戦争が始まってからは、この基地を一時も離れることなく偉大な国家を守り続けている。

 彼女が前線で指揮を取っているからこそ、王国は帝国の侵略をここまでで抑えられていると言っても過言ではない。

 晩夏の風を纏う英傑の姿に、ヴォクシスは咥え煙草を急ぎ手に取って消し潰し、畏敬の念を持って敬礼した。


「参謀本部に行った貴方が、またここに戻ってくるとは思いませんでした。マーチス元帥やシルビア殿下を説得するのは骨が折れたのでは?」


 その問いに思わず苦笑した。

 実を言うと第八〇六特務機動小隊の発足時から、自身の前線派遣については参謀本部からは渋い顔をされていた。

 一応として王族であることも大きな理由であるが、参謀本部そのものが己の能力を買っており、殉職されることを恐れている為である。

 期待されるのは良いが、荷が重い次第である。


「私の居場所は元来この前線です。参謀本部に行ったのは国王陛下の勅令に従ったに過ぎません」


「…相変わらず、死にたがりですね」


 呆れたように呟きながら、少将はカルディナ達が向かった都市フォンデの方向に目を向けた。


「貴方が連れて来たお嬢さん、これほど優秀とは驚きました。作戦の第一段階とは言え、ここまで自国からの犠牲を殆ど出さずに居られるとは…、最早、不気味というものです。あの魂授結晶(セルシオン)とか言う兵器…、サニアス帝国は目の色を変えるでしょうね」


 淡々とした口調ながら何処か恐れを含む言葉に、ヴォクシスは只管に耳を傾ける。

 不意に目を合わせたスペンシア少将は、憂い気に微笑んだ。


真の悪魔(ランギーニ)の手に渡らぬように、我々は気を付けねばなりませんね…」


 そう意味深に告げ、少将は休息の終わりを告げるようにコツリと杖を鳴らした。




 束の間の安息時間は、あっという間だった。

 泣けと言われて泣けるものでもないので、誰も見ていないことを利用して豪快に体の汗を拭いて、残り時間は久々に島に伝わる鎮魂歌を歌った。

 それで赦される訳では無いが、犠牲者へのせめてもの贖罪だった。


「…そろそろ時間だね」


 擦り寄るセルシオンを撫でつつ、迎えに来る筈のエクスレイ中尉を待った。

 そんな折だった。

 ダム湖の畔に栗の木を発見。

 まだ青いが毬栗が沢山実っていた。


「セル、見てご覧?栗がなってるよ?」


 そう言って相棒に呼びかけて、何気無しに指差した。

 それを見たセルシオンは御馳走だとばかりに鳴き声を上げ、ドシドシと地面を鳴らして栗の木に駆け寄り、青い実を次々に頬張った。


「セルは木の実が本当に好きだね…!」


 笑いながら嬉しそうな相棒を撫でた、その時だった。

 少し離れたところにドングリの木を発見したセルシオンは脇目も振らず、そちらへと直進。

 しかし、そこはカルディナが懸念していた埋立地の真上で―――。


「あ、ちょ!」


 止めに入ろうとしたが間に合わなかった。

 埋立地に踏み入ったセルシオンの足元に、ミシリと亀裂が入った。

 その音に驚いてセルシオンは咄嗟に飛び退くも、翼を打って飛び上がった衝撃で地面がボコリと陥没。

 事はそれで収まらず、地響きを立てながらそこからどんどん地面が崩れ、あれよあれよと沈んでいく。

 そして次の瞬間―――、崩れた地盤が水圧に耐え兼ね、ダム湖が決壊。

 迫る大量の水にカルディナは絶叫し、逃げ惑う主人を掻っ攫ったセルシオンは飛翔して上空へと退避。

 唖然とする一人と一頭の眼下で、ダム湖に溜められていた水は崩れた埋立地を一気に押し流し、濁流となって下流へと猛烈な勢いで向かってしまった。


「……やばい…」


 詰まる所、その一言に尽きる。

 水の流れを観察して安全そうな地面にセルシオンを下ろしたカルディナは、急いでコックピットに乗り込んで無線機を確認しつつ連隊独自の通信機に差し込まれているインカムを耳に押し込んだ。

 時間的には通信が再起動している筈―――。

 不味いことが起きてしまった時は早めの連絡報告が肝心である。

 セルシオンに搭載された記録カメラを轟々と流れる川に向け、本部へと連絡を入れた。


『こちらシャンティスより作戦本部へ…。あの…、機械竜の映像って見えてます…?』


 緊張を飲み込みつつ訊ね、返答を待つ。

 心臓が煩く鼓膜の中で警鐘を鳴らす。


『こちらハインブリッツ…。カルディナ、やってくれたな…』


 聞こえてきた大佐の声のトーンに思わず顔を顰めた。

 これは盛大に怒られる―――。

 そう覚悟した時だった。


『大手柄だ…!でかしたな!』


『……へっ?』


 思わず変な声が出た。


『カルディナ、よくやった!』


『え…はいっ?え、どういうことです?』


 怒られるとばかり思っていた為に意味が分からず、間抜けに訊き返した。

 訳を聞いてみれば、そのダム湖は帝国の戦略として王国の軍勢に攻められた折、簡単に決壊させられるように造っていたらしい。

 しかし、それをセルシオンが盛大に壊した為、現在、予期せず押し寄せた濁流により第二奪還予定地だったビスロークにて川が大氾濫を起こしているらしい。

 敵の複数の拠点も被害を受け、混乱しているとの知らせだった。


『カルディナ、直ちにエクスレイ中尉と合流して、準備が整い次第ビスロークに向かいなさい。奪還作戦の第二段階を開始する』


 その指示に緊張が走った。

 明日の明朝に開始予定であった作戦第二段階である。

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