イジメ
異変が起きたのは、学校に通い始めて一週間が過ぎた頃だった。
登校するや己の席の上にひっくり返されたゴミ箱が置かれており、先に来ていたクラスメートが騒然としていた。
(やっぱりこういうのはあるのね…)
漠然と眼前の光景を眺めながらカルディナは只、溜息を零した。島で駐屯兵から受けた屈辱や嫌がらせに比べれば可愛いものである。
取り敢えず、このままにしておく訳にも行かないので、備え付けのロッカーから掃除道具を取り出して何事もなかったようにさっさと片付けを開始。手伝ってくれる子も居たので丁寧に礼を言いつつ、先生が来る前には済ませることが出来た。
(あー、睨んでるの居るねー)
授業の最中、こちらを中々の剣幕で凝視する目を確認し、内心馬鹿だなぁと嗤いながら犯人候補を特定。クラスのボス的な立場にある何処かの伯爵家の令嬢とその友人である。
編入間もなく少しだけ話したが、初めから何故か敵視されていた。
(ディアス王子と似たような感じかね…)
そう思いつつ、授業に集中するべくノートにペンを走らせる。
今は実害のレベルを見て、物的証拠を見つけるまではこの件は保留とした。
くだらない嫌がらせに構っていられるほど、カルディナは暇ではない。戦禍により各所部品の国内微調整が遅れ、セルシオンの新規ボディの完成が予定より大幅にずれ込んでいる。今日も午後の授業を公欠して、実戦に向けた稼働試験を行わなければならない。
移動時間から宿舎に戻る暇はなく、学校から第二格納庫に直行となるため、鞄には軍服が忍ばせてあった―――のだが。
(してやられたわー)
痛恨とばかりに絵の具で汚された軍服を一先ず水道で洗い、着替えをする間もなく急いで王城へ。
上着だけは無事だったのでそれを羽織って第二格納庫に飛び込んだ。
「カルディナ、それはどうした?」
案の定、かっちり閉めた軍服の下から覗き見える学生服のスカートに全員から突っ込まれた。
「あー、ちょっとうっかりしまして」
そう答えて濁しつつ、改良を重ねる新規戦闘用ボディにセルシオンを纏わせる。
最初こそ緊張した融合だが、ここまで何のトラブルもなく順調そのものである。
「セル、今日も頑張ろうね」
動き出した大きな頭を撫でつつ、いつものように全身の機動を確認していく。
現在、確認されている不具合としては翼の展開がやや鈍いことと飛行時間の短さである。
以前のボディから翼を大きく形も改良したので飛べるようになる筈が、以前と変わらず高いところからモモンガのように滑空するのが限界である。
「やっぱり体が重すぎるのか?」
「プロペラ機みたくファン付けるしかないかねぇ…」
「計算上は付けなくても行けるんですけどね…」
格納庫すぐの滑走路で頑張って羽撃くものの飛べていないセルシオンを眺めつつ、皆で腕を組みながら頭を悩ませる。
「魂授結晶の質量にも限界があるからなぁ…」
視察に来たマーチス元帥も悩ましいと頭を掻いている。
機械竜は戦闘機よりも離着陸の機動性が富むのが利点だが、自由に飛べないのではそれが活かせない。推進力を上げる為のエンジン等の補助装置の装着も考えたが、それに伴うこれ以上の体積増加は、魂授結晶の質量的に厳しいものがあった。
「うーん。やっぱり翼の形態を変えないと駄目みたいですね…。スピード重視のハヤブサ型より長距離飛行に特化した方が良いのかな…」
計算機を叩きながらカルディナも渋い顔。戦場での活用に当たり、奇襲や夜間攻撃時にはその存在の接近をギリギリまで隠す必要がある。
魂授結晶の特質上、レーザー感知は問題ないが敵の目を欺くには極力、静かで俊敏に動くことが求められる。
手っ取り早いプロペラやジェットは騒音の観点からも付けることは推奨出来なかった。
「だったらオウギワシに似せるなんてどう?」
参考にと鳥の図鑑を見ていたユルリが、ほんわかと提案。
どんな鳥だと皆が覗き込んだページには随分と厳つい大型猛禽が描かれていた。
「この鳥、凄いんだよ!ナマケモノとかサルとかも食べちゃうし、凄い握力で飛行時の衝撃はライフル張りなんだってさ!」
熱の入った説明に皆からそれは良いとばかりの歓声が上がる。
早速とばかりに彼等は現状の設計図に大判のトレーシングペーパーを乗せ、図鑑を参考にサラサラとデッサンを取りながら新たな翼の検討に入った。
*****
取り敢えず、打開策が見えた所で今日の稼働試験は終了となった。
戦闘用ボディから魂授結晶を剥がして狼の器に移し、皆で片付けに追われていた時のことだった。
「カルディナ、ちょっと良いか?」
不意に大佐に呼び止められ、振り返った彼女はしまったと顔を引き攣らせた。
試験の間こっそり洗剤と一緒に盥に漬けていたびしょびしょの軍服を手に、大佐と他士官達が険しい顔をしていた。
「これは何だ?今日は美術の授業は無い筈だろう?」
一先ず、何故に貴方が今日の授業内容を知っているのかと問いたい―――が、問えない。
威圧的な真剣な眼差しで問い質す言葉に、どう答えるべきか躊躇った。
「あー、何というか多分クラスメートの悪ふざけと言いますか…」
出来るだけ穏便に済ませたくて、言葉を濁した。
「これが悪ふざけのレベルか?器物破損と名誉毀損の間違いだろう?」
そう言われては返す言葉もない。
時間がなくて落とし切れなかった赤系統の絵の具は、ズボンの股下を中心に染み付いていた。
恥を掻かせようとしているのは明らかではあったが、根気強く洗えば落ちるものだったので気に留めていなかった。
「一先ず、学校には確認を取らせてもらう。今日中に時間を設けるから、それまでに他にやられた事があれば全て書き出しなさい」
通信機を片手に端的に言い残し、大佐は次に予定している参謀本部との定例会へと行ってしまった。
―――これは大事になる。
嫌な予感がしてならなかった。




