大事な話
時計を見れば、いつの間にか日を跨いでいた。
車に揺られ、マーチス元帥と同行したのは罪を犯した軍人を収容する郊外の施設だった。
「どうやら、本当のようですね…」
無数の警察車両とざわめく周囲に、ヴォクシスは緊張を走らせた。
ここに来るまでに事の詳細は聞いていたが、目にするまで俄には信じることが出来なかった。
「こんなことになっちまって済まねぇな…」
「いえ。彼等の処分については上層と司法にお任せしていましたから…。しかし、これはカルディナが知ったらショックを受けますね…」
話を続けつつも規制線のテープを潜り、眼前の惨状と立ち込める臭いに、流石の彼も顔を歪めた。
火薬によって焼けた人体の臭いは、どれほど経験しても嫌なものである。
「島の元駐屯兵長及び脱走兵全員、それから当直の監視官も巻き添え。病院に運ばれたのも時間の問題…。明らかに消されたな…」
丸焦げになった建物を見上げ、元帥は取り出したパイプ煙草を咥えながら溜息を零した。
多数の小型爆弾による爆破襲撃であった為、施設はいつ崩れても可笑しくなかった。
中には最早、立ち入ることも出来ない。
「帝国らしい過激なやり方だ。ランギーニ皇帝は隠す気がないようだな。第二の宣戦布告と言うところか…」
そう憂いげに零す傍ら、ヴォクシスはさり気なく腰元のポケットから出したマッチを擦って火を点し、元帥は助かるとばかりにその火にパイプを寄せた。
「やはりセルシオンを警戒してですかねぇ…」
眉をハの字に下げつつ、旨そうに煙を嗜む様子に唆られたヴォクシスも胸ポケットからシガーケースを手に取った。
諜報部の調べにより既に元駐屯兵長が帝国と繋がっていたことは把握済みであったが、現場の惨状はまるでそのことを知らしめるかのようであった。
「お前が逃した若造、上手く立ち回れると良いがな…」
「嗚呼、ビジェットのことですか?」
「他に誰がいるんだよ…。というか、お前さん、帝国に怪しまれねぇようにする為とは言え、小僧の片腕折って壊れかけの羽と拳銃一丁しか持たせんとは…、本当に鬼だなぁ」
そう言って元帥は冷ややかな視線を向けるが、ヴォクシスは何喰わぬ様子で自身の煙草に火を点した。
「そのくらいしないと皇帝は怪しむでしょうからね…。それにあの程度の骨折なら正しく処置すれば元通りに治ります。皇帝への手土産には魂授結晶の欠片を手頃な携帯ケースに入れて渡しましたから文句はないでしょう」
煙を吐きつつ微笑みを浮かべた彼に、元帥は容赦が無いと言いたげに顔を歪めた。
皇帝への手土産というが、これまでの調べで魂授結晶は集合体でなければ全く機能せず、一定距離離れるとカルディナの持つ星の欠片の結晶に戻ろうとする性質があることが判明している。
調べようとケースから取り出した瞬間、脱兎の如く、彼方へ飛んでいくのは火を見るよりも明らかだった。
「それはそうと元帥閣下、何故に態々こちらの視察に?ここの件を私に知らせるだけならば、明日にも下士官を遣いに出せば良かったのでは?」
抱えていた疑問を問いつつ、ヴォクシスは手に取った煙草を指で弾き、灰を散らす。
丁度、待たせていた車の前に立った元帥は、ドアを開けつつ意味深に微笑んだ。
「もう一件、用事があるのさ。言うて、そっちが本題でね…」
またも元帥と車に乗ること数分で辿り着いたのは、廃墟も同然の古い屋敷だった。
蔦に覆われた豪奢な門には四芒星を囲う対の竜のエンブレムが刻まれており、格子のゲートには比較的新しい頑丈な錠が掛けられていた。
(この紋章…、クロスオルベか…)
見覚えのあるエンブレムにヴォクシスがそう考える最中、元帥は持ち寄った鍵を差し込み、閉ざされた門を開いてみせた。
「ここはクロスオルベ侯爵家の本邸だった場所だ。土地自体は大昔に国に押収されたが建物の構造が複雑怪奇でな…、長年、軍による調査が進められてきた次第だ」
淡々とこの場所について説明しつつ、また別の鍵で玄関扉を開く。
思いの外、中は綺麗に保たれており壁に掛かる絵や調度品も原型を留めていた。
「…ヴィクター・クロスオルベ博士……、これがカルディナの先祖ですね…」
大階段の踊り場に掛けられた肖像画の名を見て、ヴォクシスは思わず微笑んだ。
世紀の天才機械工学博士として知られる絵の中の人物はカルディナと同じ髪色で、顔立ちもよく似ていた。
「ヴォクシス、こっちだ」
階段の上から呼ぶ声に、はたと我に返った。
駆け足で元帥の背を追い、彼は奥の間へと急いだ。
「これは…」
開かれた扉の向こう、礼拝堂のような空間に描かれた巨大な壁画に思わず溜息が溢れた。
幾何学的に描かれた星がいくつも煌めく夜空に白い竜が駆け、その上に立つ巫女のような装束の乙女が何かに手を差し伸べている。
とても美しい絵であるが、残念ながら乙女が取ろうとしている何かはその部分が掠れて分からない。
宗教画のようでもあるが描かれている場面に心当たりもなかった。
「つい最近まで、この絵は別の絵に塗り潰されていたんだ。建物の老朽化に伴う修繕中に偶然発見されてな…」
「塗り潰されていた?」
「以前の絵は礼拝堂には似つかわしくない戦争の絵だった。調査隊が調べちゃいるが、どうやら時の権力者から隠すために上書きしたみたいでな…」
言葉を続けつつ祭壇付近に置かれた古びたオルガンに歩み寄った元帥は、その上に置かれていた手書きの楽譜を手に取った。
「この楽譜、嬢ちゃんが歌った歌に似とらんか?」
そう問われたが生憎、音楽は不得手である。
義務教育で習った程度の知識で旋律を探ろうとしたが―――…。
「あ、すまん。お前さん、音痴だったな」
悪気はないのだろうが、その一言に苛立ちを抱いた。
強いて言うが音楽は苦手なだけで、楽器を習う機会も無かっただけである。
怒りの拳を握る間にも、ひょいと楽譜を取り返された。
思わず小言を言ってやろうかとも思ったが、元帥はオルガンの蓋を開けて意図も容易く鍵盤を叩いて旋律を紡いでみせた。
鼓膜を揺らす音色は確かにカルディナの歌った歌に似ていたが、何処か違うような気もした。
「…やはり反応はないか」
辺りを見回し、元帥はそんな呟きを残した。
「何か仕掛けでも?」
「さあな…。唯この屋敷、そこら中に隠し通路やらカラクリが多くてな。流石に刃物が降ってきたり落とし穴に落とされるような危険なものは無いのだが…。流石は世紀の変人とも揶揄された御仁の家と言える」
そう答えた元帥は、またヴォクシスに楽譜を差し出した。
「お嬢ちゃんに渡してやってくれ。この壁の絵の事も含めて、あの子なら何か分かるかも知れん。侯爵の遺した物はどれを取っても価値がある。些細なことでも教えてもらいたい」
その依頼―――もとい指令に、しかと楽譜を受け取った。
本来ならば、この屋敷は子孫であるカルディナに相続されるべき場所である。
機を見て彼女には、この場所そのものを教えてやるべきだろう。
「それと…、嬢ちゃんに関してお前さんに一つ忠告したい」
不意に改まった様子で元帥は告げると、徐ろに機械仕掛けの腕に繋がる肩を掴んだ。
その力は嫌に強かった。
「あんまり肩入れし過ぎるなよ…。俺の経験上、あぁ言う子は不幸に見舞われやすい。娘のように思うのは勝手だが、いざと言う時の覚悟はしておけ…」
それはまるで予言だった。
強く向けられた瞳の奥に漂う言い様のない哀愁は、逃れようのない定めを映していた。
長い付き合いで、元帥の勘は嫌味なほどによく当たると知っている分その言葉は重かった。
「肝に命じておきます…」
去り行く背に返した言葉は、気丈に放った筈だった。
けれど、その声は外気ではない寒気に震え、確かに揺らいでいた。




