秘めたる望み
明かりの灯る王城を一望出来る高級レストランに、他の人目が無いとはいえ、カルディナはガチガチに緊張した。
初めて目にする沢山のカトラリーに膝に乗せた真っ白いナプキン、磨き抜かれたグラスはあまりにガラスが薄くて持つのも怖い。
「初めてのドレスコードのある店にしては、格式が高すぎたんじゃないのかい?」
あまりの緊張具合にマーチス元帥は苦笑いである。
彼女自身、その言葉に内心全力で頷いた。
次々に運ばれる料理の芸術性と名前の長さは異次元である。
確かに味は美味しいが楽しむ余裕がない。
粗相のないよう大人達の所作を確認し、その視線に気付いてか皆、手元が分かるようにと気を配ってくれた。
「何を言いますの?レディの所作も身に付いてきたのだし、経験させるのが遅過ぎたくらいですわ」
赤ワインを傾け、シルビアは意味深に微笑む。
どうにも彼女はカルディナを一流の令嬢に育て上げたいらしい。
「シルビア様、まさかとは思いますがディアス王子の許嫁になどとは…」
「まさか!あんなドラ息子には勿体ない…!ランディ様、先日のこと覚えてらっしゃらないの?」
皮肉を込めながら王太子はおどけて見せる。
名前で呼び合う所から、このお二人は親しい友人らしい。
「私はカルディナの働きに対する報酬として必要な教育を受けさせているのです。身に付けた教養は絶対に裏切らないもの」
そう言ってワインを呷り、ふとシルビアはカルディナへと視線を向けた。
「カルディナ、貴女のお陰で念願の孫の顔を無事に拝めそうだわ…、この戦争にも終わりが見えてきた…。本当にありがとう」
改まって厳かに頭を下げる王太子に、カルディナは慌てふためいた。
「そんな…!私はただ出来ることをしたまでで…!それにまだ戦争が終わった訳でもありませんし、セルシオンも実戦稼働した訳では…!」
「それでも貴女の功績は大きいわ。機械竜の存在そのものが軍の士気を上げたのは紛れもない事実よ」
穏やかな微笑みと共に告げられた言葉は、気さくながらも女王の覇気を纏っていた。
「カルディナ、少し早いかも知れないけれど貴女の望みを聞かせて頂戴。この戦争が終わったら貴女はどうしたい?我々に出来ることならば出来る限り叶えてあげるわ」
投げ掛けられたそんな問いに、思わずゴクリと生唾を呑んだ。
唯の質問ではないことはすぐに分かった。
未来の君主と上官二人が見つめる中、彼女の出した答えは軍に身を置いた時から、ずっと心に決めていた。
「私は…、やはり島に戻りたく思います。先祖の遺した城跡を直したいですし…その、色々と片付けないといけないことがあるので…。それから、もし許されるならばセルシオンを宇宙に還してやりたいです」
その返答に大人達は静かに耳を傾けた。
否定するでも賛同するでもなく、唯彼女の意思を尊重するように―――…。
「セルシオンは本来この星の…この世界の美しさを後世に伝える為に創られました。ですが、地上にあっては悪用されてしまうことを思い知った先祖は空の彼方に旅立たせる事を選びました…。魂授結晶を破壊出来ない以上、そうすることが最善だと……」
言葉を続けたカルディナは、不意に戸惑ったように視線を下げた。
「壊れることの出来ないあの子は森羅万象の摂理から外れ、途方もない永遠を過ごさねばなりません…。それが、私には辛くて……」
困ったように悲しみを湛えて微笑み、彼女は気丈に答えながら静かに両拳を握りしめた。
「私も遅かれ早かれ、いつかはこの世を去ります…、大切に思っていた人に先立たれる苦しみは他の人より解っているつもりです…。あの子は機械ですから、こんな感情があるかは分かりません…、ですが…っ…」
不意に込み上げた涙に言葉に詰まった。
言葉に紡いだのは、ずっと胸に秘めていた相棒であり家族でもあるセルシオンへの想いだった。
「カルディナ、君はそこまで考えていたのか…」
徐ろに席を立ち、大佐はカルディナの前で膝を折ると、固く握りしめる手を擦った。
あの日、寂れた島の城跡で朝焼けの下で蹲っていた彼女が背負っていた、言い表し難い哀しみの理由が解った気がした。
頬を伝う涙を払い、カルディナは悔しさに唇を噛む。
今よりずっと死が身近だった島の暮らしの中、自分でも哀しい事だとは分かっていたが考えずには居られなかった。
いつの日か己の最期が迫った時、セルシオンの為に出来る事―――。
どうやってもこの世に遺されるであろう相棒であり家族でもある存在に己がしてやれるのは、過酷な宇宙の旅路にも耐えうる強靭な身体の設計だけだった。
「カルディナ…、貴女のその意思、心から尊重するわ…」
「俺も同意見だ」
シルビアと元帥も席から立ち上がり、涙に肩を震わせる彼女の背を擦った。
それが戦場という地獄に彼女を投げ込まんとしている彼等大人達に出来る、せめてもの償いだった。




