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本音とココア


 仕事終わりの官舎までの帰り道、粉雪が舞う中、セルシオンと共に薄暗い通りを歩くカルディナの足取りは重かった。

 過酷な訓練による疲れもあるが、今日は何故か射撃訓練中のランドル大尉の一言が頭にこびり付き、それがジワジワと胸を刺していた。

 ―――良い狙撃手になれる。

 褒め言葉として投げ掛けられた筈の一言は、カルディナにとっては呪いのように感じた。

 お前なら上手く沢山の人を殺せると言われた気がしてならなかった。


「…疲れてるのかな………」


 ポツリと吐き出すように呟き、只管に前に進んでいた足を止めた。

 吐き出した深い溜め息は眼の前を白く霞ませ、不意に滲んだ視界にポトポトと雫が落ちていくのが見えた。

 俄にツンとした鼻先に溢れた涙を自覚し、蹲る様にその場にしゃがみ込む。

 人の往来のある場所でなかったのが幸いだった。

 急に胸が苦しくなって、迫り上がった嗚咽が喉元から溢れた。

 心配そうに鼻先を寄せたセルシオンを抱きしめ、薄く雪の積もる地面に膝を突く。

 声を出して泣いたのは、島で母の遺体を灰にした時以来だった。


「…カルディナ、どうした?」


 そんな声と共に項垂れる背に温もりが被さった。

 ぐしゃぐしゃの顔のまま振り返れば、呆気に取られた大佐の姿があった。




「…何という既視感……」


 戻った宿舎の椅子の上、心の声を漏らしながらキッチンに立つ大佐の背を見つめる。

 相変わらずの手際の良さで彼はココアを淹れてくれた。


「はい、温まるよ」


「ありがとうございます…」


 差し出されるカップを両手で受け取り、仰々しく頭を下げた。


「何かあった?」


 鍋に残ったココアを適当なマグに注ぎつつ大佐は訊ねたが、カルディナはどう言葉にしたら良いのか迷った。

 自分でも噴き出した涙の理由がよく分かっていなかった。


「………、多分、疲れているだけかと…」


 絞り出した答えだったが、その後の言葉が続かず、気不味さを隠すようにカップに口を寄せた。

 心と舌に優しいミルク多めの甘さ控えめココアである。


「少し無理をさせ過ぎたかな…?」


 傍らの椅子を引き、腰掛けながら大佐もマグを傾ける。

 我ながら旨く出来たと満足気に唇の甘みを舐めた。


「お披露目後の襲撃を受けて、上からも色々と意見があってね。君にも一通りの訓練を受けさせた方が良いと私も踏んだのだが…、やはり年齢的に早過ぎたかね…」


 困ったように笑いながら、ごめんねと言わんばかりに眉を下げる大佐に、カルディナは目を泳がせながらフルフルと首を振った。


「その…自分の立場は理解しているつもりです…。自分の身は自分で守らないとなので…、やはり訓練は必要かと…」


 視線のやり場に困り、カップの中のココアを見つめながら慎重に言葉を選んで答えていく。

 何も言わず、只々静かに耳を傾ける大佐に何とも気不味さが増した。


「………、君は固すぎるね」


 マグを寄せる口元から溜息と一緒に零れた言葉に、彼女は弾かれるように顔を上げた。

 その声色は呆れを含んでいて、どうしようもなく緊張が走った。


「あ、いや…、今のは単なる感想というか…」


 途端に強張った表情に、大佐は焦りを見せた。

 そして不意に困り果てたように頭を掻くと弱々しく俯いた。


「もしかして、カルディナは私が怖いのかな…?」


 窺うように訊ねた声に、彼女は慌てて否定するように小刻みに首を振った。

 けれど、惑う視線と拭えぬ余所余所しさに警戒しているのが見て取れた。


「まあ、初見があれだったからね…、無理もないか…。無理してまで仲良くとは思っていないけれど、せめて信用はしてほしいなぁ…」


 参ったとばかりに首を擦りつつ、項垂れた大佐は苦笑い。

 思い返してみれば、島の前任駐屯兵長をシメるべく決行した抜き打ち視察にて、島民のあまりの惨状に愕然とした挙げ句、堕落した生意気な下士官の態度に激怒して、怒りのままに彼女を怒鳴り付けてしまった前歴がある。

 全くの痛恨と言えよう。


「あ…あの…っ…」


 何やら妙に落ち込む大佐に、カルディナは只々狼狽えた。

 自分で怖いかと問いておきながら、どう見てもショックを受けている姿に可笑しいを通り超して申し訳無さが込み上げた。

 沈黙に助長される何とも言えぬ気不味さに、押し潰されそうである。

 ―――嗚呼、もう!どうにでもなれ!

 心でそう叫び、カルディナは玉砕覚悟で自分の気持ちをぶち撒けた。


「わ、私は…!大佐と…ど、どう接するのが正解なのかが分からなくて…!その、こんな風にお優しい時もあれば、凄く怖い時もあって…っ…、そ、それにその、大佐の事を士官の皆に聞いたら、笑顔の下に悪魔を飼ってるとか言うから…っ…だから……!」


「え、いや、ちょっと待って。そんなこと言う奴いたの…?」


 驚いて思わず頭を上げた大佐に、カルディナは口が滑ったと気付き、思わず泣きそうになった。


「で、でも皆その分、大佐を慕っていてもいて…!」


 慌てて言葉を付け足しながらも、流石にこれは怒られると覚悟した矢先だった。

 大佐は慌てふためくカルディナの顔を見つめたかと思うと、耐え兼ねたように噴き出し、肩を震わせながら失笑した。


「ははっ…!そういうことか!」


「え、あの…」


 何かを納得して笑い続ける彼に、カルディナはオロオロ。

 すると大佐は伸ばした掌をふわりと彼女の頭に乗せ、落ち着けるようにとても優しくその髪を撫でた。


「ごめんごめん…!いや、上官とは言え、カルディナとの距離が全然縮まらないからさ…、何か知らず知らずに嫌われることでもしてたのかと…。ほら、セルシオンはそこそこ僕に懐いてきたでしょ?まあ、怖がられるのも仕事の内だから、悪魔だ鬼だ言われるのは仕方ないけど…、ちょっと気掛かりだったというか…正直な所、寂しかったんだよね…」


 おちゃめに訳を話しながら困ったように笑い、彼は何処か安堵したように溜息を吐いた。

 カルディナからすればセルシオンについては単に餌につられているだけとも思ったが―――、それは言わないことにした。


「本音を言えば、これから君とは背中を預け合うことになるだろうから、誰よりも信頼関係を築きたいとは思っているんだ。こんなおっさんと《バディ》なんて不本意とは思うけど…」


 それを聞いてカルディナは目を見開いた。

 この国の軍におけるバディと呼ばれる相棒は、戦闘時においては昼夜問わず常に行動を共にする仲間のことで、いかなる時も互いに守り合い、助け合う為に組まれる者である。


「…それは決定ですか?」


 思わず訊ねた彼女の問いに、大佐はまたも苦笑い。


「やっぱり嫌?」


「違いますっ!そうじゃなくて私じゃ力不足だと言ってるんです…!まだ訓練受け始めて二ヶ月ですよ…!?上層部は何考えてるんですか!?大佐は王位継承権四位の王族でしょ!?唯でさえ帝国に一度暗殺され掛けてるのに…!学生時代ボクシング選手だったモーヴ中尉や剣道師範代持ってるランドル大尉もいるのに…!!てか、ウチの隊って全員が戦車に小型戦闘機の操作経験のある超有能士官なんだから他に候補いくらでもいるでしょ?!」


 お湯が沸騰するように、唐突に声を荒らげたカルディナに大佐は面を食らった。

 初めて聞く彼女の剥き出しの怒りはあまりにも新鮮だった上、小隊の士官情報が細かく頭に入っているとは恐れ入った。


「…っ……、すみません、取り乱しました」


 ふと冷静になり、カルディナはぐいっと温くなったココアを飲み干した。

 まだ怒りは燻っていたが深呼吸して腹の底に収めた。


「僕としては、今日の射撃訓練の様子を聞くに大丈夫とは思うけどね…」


 独り言のように告げながら大佐は同じくココアを飲み切り、徐ろに足を組んだ。


「本題と言ってはなんだが…、実は来週を目処に私と一緒にルノレトに行ってほしくてね。チタンを含めた貿易交渉に同行してもらいたいんだ」


「私とですか?」


 確認の言葉に大佐は力強く頷いた。


「セーディス殿は遣手の商人でね。このご時世だし目立たないよう少数で伺いたくてさ…。それに機械竜の開発者である君が、現地で直接説明した方が説得力が違うと思ってね」


 その説明にカルディナは納得とばかりにゆっくり何度も頷いた。

 セルシオンの新しい器については、まだまだ検討していることが多く予算についても増減が激しいのが現状である。

 使える資材と資金が決まってから大筋を決めた方が手っ取り早い気もしていたので、彼女としても悪くない話であった。


「それじゃ詳しい日程決まったら、また連絡するね」


 暫し出張の件を聞いた後、夜も更けたからと大佐はお暇することとなった。


「カルディナ、良い夢を」


「大佐も良い夢を」


 そんな簡単な別れの挨拶を交わし、彼はドアを開ける。

 外套の襟を立て、閉まりゆくドアの向こうでカルディナが見送る中、冷気の満ちる夜空の下を歩き出した。


「よう、ルノレト行きの話は出来たか…?」


 そんな声にふと足を止めた。

 建物の物陰でマーチス元帥ともあろう方が、寒空の下パイプ煙草を蒸していた。


「こんな所で待ってたんですか?」


「近い喫煙所がここしかなかったんだよ…」


 そうは言うが、宿舎周りには喫煙所が点在しているし少し離れたところでは彼を待っていると思われる車が停まっている。

 察するに何か大事な用事らしい。


「ちぃと話があってな。付き合えるか?」


「手短に…、とは行かなそうですね…」


 溜息混じりにそう返し、車へと向かった上官の背に続いた。

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