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夜会にて


 国王の乾杯の挨拶の後、重厚な管楽器の調べがメインホール一杯に奏でられる。

 お伽噺の中でしか知らない世界を目の当たりにしつつ、カルディナは大佐の傍らに寄り添って、玉座におわす国王への挨拶に赴いた。


「国王陛下にご挨拶申し上げます。王国陸軍第八〇六特務機動小隊所属、カルディナ・ド・シャンティス・クロスオルベでございます」


 傍らの王太子シルビアの眼差しが緊張感を煽る中、厳かに頭を垂れ、国王への挨拶を行う。

 背後からも品定めするような視線が刺さって、正しく出来ているか心配になった。


「顔を上げなさい。今日はよく参加してくれたね…」


 そんな穏やかな言葉に内心、安堵しつつも姿勢を正す。

 それに合わせて、足元のセルシオンもお行儀よく座った。


「あの竜が今度は狼になるとは…、全く不思議なものだ。シャンティス少佐、君の活躍には期待しています。ヴォクシス、しっかりと面倒を見てあげるのだよ?」


「御意にございます…」


 何処か含みのある言い方に、王の傍らに控えていたシルビアは失笑し、大佐本人も苦笑い。

 恐らく養子縁組の件を言っているのだろうが、訳を知らない観衆は首を傾げた。


「取り敢えず、お疲れ様」


 メインホールの側面に設けられた立食スペースにて軽食を頂きつつ、ジュースでお互いを労った。

 一先ず挨拶回りは終わったので、後は不審な動きがないか監視することとなった。


「都会の方って凄いですね、こんな靴を毎日履いているなんて…」


 痛む足を浮かせつつ、カルディナは行き交う人々を眺める。

 午前中から所作の矯正をさせられた所為もあって軍事訓練並みにクタクタである。


「今日は長丁場だから無理しないでね」


 そんな一言と共に大佐に背中を押され、隠れるように置かれたソファに座らされた。

 こういう所はやはり優しい。


「そう言えば、今日は星の欠片(ファルファラン)はおいてきたのかな?」


「いえ、認識証と一緒にブラパッドの裏に隠してます」


 何の気無しに返してしまった返答に、大佐は飲み掛けのアイスコーヒーを噴いた。

 機動性と警備の関係から片手の塞がるポーチは所持を諦めた為、他に入れておける場所がなかった。

 自分で言うのは悲しいが、貧相な胸が役に立った次第である。

 慌ててドレスの裾におまけ程度に付いているポケットから薄手のハンカチを引っ張り出すも、それよりも先に大佐は懐から自分のハンカチを取り、気不味そうに口元を拭った。


「すみません、失言でした…。その…ポケットだと何かの拍子に落としてしまいそうで…」


「いや、私も言わせてしまって悪かった…。警備の問題で規定以上の手荷物は持ち込めなかったんだったね…」


 ハンカチを畳んで仕舞いつつ、大佐は苦笑い。


「あ、でも拳銃は一丁だけ脚に括り付けて来ました。蝶は戦闘能力が低いので心許無くて…」


「………、用意周到だね…」


 そう呟いた大佐は、何処か呆れたような表情である。

 武装せよと言ったのはそちらであるので、反省はしていない。


「斯くいう大佐もサーベルをお持ちじゃないですか」


 腰元に下がる剣を見つつ、カルディナもハンカチを収納。

 それに対して大佐は渋い顔をした。


「これは飾りみたいなものだよ。まあ、義手と合わせればそこそこ使えるけど…」


 少々含みのある言い方に以前フリード・ビジェットを撃退した時の光景がカルディナの脳裏を掠めた。


「もしかして、あのビリビリですか?」


「まあ、そんなところ」


 そう言って笑いながら、大佐は手袋をずらして義手の手首を見せた。

 人工外皮を着けていないので、どうやら正解らしい。


「おっ、そこにいたのか…!おーい、ヴォクシス!」


 何やらこちらに呼び掛ける声に、視線を向けたカルディナは思わず目を丸くした。

 上質な燕尾服を来た御仁が、エンパイアドレスの美女を連れてやって来る。

 その顔付きは何処か大佐に似ていた。


「アル殿下、お久しぶりです」


 そんな挨拶と共に抱擁を交わす大佐の姿に、カルディナは驚きを顔に出さないようにするのに苦労した。

 悪魔だ鬼だと称される上官に、こんな親しげな挨拶をする相手がいるとは―――。

 そう思いながらも顔色をひた隠すように、カルディナはその場でカーテシーを行い、頭を垂れた。


「君がカルディナだね?俺は王太子シルビアの長男でアルファルド・ハインブリッツと言います」


「お初にお目に掛かります。カルディナ・ド・シャンティス・クロスオルベと申します」


 そっと顔を上げ、緊張でギザギザする口元に力を込めた。

 眼前におわすのは王位継承権第二位の王子で、今の所、遠くない未来の国王とされるお方だ。

 大佐にとっては従兄でもある。


「こちらは妻のミラ。ヴォクシスも会うのは初めてだよな?」


 そんな紹介に美女はお手本のようなカーテシーをして見せた。


「お初にお目に掛かります。ミラと申します」


 あまりに綺麗な所作と声に、カルディナは惚れ惚れした。

 やはり未来の国王のお妃様とあって、全てが洗練されている。


「母上から聞いたよ。養子縁組したんだって?務めも東方基地から参謀本部に移動になったらしいね」


「昇格と同時に陛下から勅令がありましてね。それはそうと…」


 肩を竦めて簡単に答え、本題とばかりに言葉を濁した大佐に、和やかだった王子の顔が強張った。


「…やはり聞いているようだね」


「はい。態々挨拶に来られたのはその為ですね?」


 確認の問いにアルファルド王子はコクリと頷き、不安の色を見せた妻を抱き寄せた。


「ご安心ください。私も()も、万一に備えております」


 そう胸に手を当て答える大佐に、今一度カルディナは王子等へ頭を下げる。

 本当は娘と言ったことに対して睨みたかったが、そんな雰囲気ではなかった。


「実を言うと妻は今、妊娠中でね…。発表は安定期に入ってからと思っていたのだが、長期的に公務を休んでいたのを貴族連中に突かれてね…」


 辺りを気にかけつつ告げられた言葉に、カルディナは驚きで思わず顔を上げた。

 確かにミラ妃は少し顔色が優れない様子である。


「あの、宜しければ…」


 差し障りないよう声を掛けつつ、さっきまで座っていたソファに妃を誘った。

 悪阻なら立っているのも辛い筈である。


「本当は今日も休ませたかったんだが、エグラン伯を筆頭にミラを廃妃させようとする輩の声が煩くてね。やっと授かった子を危険にさらすことには変わりないが…」


「今の状況からするに、懐妊を知って悪事を目論む者もいます」


 そう傍らで王子と大佐が密かに話し合う中、すぐ側にあったグラスにリンゴジュースを注ぎ淹れた。

 ついさっき自分が飲んだので安全は保証済みである。


「飲めそうですか?」


「ありがとう、頂くわ…」


 礼を言って微笑む妃に、思わず目の遣り場に困った。

 あまりの美貌につい見惚れてしまう。


「悪阻と言っても食べ悪阻の方でね。何か口にしていれば落ち着くのだけど…」


 困り顔で告げるミラ妃に、カルディナは慌てて軽食の置いてあるテーブルへと行ったり来たり。

 気遣わなくて良いとも言われたが、じっとしていられなかった。

 気休めとも思ったが、ちゃんと毒見して銀器を使うように心掛けた。


「…良い子だね。君が娘として迎えただけはある」


 何処か遠巻きに呟いた王子に、大佐は困ったように微笑んだ。

 そんな彼の穏やかな表情に、王子は悪戯な笑みを浮かべた。


「随分、雰囲気が柔らかくなったじゃないか。陸軍の鬼畜大佐も子供には弱いらしい」


「鬼畜って…」


 思わず大佐は眉を潜めた。

 随分な言い方である。


「惚けても無駄だよ。それだけのことをしているだろう?」


 そう言われては反論出来なかった。

 思い当たる節がありすぎた。


(やっぱり表向きは鬼なのね…)


 内心ハハッと嗤いながら、カルディナは二人の会話は聞こえなかったことにした。

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