娘を想う養父はキレる
翌日、午前の授業が終わって間もなくして何故か図書館で待機するよう教員から言われた。
そろそろ訪れてみたいと思っていたので良い機会ではあったけれど、貸し切り状態で何とも言えない気持ちである。
昨晩の内に学校で起きた異変については、大佐に根掘り葉掘り吐かされた。
その際の顔が完全に怒っていて、洗い浚い白状するしかなかった。
鬼畜大佐と言い呼ばれる一面を見せられては、流石のカルディナも黙秘する勇気はなかった。
(イジメより大佐の方が怖いんですけど…!)
そんなこんなで気晴らしにと手に取った工学に関する本数冊をテーブルに置き、怒りのまま椅子に乱暴に座った。
悲しい事ではあるが虐げられることには慣れてしまっている彼女には上官である大佐の怒りの方が余程恐ろしかった。
「いたいた。君が噂の新入りちゃんだね?」
そんな声にはっと顔を上げた。
スラリと背が高く、麗人と呼ぶに相応しい佇まい。
制服のリボンの色と柄で高等部の最上級生と分かった。
しかも、その胸元にあるバッジは―――。
「初めまして、監督生のセレーナ・エクスレイだ。学園長から君のケアを頼まれてね」
男勝りな口調で手を差し伸べる彼女にカルディナは吃驚した。
似ている気はしたが名前を聞いて確信した。
「カルディナ・シャンティスです…。もしやエクスレイ中尉のご家族ですか?」
握手を交わしつつ、念の為確認。
すると、彼女はにっこりと微笑んだ。
「そうだよ?いつも兄が世話になってる」
そんな返答に思わず会釈した。
エクスレイ中尉はモーヴ中尉やランドル大尉と共に、大佐の下で特務機動小隊を束ねる一人だ。
凄腕パイロットとして部下十二名と共に度々前線の偵察に行っている為、王城にいることの方が少なくあまり接点を持てずにいた。
「何でも新しい戦闘機の設計をしているんだって?兄貴が早く君と飛びたいとウズウズしていたよ。十四で少佐だなんて凄いね!」
やや誤解はあるが良い印象を持たれているようで安心した。
この所、何故か初見の人間に一方的に嫌われることが多く、尚且つ一様に好戦的なので疑心暗鬼になっている節があった。
暫くして案内された講堂には重苦しい空気が満ちていた。
その場にはクラス担任と学部長、更に学園長、そしてイジメに加担した生徒全員が集められていた。
(空気が重い…)
窒息しそうな場の空気に、セレーナに付き添われるカルディナは早く事が終わることを祈った。
いつもよりは抑えているものの鬼畜大佐の怒気を蒔き散らす彼に教員は完全に縮こまっている。
対して、当事者である女学生の何人かは何故ここに居なければならないのかとばかりに不貞腐れ、全く反省の色が見受けられなかった。
「お嬢さん方、君達のしたことは私の娘を貶め、辱める行為だ。カルディナは君達の玩具ではない。君達と同じ一人の人間なのだよ。罵倒されれば怒りを覚え、傷付けられれば痛みを感じるんだ」
淡々と告げられた言葉は、かなり高圧的だった。
言葉を選んでいる方ではあるが、これが士官ならば絶対に震え上がっている。
「だからちゃんと謝るって言ったじゃない…」
若さと無知は恐いものが解らないらしい。
零れたその一言に、大佐は冷ややかに微笑んだ。
「そうか…、ならば君等には、カルディナに正当な謝罪の意思があるということだね?」
舐めきった態度の女学生の前に歩み寄り、大佐は詰めるように小首を傾げる。
当人よりもカルディナが震え上がる中、女学生等は尚も事の重大さが解らないらしく、その場で頭を下げ、白々しく謝罪の言葉を述べた。
「それが謝罪かい?そうか、君等にはその程度しかできないのだね…。仕方ない。面倒だが君等では話にならないようだから、弁護士を通して保護者にそれ相応の賠償を求めるとしよう」
尚も微笑みながら淡々と彼が言い放った言葉は、生徒以上に教員を震撼させた。
「お、落ち着いてください。唯の子供の戯れではありませんか!」
弁明しようとした担任教員だが、それは逆に彼の怒りに油を注いだ。
「子供の戯れ?あれが戯れだと?貴方の言う、その戯れでカルディナは支給された軍服を処分せざるを得なくなったんですよ?軍服は国民からの税で賄われる物資だ。彼女等のしたことは公務執行妨害にも当たると分かっているのですか?しかも、この子は十四歳の中学生で義務教育課程にある。勉学に励むのは国家が定める義務であり権利でもあり、それを脅かすことは立派な犯罪行為だ。刑事事件として扱っても良いくらいだが?」
有無を言わせぬ睨みを利かせ、大佐は正論で担任を黙らせた。
あまりの鬼迫に良い加減、事の重大さが分かったのか、生意気だった生徒等の顔が見る見る青ざめる。
「君達も学校の中で行われたことだから形だけ謝れば許されると思ったのかね?大人気ないと思うだろうが、こちらは可愛い娘を傷付けられたのだからね。徹底的に戦わせて貰うよ?こう見えて私は君達のご家族以上にお金と人脈があるんだ」
悪魔的な微笑を浮かべ、カルディナの肩を抱きながら大佐は一同を睥睨する。
止めを刺すように気味悪いくらいに口角を上げた彼は、学園長に対して後日改めてこの件を調査の上、加害者側にはそれ相応の慰謝料を請求する事を告げた。
学園から宿舎までは歩いて三十分程度の道程である。
普段は校章の付いたサッチェルバッグを背負って筋トレがてら小走りで帰るが、今日はそうも行かなかった。
何処となく重い足取りの大佐の歩幅に合わせて、トコトコと言葉もなくその傍らに続いた。
「こんなことなら、学校など行かせるべきではなかったな…」
そんな呟きに何を今更とも思ったが、彼の横顔を見て口に出すのを止めた。
微かに春の匂いを纏わせた旋風に吹かれ、練香油で撫で付けていた大佐の髪が崩れて揺れる。
溜息混じりにそれを掻き上げ、空を見上げた瞳は仄暗かった。
「ありがとうございました」
不意に彼女の零した言葉に、その瞳に光が戻った。
互いに足を止め、合わさった視線が何だかむず痒くて、カルディナは思わず肩を竦めてはにかんだ。
「私、虐げられることに慣れちゃっていたみたいですね。イジメだと分かっているのに怒りも悲しみも湧かなくて…。今まで嫌なことをされても言うだけ酷くなるので、黙っているか無視が一番だったんです。私も周りも気付かない振りをするしか無かったというか…やり返したり助ける程の力が無くて……」
淡々と告げながら、風に乗って何処からか飛んできた薄桃色の花弁に手を伸ばす。
時期からしてアーモンドの花だろう。
上手いこと掴み取れたそれを眺めつつ、カルディナは困ったように微笑んだ。
「嬉しかったです。その…昨日とかはかなり怖かったけど、今日は凄く頼もしかったというか…やっぱり怖かったですけど……」
そう言いながら、カルディナは昨日の尋問じみた聞き取りを思い出して徐々に俯いた。
以前、士官達の間で“この人に尋問されたくないナンバーワン”と言わしめた理由を理解してしまった。
「ご、ごめん、怖がらせた…」
二度も怖かったと言われ、大佐は弱ったとばかりに慌てふためく。
その姿が何だか可愛らしく思えて、思わずクスッと笑みを零した。
どうにも大佐は怯える自分に弱いと分かってきて、段々とその本来の人柄も掴めて来た。
「大佐、私のために本当にありがとうございました…!」
姿勢を正し、カルディナは淡い桃色の花吹雪の中でペコリと頭を下げる。
素直な言葉を放った彼女に、大佐は戸惑ったように微笑み、そしてその刹那、安堵したように溜息を零した。
「折角だし、美味しいものでも食べて帰ろうか…、何か食べたい物はある?」
そんな提案と共にカルディナの頭に乗った柔らかな花弁を払った。
暮れ泥む夕日が当りを照らし、夕餉の相談をする二人の背後に寄り添うような影が伸びる。
アーモンドの花弁が彩る古びた石畳みに落ちるシルエットは、父と娘の姿そのものだった。




