楽しい実験
王城内にある第二格納庫はその昔、緊急時における王族等の避難方法である小型航空機を保管しておく場所として造られ、それ故に核シェルター張りの強固な造りをしている。
そんな場所を現在、好き勝手に使っているカルディナは体調を考慮した軽めの軍事訓練の後、整備隊の五人と一緒に今日も魂授結晶の性能実験をしていた。
「セル、行くよ!」
掛け声と共にカルディナが胸に下げた認識証の鎖にくっつけた星の欠片の結晶を握りしめる。
「セルシオン、形態を変更。原型初期化」
その指示を放った途端、セルシオンの体を包む結晶が風に綿毛が散るように狼型の器から離れ、かつて見た小さな竜に変化。
カメラを回して細かな記録を取りつつ、その状態での動作確認と意思疎通が取れていることを確認したカルディナは、続けて魂授結晶のみの状態で再現可能な動植物への形態変化を試みた。
「問題は色の再現と形状維持能力かぁ…」
一頻り確認を終えて、メモを見返しつつカルディナは悩ましげに頭を掻いた。
現在確認されている問題点として、魂授結晶のみでは色の再現が適わず、どの生き物でも真っ白くなってしまう。
また外部からの衝撃を与えた場合、結晶そのものは壊れないが簡単に形態が崩れ、初期状態の竜に戻ってしまう事が判明した。
「やっぱり器は必要ってことだな…。真っ白にしか成れないとなると戦場じゃ狙い撃ちだもんなぁ」
「クロスオルベ侯爵の資料には変幻自在ってありましたよね?やっぱり器の性能も求められるってことでしょうか?」
調査資料を纏めつつ、ノートン隊長や開発計画担当のジンゴも頭を抱えた。
「出来れば、銃撃や砲撃には耐えて貰いたい所です。私や皆を乗せて飛行中に形状崩壊なんて洒落になりませんから…」
文字で埋まった黒板を眺めつつ、カルディナはそう言って、セルシオンを狼の器に戻させた。
「え、あの戦闘用ボディに乗る気なん?」
羽つきの狼に戻ったセルシオンに首輪を着け直していた資材管理担当のパッソンは信じられないとばかりの顔で訊ねた。
壁にどーんと貼り付けられた計画段階の大型戦闘用ボディは、戦車さながらの銃火器を装備予定だ。
人が乗るにはあまりにも物々しく襲撃の危険も高い。
「作戦内容によっては私のみならず士官の随行を命じられる可能性もありますから。第一、セルは私の命令しか聞かないので…」
「「「確かに…」」」
思わず声を揃えた整備隊全員にカルディナは苦笑い。
実を言うと、セルシオンは他人に懐きはすれども主人であるカルディナ以外の命令には絶対に従わず、彼女の言葉がなければ断じて聞こうとしない。
ルノレト滞在中にあった件を上げれば、救急搬送されたカルディナをセルシオンは病院まで自力で追い駆け、手術室まで同行しようとした所を止めた大佐に思いっきり噛み付いた程である。
幸い噛み付いたのが義手だった為、大佐は怪我を免れたが、彼女が退院するまでどんなに言い聞かせても言うことを聞かず、痺れを切らした彼はセーディスの自宅にセルシオンを鎖で縛るしかなかったらしい。
「セルがどうしてここまで私の命令に頑ななのかは今後調べるとして、魂授結晶の性能を活かすためにも小型の器の開発も考えないといけませんね…」
「小型ってことは虫型とか?」
そう訊ねたスタンリーは、電卓を弾いていた手を止めた。
「そうですね…。魂授結晶が単独で稼働出来る最小枚数が十二枚なので、一番小さくても掌サイズにはなっちゃいますけどね」
「だったら、蝶々とか如何かな?」
そう提案したのはユルリだった。
先程から何やら細々と何かを作っていたが―――。
「よし、完成!」
そう言って彼女が掲げて見せたのは蝶の玩具だった。
しかも、よく見れば足元のダンボールに完成品の蝶が十個程入っている。
「セルちゃんの今の器作った会社が出してる製品を全て自然由来に換えてみました!」
自信満々でゼンマイを巻き、次々にパタパタと蝶を飛ばして見せる。
音は機械的だが、動きはよく出来ていた。
「この翅、もしかして和紙か?」
飛んでいる蝶を捕まえ、ノートン隊長は興味津々の様子でその作りを観察。
「社長、正解!軽くて丈夫で最適でしょ?結晶は分離しても稼働出来ると聞いたので、セルちゃんの翼分を活用できないかと思いまして…!」
その発案に皆が感心した。
前々からセルシオンの羽を隠すのには難儀していた。
蝶型ならば薄くて収納次第では持ち歩きも容易である。
「でも、紙じゃ燃えないか?」
ふと呟いたジンゴに、皆で沈黙。
「まあ、防火性については今後の課題として…。カルディナ、取り敢えず試してみない?」
取り繕うように訊ねるユルリに、カルディナは笑いながら頷き、早速とばかりにセルシオンに指示を出した。
「セルシオン、形態変更。翼部分離後、蝶形に移行」
その指示にハラリと背の翼が崩れ、花吹雪のように宙を舞い始める。
彷徨う結晶はパタパタと飛んでいた蝶を器と認識し、飲み込むようにそれに纏わるとカルディナの元へと集った。
「上手く行きましたね」
満足気に微笑みつつ、歩み寄るユルリとハイタッチ。
他四人からも拍手を送られた。
「んじゃ、続けて耐久試験やっとくか?許可は貰ってるよ!」
「おし、やろう!」
「楽しくなってきた!」
勢いに乗り、整備隊の五人とカルディナは格納庫の一角に作られた耐久試験室へ。
極厚コンクリートで造られたその空間に蝶を放ち、射撃による耐久能力の確認など少々過激な実験を、一同は夜が更けるまで実施した。
翌日、カルディナは狼型セルシオンと共に血相を変えて城内にある会議室に飛び込んだ。
朝一で参謀本部への近況報告会があることを忘れていた為である。
遅刻ギリギリで駆け付けた彼女に難色を示す者は少なくなかったけれど、必要資料は既に作り終えていたし、何よりも昨晩の内に新しい成果を出して、それを携えて来たので気負いはしなかった。
「成程、考えたな…!殲滅兵器としてだけでなく防衛能力も活用するとは…!」
軍の総司令官、マーチス元帥は参考に持ち寄った蝶の器を抓み、満足気に髭を撫でた。
総数十二個に及ぶ蝶型の魂授結晶の器は、一個体だけでも狙撃に耐えることが分かり、連携した機動を行えば強固な盾と成りうることが判明した。
整備隊の中でも懸念されていた耐火性だが、結晶が表面に纏わることで脆弱性をカバーしてくれた。
最初は気不味い雰囲気で始まった報告会であったが、終えてみれば称賛の声で溢れていた。
(流石に眠い…)
大きな欠伸を掻きつつ、宿舎に戻るやベッドに突っ伏した。
昨晩、部屋に戻った時には日を跨いでいて、慌てて風呂と着替えを済ませたが、早朝の訓練の為、眠れたのは三時間程度だった。
(ちょっと仮眠したら、今度は戦闘用ボディの資料纏めないと…)
そう思ったのも束の間、気付けば夢の中にいた。
ルノレトから戻ってきて既に半月。
暫くは無理をするなと医者に言われたが、間もなく始まるセルシオンの戦闘用ボディの製造を思うと、しない方が無理であった。
忙殺される日々の中、少しずつ戦火の足音がカルディナの身にも迫っていた―――。




