王立女学院へ
常々己の人生は思わぬ方向に進むらしい。
王太子シルビアの書斎にて王立女学園への編入手続き書類を目の当たりにし、カルディナは溜め息を吐いた。
「あの、何故にこれを殿下がお持ちなのでしょうか…」
先んじての問いとしてそれを聞きたい。
編入試験の結果通知先は宿舎の部屋にしてあり、今朝丁度、通知の封筒が届いていたので今日の仕事終わりに見るつもりでいたのだが―――。
「質問に答えるなら、手続き書類は保護者に届いたから…!まさか過去最高得点での合格とは流石に驚いたわ!」
嬉々と喜ぶシルビアに対し、指し示された傍らの大佐は気不味そうである。
推測するに書類を受け取った際、彼女が居合わせたと言うところだろうか―――。
「すまない、書類を職場で確認するべきではなかった…」
第二格納庫の片隅にて、大佐はコーヒーを片手に肩を竦めた。
カルディナとしては仕事の折り合いを見てから実際に入学するか否かを決めたかったが―――、編入に関わる書類は既に記入を終えており、後は保護者である大佐と一緒に入学前の面談を兼ねて学校に提出するだけとなっていた。
「取り敢えず、暫く軍の訓練は休みにして勉学に励みなさい」
そんな一言に、はたと視線を上げる。
同時に大きな掌が頭を撫でた。
「通ってみて退屈なら辞めれば良いし、楽しいなら謳歌すれば良い。後は君次第だ。必要経費は私が負担するから欲しい物があれば言いなさい」
「ま、待ってください!私も軍から給金は貰っています!大佐のお世話にならなくても…!」
そう言い掛けた瞬間、頭に置かれた掌にグッと力が込められた。
そして、大佐はくしゃっとした笑顔を見せたかと思うと彼女の髪を乱暴に掻き乱し、カルディナは堪らずアワワッと情けない悲鳴を上げた。
「子供は親に遠慮しない…!残りの手続きや準備はこちらでやっておく。先方への面談日が決まったらまた連絡するよ」
ぱっと掌が離れた瞬間、大佐はそう言って何事もなかったように踵を返した。
「何だ何だ?ヴォクシスの奴、随分ご機嫌じゃねーか」
重たい筈の重火器を小脇に抱え、通り掛かったランドル大尉は大層珍しそうに呟いた。
何事だと聞かんばかりの視線に、髪を手櫛で直しながらカルディナはこちらが聞きたいとばかりに肩を竦めた。
建国と共に設立された由緒正しき女学園の門を潜り、緊張の中、担当教員の後に続いて教室へと向かう。
趣ある廊下を通り、大きく開かれたドアの向こうには、同い年の見習い淑女達が行儀良く席に着いていた。
担任からの軽い紹介の後、席に着くと同時に始まった授業は、就学前に行われた予習講座のお陰でしっかりとついていくことが出来た。
(授業はこんな感じなのね…)
使い終わった教科書やノートを鞄に仕舞いつつ、次の授業の準備を始める。
感覚的には上官による戦術講話に似ていた。
「ご機嫌よう、シャンティスさん」
そんな挨拶で好奇心旺盛なクラスメートが寄ってきた。
途端に周囲を囲われ、思わず身構えた。
「ねえ、貴女あのヴォクシス様のご息女なんでしょ?」
「ご自身も軍にお務めって本当?」
案の定の質問に躊躇いながらも頷く。
軍に席をおいていることは学校側も了承している。
流石にクロスオルベ侯爵の末裔であることは、秘密保持の観点から通知していない筈だったが―――。
「やっぱり!流石はクロスオルベ侯爵のご子孫だわ!」
「この前の陛下の即位記念式典での大立ち回り、父上から聞いたわ!果敢にミラ様をお守りするなんて凄いわ…!」
「機械仕掛けの狼と蝶を侍らせて、悪党を退治なさったんでしょ!?格好良いわ!」
ワイワイと盛り上がる女子達に対し、カルディナは取り敢えず愛想笑い。
その勢いに気圧されてしまったのと、プライバシー皆無な彼女等に呆気に取られた。
人の口に戸は立てられぬとは言うが、国王による箝口令も学生には無意味らしい。
初めての学校生活を終えて校門を出ると、シックな高級車の傍ら見慣れた姿が待っていた。
「お帰り。どうだったかな?」
そんな気さくな挨拶をする父親顔した大佐に深く溜息を零した。
下校時間なだけあってぞろぞろと出てくる学生は、その顔に誰だか気付いて黄色い悲鳴を上げながらこちらを見ている。
何と間の悪い―――。
休み時間毎に交わしたクラスメートとの会話で、学内では既に自身のことが話題になっていると知った。
何でも巷ではミラ妃暗殺未遂を機にカルディナは英雄扱いされているらしく、それを知ったディアス王子がこれまで見たこともなかった強く賢い少女将校に一目惚れ―――、放蕩王子からの熱烈な求婚に対して大佐は娘はやらぬと激怒し、彼女を巡って啀み合う息子と甥にシルビア王太子は頭を抱え、苦肉としてカルディナを女学園に編入させたことになっていた。
現実としてはディアス王子からは一方的に嫌われているし、大佐は上官兼保護者でしかない。
全く持って、その壮大かつスキャンダラスなゴシップがでっち上げられた経緯が解せなかった。
「今日のところは無事に終えることができました。ハインブリッツ大佐、ご要件を御伺します」
気不味さの中、怒りを込めつつ単刀直入に訊ねる。
一先ずとして早くこの場から立ち去りたい。
「だから、名前で良いのに…」
まだ言うかと苛立ったが、微笑みでひた隠した。
こうなったら意地でも呼ぶまいと誓った。
「この後、時間ある?入学祝いにご飯でもどうかなって。編入生は入学式が無いから、メリハリが無いかなと思ってね」
そう提案する大佐であるが、上等な背広姿から嫌な予感がしてならない。
明日は休みだが今日は平日で、普通に仕事があった筈である。
「…場所と同席者を訊ねても?」
一瞬にして様々な質問を考え、一番適切と考えた問いを投げる。
不意に微笑んだ大佐は、何とも意味深に口角を上げた。
「王城近くのリストランテ・グランに個室を頼んだ。僕の他はシルビア殿下と元帥閣下が同席予定かな」
その返答で大凡を把握した。
場所は一流ホテルのレストランである。
これから淑女としての抜き打ちテストにテーブルマナーのレッスンと言う意味である。




