大人たちの思い
城内常勤医師の立会の下、捻られた腕に湿布を貼られるカルディナは気不味さの中にあった。
目の前には静かな怒りを湛える大佐と、彼から報告を受けて頭を抱えるシルビア王太子、そしてマーチス元帥の姿があった。
「馬鹿息子には厳重注意をしておくわ…。無論、処罰も与えます」
頬をヒクヒクと痙攣させ、呆れ返る様子からその怒りがヒシヒシと伝わる。
軍にとってカルディナは最終兵器の設計者であり、現時点においてはその唯一の使い手でもある。
戦時下の今、彼女に危害を加えることは軍法違反であり王族とて罪に問われる。
「お前さん、何でやり返さなかったんだい?」
元帥も呆れたように訊ねる。
医師の診断の結果、カルディナの腕は全治二週間の捻挫を負わされていた。
あと少し大佐達が駆け付けるのが遅ければ、腕を折られていた可能性もあった。
「元帥、シャンティス少佐は軍規に従ったまでです。責められる筋は…」
「ヴォクシス、俺は責めてる訳じゃない。ただ状況的には正当防衛になるだろう?訓練を受けている軍人ならば護身術も出来た筈だ」
「しかし…!」
言い合いになる両者に、カルディナはオロオロ。
次の瞬間、シルビアはピシャリと手にしていた扇で掌を叩いた。
ピンと鳴り響いたその音に、静寂が支配した。
「お二人共そこまでです。この件は私が責任を持って対応しますので以降、蒸し返される事無きように…。少しカルディナと話がしたいので、席を外して頂けるかしら?」
微笑みながらも高圧的な口調に、男二人は背筋が寒くなった。
慇懃かつ遠回しな“鬱陶しいから失せろ”との指示である。
半強制的にそそくさと部屋を出された男達の背を見送り、更なる気不味さの中、カルディナは応接テーブルに着席するよう指示された。
昨日叩き込まれたばかりの所作を気に掛けつつ、内心は何を言われるかドギマギした。
襲撃により折角のドレスも駄目にしてしまい、相互の話の行き違いとは言え、ディアス王子からは一方的に毛嫌いされていた。
沈黙の中、シルビアは対面側に腰掛けると、何を言うでもなく侍女の淹れた茶を口にした。
「遠慮せずに召し上がって頂戴。甘いものは苦手かしら?」
微笑みながら美味しそうなケーキを勧められたが、緊張し過ぎて味が分からなかった。
その後も特に話題を振られることなく、只管にお茶を口に運んだ。
「………、やはり王立女学園には行くのは嫌かしら?」
不意の質問に、カルディナはフォークを持つ手を止めた。
何か粗相をしたかと焦ったが―――。
「ヴォクシスから聞いたわ。士官学校に入りたいそうね?」
確認するような言葉に、何と返すべきか迷った。
正直を言えば、士官学校も別に入りたい訳では無い。
ただ、学校に入れられるならば少しでも今後に役立つ所にしたいと言うだけである。
「…私は機械竜の開発者として招聘されたに過ぎません。戦争が終われば島に戻される身です」
食べかけのケーキの残るお皿にフォークを置き、そう淡々と答えた。
すると彼女は不意に困ったように微笑み、ティーカップをソーサーに戻した。
「悪いけど、我が国の軍はそのつもりは無いと思うわよ?」
断言するシルビアにカルディナは、はたと顔を上げた。
「ここだけの話、国としては魂授結晶よりも貴女という人材を重要視しているの。手違いとは言え、ヴォクシスが養子縁組したことを参謀本部が一番喜んでいたくらい…」
そう告げた彼女は徐ろに足を組むと、今度は酷く憂いを帯びた眼差しを彼女に向けた。
「唯ね…、私は貴女が戦場に行くことを快く思ってはいないの」
「…それは軍紀を乱すということでしょうか…?」
冷静に問いながらも、カルディナはゴクリと生唾を呑んだ。
確かに己に与えられた少佐という階級は、軍においては上位に当たり、そんな立場にある者が明らかな子供でそれが女とあっては下士官の内心は穏やかではないだろう。
士気の低下は軍にとっては大きな問題である。
「そうではないわ…、寧ろ貴女が着任してから一部部隊の士気が上がったとの報告があるくらいよ。女の子が頑張ってるのに負けてられないと男達の闘志に火が点いたらしいわ…」
肩を竦めてシルビアは否定し、戯けたように笑って見せる。
けれど、それも束の間―――、再び憂いげに向けられた視線に囚われたカルディナは、その瞳を逸らすことが出来なかった。
「優秀な人間ほど戦時において人一倍の苦しみを味わうわ。特に貴女はまだ十四歳…、戦場という地獄を目の当たりにして心を壊さないか心配でならないの」
王太子が放ったその言葉は、次期君主としてではなく子を持つ一人の母親としての危惧だった。
「私が思うに、今の貴女は生活の全てが軍の中にあって、常に監視されている状態だわ。整備隊やヴォクシスには心を許したようだけれど、部下や上官という立場がある限り、事によっては抱えている不満や疑問を零すことが難しいと思うの…。貴女が苦しかったり辛くなった時、それを素直に話せる相手を作って欲しいのよ。王立女学園ならば同じ年頃の子達との交流を持てるし、年相応の友達を作ることも出来るわ。勿論、警備体勢も万全よ」
「あの…、何故そこまで…」
どうして、赤の他人の自分に貴女ほどの方が目を掛けてくれるのか―――。
そんな躊躇いがちな問いにシルビアは困ったように微笑んだ。
「井の中の蛙では、いずれ年増連中に利用されてしまうから…、世間というものを知って欲しいの。もし学校での苛めが怖いと言うなら、ヴォクシスを利用すれば良いわ。養父であるのだし、ハインブリッツの名は大きな盾になるわ」
詰まる所、いざとなれば権力行使ということである。
それはそれで如何なものかとも思ったが、口に出すのは止めておいた。
「取り敢えずは、ゆっくりと考えてみて頂戴。学校って本来は楽しいものよ?」
気を改めて彼女は言うと、カップを手に取ってクイッと飲み残しを呷った。
退出時に貰った王立女学園のパンフレットを眺めつつ、カルディナは一人、第二格納庫でどうしたものかと考えを巡らせた。
学校生活というものについては話には聞いたことがあったが、身近に経験した者がいない分、彼女には未知の世界だった。
「おー、王立女学園の案内か」
そんな声にビクリと肩を揺らした。
誰かと思えばノートン隊長だった。
ダンボールを小脇に抱えていることから、届いた部品を受け取りに来たらしい。
「歴史もある良い学校なんだが難関でなぁ。将来見据えてウチの娘も初等部を受験させたが、まあ大変だった…!六つの子にあんな問題解かせるのかよって目を剥いたよ。嫁が卒業生じゃなかったら諦めてたわ」
そんな話をしつつ、ぺらりと案内書類を手にとって眺める。
年齢的にカルディナが編入するのは中学生に相当する中等部だ。
小学校に当たる初等部までは特進コースか基礎コースの二つしかないが、中等部になった途端、多様なコースがずらりと書き連ねられている。
その中、隊長はとある学科名に着目した。
「お、技術開発科だってよ…!カルディナもこれ受けてみたらどうだ?…へえ、国認定の技術者育成プログラムも組まれてるのか…!」
「技術者育成プログラム?」
「今は資格の時代だからさ。仕事をする上で、必要な技能と知識を中学生の内から叩き込んで置こうって作戦なんだろうな。女子校なのに思い切ったなぁ…!」
ハハハッと笑いながら隊長は案内の内容に興味津々である。
大方、娘さんの将来を見越してだろう。
「そうそう、嫁から聞いたがここの図書館、蔵書数凄いらしいぞ?専門書も殆ど揃ってて、クロスオルベ侯爵の著書も原本で残っているらしい」
その話にピクリとカルディナは反応した。
先祖の執筆本が残っているとは―――。
「カルディナの頭なら試験も余裕のよっちゃんだろう。力試しに受けてみれば?あ、俺は大佐やシルビア殿下の回し者じゃないからな!娘の先輩になったら嬉しいってだけだからな!」
そう言い残し、何故かそそくさと隊長は格納庫を立ち去った。
時計を見たところから察するに次の予定だろうが、発言的にはやることが下手である。
「………、受けるだけ受けてみるか…」
溜め息混じりに肩を竦め、カルディナは徐ろに編入試験の願書を取り出した。
ここまで各所から勧められて挑まないのは、何だか敵前逃亡の気分であった。




