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商人セーディス


 改めて指定された場所は、当初予定していた場所とは真反対に位置していた。

 予定時刻も前倒しとなった為、カルディナ達は駆け足で向かうこととなった。


「ここかな?」


 落とされたメモを頼りに辿り着いたのは、趣のある一軒のバーだった。

 大通りから一本入った場所のため人気が少なく、隠れ家的な佇まいである。


(準備中の表示…、入って良いのかな…)


 一枚板の扉に掛けられた札に足踏みしつつ、大佐の様子を確認。

 彼はメモを再度確認して、困ったように肩を竦めた。


「カルディナ、“取引先に品物届けて来る”から、セルとそこの店でお土産でも見ててくれる?時間掛かるだろうか」


 そう言われて指し示されたのは、二軒先のこじんまりとした雑貨店だった。

 微かに動かされる指の信号から、そこで隠れていろとの指示である。

 何やら不穏なものを感じつつ、カルディナはこくりと頷いて、邪魔にならないようにとセルシオンのリードを引いた。


(…あ、ペット可って書いてある)


 入り口にあった手書き看板にほっと安堵。

 一緒に入れるのは有り難かった。

 入り口に掛けられた紗衣のカーテンを潜り、薄暗い店内へと足を運ぶ。

 瞬間、カルディナは目の前に広がった光景に息を呑んだ。

 店内を埋め尽くさんばかりに掛かる綺羅びやかな無数のランプは、別世界に迷い込んだような錯覚を起こした。


「凄い…、モザイクランプだ…」


 太陽のような一際目を引く、吊り下げランプを前に感動で目を輝かせる。

 手持ち金に余裕があったら自分のお土産に買いたいくらいだ。


「全部、職人の手作りだよ」


 そんな声にビクリと肩を揺らした。

 ランプに埋もれるように置かれた奥のカウンターに、ポツンと濃紺のニカブで頭を覆われた女人がいた。

 夜空に星屑を散りばめたように銀糸を織り込まれた紗衣の隙間からは、エメラルドのアイシャドーに彩られた黒曜石の瞳が微笑んでいた。


「それ、気に入ったかい?」


 小首を傾げながら、独特のハスキーボイスで訊ねた店主は目を細める。

 カルディナは思わず微笑んで頷いた。


「はい、とても素敵です。金属の色にガラスの華やかさが合わさって、光がまるで万華鏡のようですね…」


 綺羅びやかな光に包まれながら、素直に言葉を返した。

 すると、ニカブから覗く女人の目が不敵に微笑んだ。


「おやおや、万華鏡を知っているとは…。カローラスから来たってのに博識だねぃ」


 その一言と共に女人は徐ろに立ち上がり、カルディナは咄嗟に身構えた。

 今の自分は軍用ジャケットも着ておらず、何より大佐に買ってもらったコートのスタイルは自国の文化ではない。

 加えて、世界中ありとあらゆる人間が交差するこの土地では顔付きや持ち物から国を特定するのは容易ではない。

 ―――にも拘わらず、女人はカローラスから来たと断言した。

 身元がバレていると直感したカルディナが、護身用に腰に差していた拳銃に手を添える中、女人は何喰わぬ様子でこれまたランプの中に隠れていた階段扉を開いた。


「怯えるこたぁ無いよ。取り敢えず付いて来な。ヴォクシスは待たせるとおっかないんでねぇ…」


 そんな言葉を零しつつ、女人はトコトコと階段を上り始める。

 大佐の名前が出たことで余計に警戒しつつも、カルディナはセルシオンを引き連れ、その後に続いた。




 女人の後に続いて階段を上ると、倉庫と思われる建物の二階に出た。

 そこを通過し、外階段で繋がっている別の建物に渡り、また中に入ってを繰り返していくつもの建物を通過する事、数分―――。

 迷路のような道筋と重い荷物に息を切らし、やっと案内されたのは贅の限りを尽くした白亜の豪邸だった。


(家の中に噴水完備の池があるって凄くないか…)


 中庭で勢い良く水柱を上げる噴水とプールのような長方形の池に呆気に取られた。

 咲き誇る季節外れの薔薇の香りは噎せ返るほどに強く、それに交じってオリエンタルな妖艶な香の匂いが薫っていた。

 正直、酔いそうである。


「お嬢さんには少々匂いがキツイかね…」


 鼻先を押さえ、顔を顰める彼女に女人はクスクスと笑い声を漏らす。

 そうこうしている内に辿り着いた母屋と思われる三階建ての四角い建物からは、楽しげな笑い声が響いていた。


「荷物は女中に預けな。ヴォクシスは三階だよ…」


 扉の開かれた玄関前で女人はそれだけ告げると、さっさと奥へと消えてしまった。

 案内のお礼も言えなかったと溜息を零しつつ、近寄ってきた女中にキャリーケースを預けた。


(三階って言ってたよね…)


 思い返しつつ入り口にあったスリッパを借り、靴を入れようと下駄箱を見てみれば既に大佐の靴があった。

 大理石の床に敷かれた緋色の絨毯を汚さぬよう、用意されていた雑巾でセルシオンの足を拭い、室内へと急いだ。


「お、やっと来たね」


 階段を上がり切って間もなく、先に商談を始めていた大佐がこちらに手を振った。

 煙草片手に不敵に笑う、いつもの飄々とした雰囲気に何だか安堵した。


「お待たせしました」


 軽く頭を下げ、大佐の傍らで同じく煙草を蒸す髭の老人に目を向ける。

 この方がセーディス殿だろうか―――。


「カルディナ、セーディス殿には会えたかな?」


 挨拶する間もなく掛けられた問いに、彼女は何を言っているのかと首を傾げた。


「いえ、雑貨店の女将さんには会いましたが…」


 そう言いかけた瞬間だった。


「待たせたね、ヴォクシス」


 その声と共に背後から先程の女人が書類片手に現れた。

 女人の姿を見るや大佐は姿勢を正し、仰々しく頭を下げた。


「お久しぶりです、セーディス殿」


 微笑み混じりに放たれた言葉に、カルディナは耳を疑った。

 驚きを隠せない彼女に女人はクスクスと笑うや徐ろに口元を覆う布地を引き下ろした。

 年代としては大佐より少し上くらいのエキゾチックな美しい顔立ちだった。


「自己紹介が遅れたね。あたしの名はメルリンダ・セーディス。このルノレトの経済と安寧を担う貿易商セーディス商会の長だ。今日は宜しく頼む」


 快活な挨拶と共に、女人セーディスは手を差し伸べる。

 カルディナは呆気に取られながらも、そんな商談相手と握手を交わした。


「ご挨拶が遅れました…!カローラス王国陸軍第八〇六特務機動小隊所属、カルディナ・シャンティスと申します…!」


 気を取り直すように姿勢を正し、直角に頭を下げる。

 隠せぬ緊張を見せる彼女に、セーディスは固いその肩を解すように抱き寄せ、宴の支度を進める居間へと誘った。

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