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それぞれの思惑


 緊急入院を余儀なくされたカルディナだったが、回復が順調だったので僅か一週間で退院許可が出た。

 流石に長時間列車に揺られねばならないので、帰国することは医者から止められてしまったが、その間セーディスが自宅で世話してくれることとなった。


「あの、こんな素敵なお部屋をお借りして良いのでしょうか…」


 空いていた豪華な客間を与えられ、カルディナは戸惑った。

 セルシオンと過ごすにしても十分過ぎるスペースで、風呂とトイレに台所まで完備している。


「傷が癒えるまではゆっくりすると良い。あたしとしては島の話を聞けるから大歓迎さ…!」


 大笑いしながらセーディスはそう告げ、仕事があると早々に女中に後を任せて、行ってしまった。

 本来は二日間の滞在予定だった為、着替えは最低限しかなかったが、部屋には既に十分過ぎる程の衣装が並んでいた。


「さあ、取り敢えずあちらでお休みを!」

「立っていては体に障りますわ!」


 主人であるセーディスが部屋を出た途端、女中達は寄ってたかってカルディナを寝間着に着替えさせ、広過ぎるベッドへと寝かせた。


(何か、落ち着かない…)


 ポツンとフカフカのベッドに横たわり、これはどうしたものかと考えながら、取り敢えず寄ってきたセルシオンを撫でる。

 本国での仕事が盛大に閊えている為、大佐は予定通りのスケジュールに従って、一足先に帰国したのだが、それ以降全く連絡がない。

 迎えに来る前に一報を入れるとは言われたが、そのまま忘れ去られてしまいそうな気がしてならなかった。


(…まあ、忘れ去られるってことは戦況が好転したか落ち着いてるってことだから良いんだけどね…)


 自問自答の後、そう楽観的に考えつつ柔らかい毛布に包まった。

 ―――のだが。


「え、ヴォクシスからはガンガン連絡きてるよ?」


 夕飯を一緒に頂いている最中、セーディスはあっけらかんと告げた。

 聞けば、大佐は帰国後から毎晩セーディスにカルディナの様子について訊ねる趣旨の連絡を入れていたらしい。


「律儀というか最早、監視だわな…」


 呆れたように零す彼女に、カルディナも困ったように頷いた。

 立場上、仕方ないとは言え、ズタボロな身一つで何処へ逃げると言うのか―――、しかも近況を訊ねるなら自分本人にすれば良いのにと顔を顰めた。

 大佐なりの気遣いかもしれないが、取引先をこき使うのは如何なものかと思うカルディナであった。


「まあ、ここにいる間は旅行だと思って居れば良いさ…!ほら、食べな!」


 そんな明るい声に気を取り直し、カルディナも今はルノレト滞在を楽しむこととした。




 楽しかったルノレト滞在だが医者の許可が出たことで、ひと月も経たずにお開きとなった。

 帰国に当たって顔見知りの遣いを寄越すと聞いていたが、実際の迎えに来たのは大佐本人だった。


「お前さん、忙しいんじゃないのかい?」


 何処か呆れたように訊くセーディスに、彼は意味深に苦笑するばかり。

 予定では午後に訪ねると言われていたが、それよりも早く着いた彼に、カルディナはのんびり進めていた支度を急いだ。


「すみません、お待たせしました」


 荷物を手に駆け寄り、頭を下げる。

 その姿を見た大佐は目を丸くした。


「様変わりしたねぇ…」


 そんな感想に少々気不味くなった。

 前日にセーディスの計らいで、これまで放置していた髪を散髪して眉も整え、軍より支給されていたお金で、皆へのお土産と一緒に日常用鞄などを新調した。

 世界の流通拠点とあって全てがお手頃価格で買えると気付いたら、財布の紐が緩んだ次第である。

 ここだけの話、療養滞在の筈が最後は買物ツアーであった。


「…困った。これは断りにくくなったな…」


 苦笑いしつつ、そう零すに大佐に何のことかとカルディナは首を傾げた。

 彼は少々目を泳がせ、戻ってから話すと言葉を濁した。


「嗚呼、そうそう。忘れてた…」


 そんな二人を眺めつつ、思い出したようにセーディスは女中を呼び出す。

 少ししてやって来た老齢の女中から小包を受け取った彼女は、その包を剥がしてベルベットの小物入れをカルディナに差し出した。

 中を確認してみれば、チタン製のお洒落なイアリングとブレスレットだった。


「あたしからの快気祝い。仲間内に自慢してカローラスで流行らせておくれ?」


 ウインクと共に掛けられたそんな言葉に、カルディナは思わず肩を竦めた。

 流石は遣手の商人―――。

 商魂逞しい限りである。




 長時間列車に揺られ、やっとの思いで帰国して間もなく、大佐から告げられた思わぬ連絡にカルディナは衝撃を受けることとなった。

 内容として一ヶ月後に予定している王家主催の大規模式典にカルディナも出席するよう、ある筋から通達が来たというのである。


「ま、待ってください!私、世間的には唯のエンジニアですよ⁉」


 王城内の食堂にて己を指差し、騒然とするカルディナに大佐は落ち着けとテーブル越しに肩を叩く。

 大佐自身、その旨を言った上で年齢も考慮して欠席を打診したそうなのだが―――。


「どうやらクロスオルベ家を再興させようって考えている輩がいるようでね…」


 足を組みながら大佐は小腹満たしに注文したエスプレッソのカップを持ち上げ、申し訳無さそうに口元を歪めた。


「つまり、その人達は私を由緒あるお家のご令嬢として持ち上げたいと?」


 己に忍び寄る社交界とやらの闇に、カルディナは腕を組んで冷めた視線を向ける。

 何とも見え透いた魂胆である。


「…それで、そのある筋とは?」


 切り込んだ質問ではあるが、面倒事に巻き込もうと言うなら黙ってはいられなかった。

 大佐は傾けたエスプレッソを口に含み、ゴクリと飲み込んだ。


「エグラン伯爵。今はディアス王子を推している貴族でね…」


「ディアス王子って継承権三位のですか?」


 そう確認するカルディナに彼はコクリと頷いて、エスプレッソに付いてきたバームクーヘンを抓んだ。


「どうやらエグラン伯爵はクロスオルベ家を復権させた上で、君とディアス王子をくっ付けたがっているらしい…」


「何ですって…?」


 思わず怒りマークの貼り付いた声が漏れた。

 ディアス王子は大佐とそう変わらない年齢の筈―――、最早、父と娘と言っても過言ではない。

 そもそも王族となんて結婚させられたら、セルシオンを改造する時間など無くなるし、貴族連中からどんなイジメを受けるか分かったものではない。


「丁重にお断りします」


 喧嘩腰できっぱりと言い放った。


「僕だって、そうさせる気はない」


 何故か大佐の声にも怒りが感じられた。


「一先ず僕からも君にその気はないと伝えてはいるのだけど、伯爵は中々強情な男でね…」


「大佐の権限を持ってしても止められないって、その人ヤバ過ぎません?」


 届いていたウインナーコーヒーを啜りつつ、カルディナは眉を顰めた。

 大佐とて王位継承権第四位で社交界とやらにおいてはそれ相応の権限と力を有している筈である。

 そんな人が断固拒否しているというのに、ゴリ押ししてくるとは―――。


「実を言えば、エグラン伯爵は父の腹心だった人間でね。元々は僕を推していたんだよ…。ところが十年前の帝国の襲撃で掌を返された」


 それを聞いてカルディナは更に腹が立った。

 十年前の襲撃と言えば、大佐が両足をもがれ、最愛の奥さんと赤ちゃんを失うことになった事件だ。

 何と、血も涙も無い輩であろうか。


「まさか、再生医療と機械義肢で返り咲くとは思わなかったんだろう…。ハインブリッツの名を貰った後に見掛けた苦り切った顔は傑作だった…」


 そう言いながら、残っていたエスプレッソを呷る。

 ざまぁ見ろとばかりに微笑むその顔は何とも悪意に満ちていた。


「伯爵がディアス王子に鞍替えしたのは、恐らく彼が独り身であった為だろうね。継承権第二位のアルファルド王子は、ミラ妃の父親で政敵のヴェルフィアス侯爵一派が付いていて取り入る隙がない…。大方、傘下の令嬢を養子にでもして嫁がせようって魂胆だったんだろうけど…、ここだけの話、ディアス王子は中々の好色家でね…」


 それを聞いて、激しく寒気がした。

 そんな王子に嫁がされるなど益々御免被りたい。


「…あの、もしかしてルノレトで私を見て焦ったのって、社交界に引っ張り出させない口実が減ったからでは…」


 ふと思い出したように問い質す彼女に、大佐は思わず残りのバームクーヘンに伸ばしかけた手を止めた。

 全くの図星である。


「安心してください。見た目が小綺麗になっても立ち振る舞いまでは修正出来ませんよ。田舎娘なのは大佐も知ってますでしょ?」


 安心させようかとそう返したが、大佐は尚も気不味い表情である。


「いや…実はその関連でもう一つ報告というか…連絡があってね…」


 目を逸らせて言葉を濁した大佐に、カルディナは嫌な予感がした。


「その…、国王陛下から君をシルビア殿下も出た王立女学園に編入させろとの通達が…」


「はいっ!!?」


 思わず飛び出した怒りを含んだ大声に、周囲からの視線が集中する。

 軍での仕事に加えて世に言うお嬢様学校で勉強など、とても身が足りない。

 殺す気かと怒鳴りたくなった。


「ちょっと、あそこの二人…」

「あれ、少女少佐に陸軍の悪魔じゃん…」

「しまった。全然、気付かなかったわ」


 ざわつく周囲の声が耳に入り、カルディナはハッと我に返った。

 眉間に皺を寄せている自分の姿が大きなガラス窓に映っているのが見えて、やってしまったと焦った。

 柄にもなく縮こまる大佐と身を乗り出して怒る自分の姿は、傍から見れば思春期の娘に理不尽に叱られる父親(パパ)である。


「だったら、いっそ士官学校に入れてくださいよ…!」


 声は抑えつつ椅子に座り直して、カルディナはバツの悪そうに身を縮ませた。

 今の大声でこちらの存在に気付いた者も多く、どうしようもなく視線が刺さった。


「僕だってそう進言はしているよ?唯ね、年齢制限があるから…」


 苦笑いで返す大佐に、カルディナは苛立ちを抑えるように前髪を掻き上げた。


「確か十六からでしたっけ…」


「正確には中卒以上。だから、その間だけでも通って欲しいと陛下は所望してる」


「あの…、そもそもとして学校そのものに行ったことのない孤児が王族が通うような由緒ある学校に入れるんですか?」


「それを僕も訊いたんだけどね…」


 大佐はまたも言葉を躊躇う。

 まだ何か言い難い事柄がある様子である。


「はっきり言ってください。濁されるのは嫌いです」


 きっぱりと言い放った彼女に、大佐はうっと顔を顰めた。

 僅かな躊躇いを見せた彼は、観念したように視線を合わせた。


「僕が君の身元引受人になってるのは知ってるよね?」


「はい。その上で島を出ましたから…」


 いきなりの確認にカルディナは首を傾げる。

 それが何だと眉間に皺を寄せる彼女に、大佐は覚悟を決めるように大きく深呼吸した。

 

「今回の通達を受けて、君の身辺に関わる書類を調べ直したんだけどさ…。その…何かの手違いで、養子縁組申請されていたらしくて…」


 そこまで告げて、大佐は堪らず黙り込んだ。

 束の間の沈黙の中、言葉を咀嚼したカルディナはその事実を理解して俄に青褪めた。


「ごめんね…、気付くのが遅くて、既に受理されてしまっていた」


 苦笑いと共に告げられた事実が衝撃的過ぎて、堪らず顔を覆った。

 怒りやら呆れやら戸惑いやら―――、色々と感情が押し寄せすぎて、笑って良いのか泣いて良いのか分からなくなった。

 詰まる所、いつの間にか大佐の娘になっていたらしい。


「…怒ってるよね?」


 こちらの顔を覗う大佐の表情は、見ずとも声で分かった。

 目は合わせず額を押さえながら、カルディナはヒクヒクと痙攣する唇を噛み締めた。


「怒りを通り越して、絶望しています。というか、よくそれで私達バディに組まれましたね…。てか、それなら私の認識証変えないと不味くありません?」


「それは問題ないよ。名前に関しては変えない方向で申請されていた。どうやら君をこちらに連れてくる時、一番手っ取り早い方法で手続きしろと部下に言ってしまったのが不味かったらしい…」


「それが養子縁組だった訳ですか…」


 そう頷きつつ、やり場のない言いようのないムズムズする感情に頭を掻いた。

 両親を亡くしていて出生届けもまともに受理されておらず、仕方なかったのかも知れないが―――…。

 伯爵とやらの暴走は何方かといえば、その手違いが原因な気がしてならなかった。


「兎に角、訓練に加えて女学校に通うなんて時間的にも肉体的にも不可能です…!陛下には大佐から無理だと言ってください…!」


 吐き捨てるように言い放ち、ガタリと席を立つ。

 慌てふためく大佐が何処へ行くのかと問う中、ただのトイレだと言ってその場を逃げ出した。

 一度、頭を冷やさないと彼に対しても暴言を吐きそうだった。

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