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伝説の始まり


 明け始めた茜色の空の下、城跡の屋上にてセルシオンに寄り添われながら、カルディナは膝を抱えて蹲っていた。

 セルシオンに叩きのめされて重傷を負った脱走兵は、カルディナに諭される形で軍基地に戻った。

 彼女にしてみれば彼等に改心の機会を与え、セルシオンにも人を傷付けた罪を極力背負わせずに済むようにとの慈悲だった。

 軍は戻った彼等の報告を受け、直ちに城跡へと調査隊を派遣。

 待ち受けていた機械仕掛けの竜に慄く一方、城跡に残る侯爵の研究資料とそれらを読み解き、竜を作り出した彼女の存在に利用価値を見出していた。


「…綺麗な夜明けだね」


 そんな声に、静かに顔を上げる。

 煙草を咥えた大佐だった。

 その背後には、番犬のように屈強な軍人が控えていた。


「カルディナ・ド・シャンティス・クロスオルベ…、それが君の正式な名前だね?シャンティスはクロスオルベ家の正統後継者に受け継がれる名前だと聞いている」


 そう淡々と告げながら、彼は徐ろに肩に羽織っていた外套を手に取る。

 静かに歩み寄った大佐は、微かに震える小さな肩にそれを被せた。


 彼女自身、自らの正しい名を知ったのは最近だった。

 セルシオンと暮らし始めて、空から降ってきたあの物体の正体を知りたくて―――、好奇心のまま城跡の資料を漁る内に知ってしまった。

 あの欠片こそ侯爵が創り上げた傑作であり、その唯一の使い手が自分であることに―――…。


「ここだけの話、クロスオルベの秘宝を探せと勅令があってね…、私が派遣された本当の理由はそれだ」


 大佐はそう言って、煙草の煙を大きく吐いた。


「侯爵が密かに創り上げた不滅の最高傑作、非干渉性環境記録細胞結晶0(ゼロ)型。通称、魂授結晶(こんじゅけっしょう)。もしくは正式名をアナグラム化してCERCi0N(セルシオン)と呼ばれている…。君は分かっていて、その竜をそう名付けたのかな?」


 問い掛けながら彼は短くなった煙草を指先で消し潰し、それと入れ替えるようにシガーケースから新たな一本を取り出す。

 その問いに、カルディナは首を横に振った。


「機械仕掛けの白の竜(セル・スィオン)、偉大な魂を抱きて、天を駆け、選ばれし主の下にいつか帰らん…」


 唐突に淡々と告げられた言葉に、煙草を蒸かしながら大佐は静かに耳を傾けた。

 それは島民達に密かに語り継がれてきた民謡にもなっている伝説の語り出しだと、すぐに理解した。


「この子の名は伝説の竜の名前からです…。伝説だと思っていたから…っ…、…なのに…っ……」


 白く輝くセルシオンの鱗に触れながら、カルディナは溢れた涙に肩を震わせた。

 その結晶は元々、自然界生物の生態調査などを主に、人の身には過酷過ぎる環境でも長期的に起動できる記録装置として作られた。

 調査する場所に応じて、鳥や魚を模した機械仕掛けの器に都度融合して環境に溶け込み、現地の人々や生態系に影響を与えることなく俯瞰的に記録することを目的とした。

 しかし製造過程で付与された、過ぎた自己再生能力や防衛機能、高性能人工知能が仇となった。

 当時の権力者は諜報や破壊兵器としての利用を望み、開発転換を迫られた先祖は戦争の道具にされまいと、自身の家紋でもある竜を模した器に結晶を融合させ、空の彼方へとその存在を逃した。

 そして数百年の時を経て、世から忘れ去られた頃、侯爵の血と意志を継ぐ者―――シャンティスの名を継承した者の元へと戻り、その者にのみ従うように設計したのだった。


「まあ確かに、賢くて消滅しない破壊兵器なんて、おっかないよね。話を聞く限り、新しい体を求めて地上に降りてきたようだし…」


 立ち上る煙を追うように視線を上げ、大佐はこちらを品定めするように見つめる竜と目を合わせた。

 ガラス玉を嵌め込んだその瞳は、全てを見透かしているようでもあった。


「大佐さん…、私はこれから、どうなるんですか?セルシオンは…」


「ハインブリッツ」


 堪らず溢れた言葉を遮り、告げられた名前に面を食らった。

 その名は、今この国を治める者の名でもあった。


「すっかり名乗るのが遅れたね。カローラス王国陸軍大佐のヴォクシス・ハインブリッツだ。今後、機械竜セルシオンとその管理者である君の上官兼監視役になる予定だ」


 問いに答えつつ、まだ長さのある煙草を消し潰す。

 不意に迫った大きな手にカルディナは怯えたが、その掌は優しく彼女の頭を撫でた。


「安心すると良い。私が上官である以上、君達を守ると誓おう。それに大伯父は賢明なお人だ。ご先祖の時のような悪用はしないと保証する」


 大佐は微笑みながら断言した。

 その言葉は自信に溢れ、不思議と信じられる気がした。


「カルディナ、どうか君とセルシオンの力を貸してほしい。我々と一緒にこの醜悪な戦争を終わらせようじゃないか」


 無骨な手を差し伸べ、強い意志を持った真剣な眼差しが彼女を捉える。

 その手には無数の傷跡が刻まれ、彼の背負ってきたものを物語った。


「協力してくれるかい?」


 ふと見せた砕けた苦笑に、カルディナは僅かな沈黙の後、困ったように笑みを浮かべた。

 その存在が見つかってしまった以上、彼の誘いを断ることは最早、出来ない。

 けれど、他の軍人にはない強く真っ直ぐな眼差しを抱くこの人なら―――。


「はい…!」


 深く頷き、カルディナは差し伸べられた手を取った。

 不敵な笑みを見せた大佐は、言葉を交わすことなく繋いだ手を引き上げる。

 立ち上がった彼女は、深呼吸と共にシャンと背筋を伸ばした。

 登り始めた朝陽が燦々と輝きを放ち、カルディナ達を暖かく照らし出す。

 時代の黎明を告げるように、セルシオンは空へと向けて力強く咆哮を上げた。

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