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少女と竜


 夜の帷が降りると共に燈された篝火に照らされ、伝統衣装を纏った子供達の行列が島を練り歩く。

 観光客は舞台に登った星乙女に扮する少女の堂々たる口上から始まる伝統の舞に目を奪われ、“島特産商品の試食”と称して振る舞われるご馳走の数々に舌鼓。

 治安維持と運営資金確保の観点から今年から観覧料を取ったが、金額以上の島人からの持て成しに足を運んだ誰もが満足げであった。


「この調子なら民泊計画も本腰入れても良いかもしれんな」

「あとは治安維持の問題か…」


 賑わう祭の片隅にて、酒を片手に今後の観光事業について島民達は密かに井戸端会議。

 来島した観光客は今のところ軍用船で近隣のベルウッド領までとんぼ返りか、部屋の余っている城の西側を開放して宿泊してもらっている。

 今後予想される客数を考えると宿泊施設の確保は必須である。


「城の南を開放するのは?使用人部屋だった名残で改装も楽だし」


「あー、ダメダメ。あっちは研究塔があるから止めとけ。姫様が偶にとんでもない実験してて危なっかしい!イェリスお嬢もこの前、ルミィの甥っ子達とハングライダー作ろうとして大騒ぎになったろ?」


「嗚呼、研究室のテラスから飛び降りたやつな。下が池だったから良かったけどさぁ」


 手頃な提案を出すも過去の苦い思い出に、島民達は思わず顔を顰める。

 領主の傍ら機械工学者として研究開発をしているカルディナの研究室がある塔は、定期的にボヤ騒ぎを起こすので、島の中では危険地帯と認識されている。

 挙げ句、その血を受け継ぐイェリスも好奇心旺盛で幼さ故に母以上の命知らず。

 最近の大事件としては、テレビで見たハングライダーに憧れて母の研究室から拝借したクズ材で一から制作。それを見つけた子供達とテスト飛行を試みた結果、見事に墜落して真下にあった池にダイブした。

 幸い時期が夏で、物音と子供等の悲鳴に気付いた城内職員が直ちに救助に入ったので掠り傷程度で済んだが、一歩間違えれば死人が出ていた大事故だった。

 ――無論、事故の後イェリス本人と子供等が大人からこってり叱られたのは言うまでもない。


「ところで話中のお嬢はここんところ大人しいな?流石に懲りたか?」


 ふと思い出したように、一人が訊ねるが城内に勤める男性達は合わせたように激しく首を横に振った。


「それがまた何か造り始めてる…」


「フォルさんが目を光らせちゃいるが、またもやクズ材を拝借しててな…」


「まあ、今度は何かの模型っぽいけど…」


 現状を知る人間はそこはかとなく哀愁を漂わせ、そこから察した彼等の苦労に他は心配を寄せた。

 今も昔もクロスオルベ家の人間は好奇心旺盛で我が道を行く―――。

 それが彼等の魅力ではあるが、家臣や領民としては悩ましいところである。


「…あれ、噂をすればイェリスちゃんにヴォクシス閣下だ」


 酒を傾けつつ、一人が会場の片隅に見つけた姿に注目。

 仲良さそうに手を繋ぐ祖父と孫は、一見、周囲に混ざって祭りを楽しんでいるように見えた。

 しかし、祭の進捗を運営係と確認しているカルディナを指差すや何やらヒソヒソ。

 母が忙しいと見るや悪戯心に溢れた笑みを浮かべて頷き合い、コソコソと会場を抜けて城へと駆け出した。


 ―――何を仕出かすのやら。


 見守っていた島人達は一抹の不安を抱えつつも、危なければ止めに入るであろう監視役――もとい、ヴォクシスが一緒について行ったことに一先ず安堵した。




 祭りの賑わいと相対する静かな城に密かに駆け戻り、キャッキャとはしゃぎながら母の研究室がある塔に忍び込む。

 いつぞやの仕出かしから普段は施錠されるようになってしまったが、母の行動分析で鍵の場所は把握済み。

 こっそり拝借した鍵で扉を開き、研究に使う資材を保管している倉庫の中へ。

 見つからぬよう、いくつかのパーツに分けて隠していた秘密のプレゼントを組み立てながら台車に乗せて、祖父と一緒に母お気に入りの中庭へ。

 開花時期を迎えた薔薇が可憐に咲き誇る中、月明かりに煌めく噴水の脇を通ってガラガラとプレゼントを運ぶ。

 仕事の合間、母がよく休憩しているガゼボの前に作品を降ろしてもらい、その首元にリボンを巻いたら準備は完了である。


「これで良いかい?」


「うん!」


 台車を邪魔にならない場所に置きつつ、ヴォクシスは確認。

 イェリスが作ったプレゼントは、かつて世界を救った母の相棒だったという機械仕掛けの白竜セルシオンの模型だった。

 大きさとしては丁度イェリスの背丈程度で、薄い金属板に木材やワイヤーなどを上手く利用して精巧に作られていた。


「しかし凄いね。セルシオンの戦闘用ボディの小型レプリカだ…!」


「母様、ずっとセルシオンを待ってるからね。セルシオンが帰ってきた時に必要かなって!」


 感心する祖父にイェリスは自慢げ。

 セルシオンには器が必要だと聞いていて、ずっと空の彼方から相棒が戻るのを待ち侘びる母の心を思っての作品だった。


「それじゃあ、母様を呼んでくるからね」


「お願いしま〜す!」


 祭りの終わりを告げる花火が一つ二つと夜空に煌めく中、ヴォクシスは孫の頭を撫でてカルディナを呼びに踵を返す。

 祭の会場に戻る頃には領主としての締めの挨拶も終わり、運営係との反省会前の空き時間がある。

 明日は明日で、祭の片付けにてんてこ舞いなので、落ち着いてプレゼントを渡すなら今がチャンスである。


「母様、喜ぶかな…!」


 母の反応を楽しみに、ウキウキで作品の周りをスキップ。

 その拍子に首から下げて胸に隠していた先祖代々受け継がれてきた宝石シュエンテュリアがポンッと襟元から飛び出した。

 小さい頃から母の書斎に飾られているのを見て憧れていた物で、去年の誕生日に特別な日にだけ着けて良いよと許可を貰った。

 今日はその特別な日である。


(母様、褒めてくれるかな?あ、逆に怒られるかな?勝手に材料使ったし…、でも父様には見せてるし…)


 ふとプレゼントに使っていた材料の出処を思い出し、楽しい気持ちから一転、急に不安になった。

 製作中に父に見つかった事があり、必死の事情説明を試みた所、要らなくなった材料だから大丈夫とは言質を貰ったが、何処で作って、何処に隠していたのかと突っ込まれると答えに困る。


 ―――これは不味い。


 腕を組んで急いで、言い訳を考えていた矢先だった。

 不意に空が夜明けのように俄に明るくなった。

 何かと見上げた空より、真白い彗星が閃光を放ちながらこちらへと猛烈な速さでやって来る。


「へっ?」


 キョトンと立ち尽くした。

 瞬間、彗星は甲高い音を立てて母へのプレゼントに直撃。

 その衝撃波に煽られて尻餅を突き、周囲の薔薇も突風に吹かれてぶわりと舞い散った。


「な、何〜っ?」


 花弁だらけになりながら痛むお尻を怒り混じりに擦り、何かが降ってきた母へのプレゼントへと目を向ける。

 竜の模型の周りには白銀に煌めく花弁が舞い踊っていた。

 白銀の花弁は暫し悩むように浮遊していたが、次第に模型へとくっつき始めた。

 そうして全ての花弁が纏い付くと同時にその足が動き出し、目覚めるように自ら立ち上がった。


「…嘘ぉ」


 辺りを見回す白き竜に、イェリスは呆気に取られた。

 その声に竜はガラス玉の瞳でこちらを見据え、微笑むように小さくキュウと鳴き声を漏らした。


『…こんばんは。君は誰?』


 そう話しかけながら、竜はこちらを覗うように歩み寄る。

 大切な人にそっくりな瞳の色に、共に戦い信頼した友に良く似た髪色と顔立ち。

 胸に輝く自身の欠片は、彼等の子供か子孫であることを示唆した。

 穏やかに問い掛ける竜に対し、イェリスは大きく息を吸って好奇心と喜びを爆発させた。


「あなた、セルシオンね!?あたし、イェリス!イェリス・クロスオルベ!あたし、母様と父様とあなたの事、ずっと待ってたの!」


 嬉しさのあまりその首元へと飛び付き、キャッキャと飛び跳ねながら自己紹介。

 かつて過酷な北の戦場で見た美しい花と同じ名前を持つ少女に、セルシオンはその子が大切な人達の娘だと悟った。


『…カルディナとフォルクスは元気?』


「うん!母様も父様も元気だよ!今、お祭りの終わりの挨拶してるの!今日は星降り祭なんだぁ!あ、お祖父様も来てるよ!ヴォクシスお祖父様!」


『ヴォクシスも?』


「うん!」


 そうか、皆まだ生きていた―――。

 ニコニコ笑う少女の前、セルシオンは酷く安堵した。

 何十年、何百年と経ってしまったのかと思ったけれど、そこまで時間は過ぎていないらしい。


「…イェリス!?イェリス何処にいるの!?」


 俄に聞こえてきた悲鳴じみた母の声に、ハッとイェリスは振り返る。

 きっと先程の衝撃波に驚いて、すっ飛んで帰ってきたのだろう。

 段々と母の他、父や祖父の叫び声も寄って来る。


『ちょっと皆を驚かせちゃったね』


 騒ぎになってしまったことを反省しつつ、ワーワーと近付く声にどうしようかと尻尾をクネクネ。

 大気圏を抜けるのにどうしてもスピードが付き過ぎてしまった。

 きっと爆発かと思ったに違いない。


「ねえねえ、セルシオン?もっと皆を驚かせに行かない?」


 綺麗な鱗に覆われた頭を撫でつつ、イェリスは悪戯心満載な笑みを浮かべる。

 その笑顔はちょっと困ってしまうくらいに好奇心旺盛だった若き日のカルディナにそっくりだった。


『良いね…!じゃあ僕の背中に乗って?』


 そんな彼女に触発されてセルシオンは笑うように尻尾をブンブン。

 その場に伏せて、おいでとばかりに顎を揺らして背中を示した。


「うん!行こう、セルシオン!」


 そう叫び、イェリスは元気に白い竜の背に飛び乗る。

 瞬間、大きく翼を広げて咆哮を上げたセルシオンは新たな主人を乗せて風を切り、薔薇の花を散らしながら大切な人達にただいまと伝えに駆け出した。

藤澤)最後までお読みくださった皆様、本当にありがとうございました。恐れながら、9/3時点からこちらの事情で一部人物名を変更しております(例:ハスラー博士→ハイラー博士)

理由はまんま過ぎてお察しかと…。


続編は筆が乗ったら、掲載します。

重ね重ね、ありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
終わってしまった…。寂しい。(素晴らしかったです!ありがとうございました!)
とても素敵な物語を有難うございました。 また新しい物語に期待してます‼️ イェリスちゃんの成長物語なんてハチャメチャで楽しそうですね‼️(おねだり)
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