初陣
運命の出撃は太陽が天に登り切った正午に始まった。
轟音を伴って飛行する十三機の戦闘機に地上からも物々しい戦車等々数十台を引き連れ、真白い竜が大空を翔ける。
その腹に潜り込み、カルディナは目的地へと突き進んだ。
奪還作戦の手始めは基地から最も遠い、一番北の都市フォンデに置かれた帝国駐屯基地の制圧とそこに集められた軍勢の殲滅である。
元々帝国領と占領された王国領土は北の霊峰より流れる大河ネッツァ川により隔てられていたが、帝国は侵略の為の兵站を置くべく、比較的川幅の狭かったフォンデにて、その川を埋め立て陸続きにしてしまった。
下流の王国領土ではその埋め立てにより、田畑に必要な水が不足するなどの影響も出ており、作戦の中でも特に奪還が急がれていた。
(…見えてきた)
前方に見えた敵軍基地にカルディナは気を引き締める。
敵方もこちらの接近に気付いたのか、基地の上を飛んでいた哨戒機が真っ直ぐに向かってきた。
『機械竜セルシオン、敵方哨戒機の接近を確認。攻撃を開始します』
緊張の中、カルディナは少佐として作戦の開始を宣言。
機械竜に取り付けられた機関銃に接続している操縦桿を握った。
『『『了解!』』』
コックピットの無線機からは作戦本部、連隊独自のインカムからは引き連れて来た全攻撃部隊の返答がそれぞれ同時に届いた。
「セル、始めるよ!」
その声にセルシオンは敵を威嚇するように猛烈な雄叫びを上げる。
同時に敵方から銃弾が放たれ、背後を飛んでいた味方は攻撃回避の為一斉に散開。
予め通達していた指示通り、セルシオンは壊れても再生する強固な身体を武器に銃撃に臆することなく突進。
敵の翼下から放たれた誘導弾も鞭のように振った尾で進路を捻じ曲げて叩き落し、迎え撃った哨戒機の翼を鋼の鉤爪で蹴り飛ばした。
バランスを崩した敵哨戒機がパラシュートの花を吐き出しながら落ちていく中、味方戦闘機達は再び機械竜の背後に陣形を取り、先を急いだ。
狙うは帝国軍が踏ん反り返る駐屯基地―――、その飛行場に無数に見える戦闘機が飛び立つ前に敵戦力を叩かねばならない。
『こちら第一攻撃隊長エクスレイ。少佐、行って参りまーす!』
基地を目前に、いつもの軽い口調で戦闘機部隊の長を務めるエクスレイ中尉が告げる。
途端に機械竜を追い抜いた彼等戦闘機は、敵基地へと急降下。
間もなく爆ぜた火炎と立ち上る黒煙は忽ち飛行場を覆い、帝国軍は混乱に陥った。
「セル、私達も行くよ!!」
操縦桿を強く握り、カルディナも地上から味方を狙い始めた戦車や砲台に狙いを定める。
降下する相棒と息を合わせ、基地の各所に築かれた砲台を機関銃で潰し、セルシオンも炎の息吹で動き出した戦車を焼き尽くす。
何とか飛び立った敵戦闘機だが、機械竜の機敏な動きの前には太刀打ち出来なかった。
攻撃開始から一時間も経たずして、敵拠点は火の海と化し、逃げ惑う帝国兵は駐屯兵団の心臓とも言うべき本部の屋上で焼ける国旗を踏み付けた白き竜の姿に怯え慄いた。
『こちら第二攻撃隊長ランドル。シャンティス少佐、全地上部隊、配置に就きました。いつでも突撃出来ます』
耳元に聞こえてきたランドル大尉からの連絡に、カルディナは深呼吸した。
「セルシオン!突撃ぃ!」
主の呼び掛けにセルシオンは咆哮を上げ、翼を展開するや地上部隊が待ち構える基地を囲む防壁へと滑空しながら突進。
その強靭な後ろ足で防壁を破壊しては次々に道を作り、地上攻撃部隊は一斉に敵陣へと雪崩れ込んだ。
仲間達の進撃を応援するように、力強く天に舞ったセルシオンは得意げに空の上で宙返り。
建物内から地上部隊を襲わんとする敵を目敏く見つけては、カルディナと共に炎の息吹や銃火器で蹴散らして行った。
『こちら第三攻撃隊、敵本部に到着。これより内部捜索に入ります』
『了解。皆さん、ご武運を』
インカムから聞こえた進捗に安堵しつつ、カルディナはセルシオンを再び天空へと飛翔させ、敵軍の牽制に向かった。
残るは基地の何処かに隠れる帝国駐屯兵団長の確保のみである。
奪還作戦の第一段階である都市フォンデの敵軍殲滅と基地制圧は想定よりも遥かに早く完了した。
唯一手間取った駐屯兵団長の確保であるが地上攻撃隊の迅速な動きにより、共に逃走していた上級士官諸共、無事に取り押さえることに成功した。
尚も燻る炎と夕日の赤が交わる中、投降した帝国兵が列を成して移送車に乗せられ、王国領土へと連れて行かれる。
翼を休めるセルシオンの状態を確認しながらカルディナはその姿に複雑な想いを抱いていた。
捕虜となった彼等にも、帰りを待つ家族はいる。
生きて帰れるとしても、それがいつになるかは分からず、それまで家族が生きているとは限らない。
王国軍全体の傾向からすれば、捕虜を必要以上に害することはないとも思うが―――。
「少佐、お疲れ様でした〜!」
やたら元気な呼び掛けに振り返れば、エクスレイ中尉がヘルメットを小脇に抱えて手を降っていた。
「いやぁ、セルちゃん、やっぱ強いね!こんな楽な戦闘初めてだよ〜!殺り易かったね〜!」
褒め言葉として掛けられた言葉だが、内心は嬉しくなかった。
戦闘の混乱の中、出来る限りの手加減はしていたが、崩れた瓦礫の下敷きになったり自分の放った銃撃を浴びて倒れた兵が何人もいた。
あえて確認はしなかったが、きっと今頃―――…。
「シャンティス少佐、大丈夫?」
呼び声にハッと顔を上げた。
我に返って、己の異変に気付いた。
酷く息が上がって、全身から暑さからではないベッタリとした汗が噴き出ている。
爪が食い込むほどに握り締めていた掌を広げてみれば、ガタガタと震えていた。
「少佐、少し時間良い?」
中尉は困ったように溜息を零すと、そんな言葉と共に付いて来てと手招きした。
「…実を言うとハインブリッツ大佐から、別枠で少佐のサポートを頼まれててね」
何処かへと歩きつつ、エクスレイ中尉は独り言のように告げた。
その後に続く言葉は、聞かなくても分かった。
大佐のことだ。
こうなることを予想していたのだろう。
暫くして連れてこられたのは、帝国の埋め立てにより川を堰き止められ、水に沈められた元農地―――、今やダム湖となったその畔だった。
水面のあちこちから顔を出す風車やサイロの屋根に、元々は大きな農場があったことが伺えた。
「ここなら泣いていても気付かれません。三十分ほどしたら迎えに来ます」
それだけ告げて、エクスレイ中尉は踵を返した。
命じずとも付いてきたセルシオンが護衛代わりになるとの考えだろう。
(…泣いて良いと言われても、セルに付けられたカメラが動いてるからそうも行かないんだよね…)
去りゆく背中に肩を竦めつつ、慰めるように頬擦りする相棒を撫でる。
セルシオンに取り付けられた記録カメラは前線基地の作戦本部からも遠隔で操作できるようになっており、こちらがコックピットでスイッチを切っても意味がない。
一先ず、好意を無碍にするのも気が引けたので、コックピットに置いていたタオルで汗でベタついた顔や首を拭き、軍服の中に忍ばせていたクッキーを齧りながら、埋め立てられた箇所を確認して回った。
畔に着いた時から感じてはいたが、車道に鉄板が敷いてあるだけで、後はその辺の石や丸太を並べただけの粗悪な舗装である。
下流の街には一応、川の水は来ているので足元の下にはそこそこ大きな暗渠がある筈だが―――。
あまりに雑な埋立地の造りに首を傾げつつ、取り敢えずセルシオンが乗ると崩れそうなので、近付けさせないようには注意した。
『…こちら作戦本部。シャンティス少佐、聞こえる?』
不意に無線機から聞こえた声に、慌ててクッキーを飲み込む。
大佐の声だった。
何か問題でも起きたのだろうかと一抹の不安を感じながら、切っていた応答ボタンを押した。
『こちらシャンティスです。ハインブリッツ大佐ですね?どうしました?』
口元についたクッキーの食べカスを拭いつつ返答を入れる。
作戦中だというのに、不思議なくらいに声の向こうは静かだった。
『…カルディナ、こちらの機器に不具合が生じた。十五分だけ無線とカメラを止めるから何かあったら、ビートルで連絡を入れなさい。繰り返すが、十五分間は君から連絡を入れない限り、こちらからは見えも聞こえもしない…、分かったね?』
連絡内容とは裏腹な穏やかな声色に、カルディナはそれがどういう意味かすぐに分かった。
なんて優しい嘘だろう。
『…了解しました。ありがとうございます』
思わず礼を告げた。
直後、プツリと切れた無線にそれまで体を支配していた諸々の恐怖を押し退け、感謝の涙が溢れた。
この過酷な場所で、非力な自分が戦えるのは彼等のような仲間の支えがあってこそ―――。
血と火の粉に塗れることに怯え、戦争という罪を背負うことに怖気付いている場合ではないと、迷いを断ち切るように己の頬を叩いた。




