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軍事訓練


 王城から程近い第一師団の訓練場は本来、軍事パレードや王族の護衛などを担当する近衛師団のみが立ち入ることを許されている。

 そんな場所の一角で、カルディナは広いグラウンドを重いリュックと銃剣と抱えて小隊の歩兵隊十二名と共に直走っていた。


「シャンティス!遅れているぞ!」


「すみませんっ!」


 特務小隊の副隊長ランドル大尉に檄を飛ばされつつ、先を行く士官達の背中を必死に追い掛ける。

 大佐の意向で軍人としての訓練を開始してから早二ヶ月―――。

 血肉刺を作っては潰しまくった掌はすっかり皮が固くなったが、大人と同じ訓練内容は十四歳の身体では未だに付いて行くのがやっとである。

 いつかは戦場への出撃を余儀無くされることを思うと、現状の足手纏い具合に歯噛みせずにはいられなかった。


(この後は座学で、昼休みの後には射撃訓練、夕方からは整備隊と…)


 今日のスケジュールを確認しつつ次の訓練に向けて、駆け足でロッカールームへ。

 季節はすっかり冬となり、冷える手先を揉みつつ分厚い教科書を抱えて教室へと急いだ。


「シャンティス少佐は凄いですね」


 短い昼休みの最中、豪快にフィローネサンドを頬張っていると一緒に昼食を取っていた同僚の士官からそんな声を貰った。

 最初はセルシオンのことかと思ったが―――。


「俺達でも初年は訓練キツ過ぎて毎日泣いてたのに、もう慣れてるっていうか…」


「そうですよ!早い奴でもこの生活に慣れるまで半年は掛かったのに…!」


「それに加えて参謀本部と打ち合わせの毎日ですよね?寝ている暇があるのかと思うくらいです」


 そんな士官等の言葉に只々苦笑い。

 本音を言えば、朝から晩まで働き詰めで食べ物にも困っていた島での暮らしの方が精神的にもしんどかったが、それを言っては気を使われそうなので黙っておいた。

 軍人としての恩恵で、今や朝昼晩に夜食まで食べ放題だし、毎晩風呂にも入れて寝床も温かい。

 軍服も支給なので、今のところ着るものにも困っていない。

 彼等には申し訳無いが、今の生活の方が控えめに言っても最高なのである。


「その…ここには、信頼出来る人が多いので…。あと…、自分に与えられた階級に見合うようになりたいというか…」


 言葉を選びまくって当たり障りが無いようにとそう答えたが、それを聞いた士官等は俄に顔色を曇らせて堪らず顔を覆った。


「「「なんて良い子なんだ…」」」


 自然と合わさった声に、カルディナは申し訳無さに益々苦笑した。

 悪い事ではないが、何やら自分の株を上げてしまったらしい。


「カルディナは殊勝だねぇ」


 そんな話声にその存在に気付いた誰もが慌てて起立し、姿勢を正して敬礼。

 歓迎会以降、多忙を極めてまともに話すこともなかった大佐がふらりと現れた。


「お疲れ様です、ハインブリッツ大佐」


 敬礼から直り、カルディナはその場を代表して挨拶した。

 軍では階級が物を言うので、下の士官の為にも立ち振る舞いには用心していた。

 何事も油断は禁物である。


「だからヴォクシスで良いって…。それは兎も角、君達ランドル大尉を知らないかな?」


「ランドル大尉でしたら明日の合同演習について相談される為、近衛団長の執務室かと存じます」


 言葉遣いにまで気を遣い、カルディナは端的かつ的確に回答。

 そんな彼女に大佐は何処か寂しそうに微笑むと、了解したと答えて踵を返した。


「大佐、やはり雰囲気柔らかくなったな…」


 ボソリと零れた士官の言葉に、他全員が激しく頷く。


「そうなんですか?」


 かつてを知らないカルディナは訊ねながら首を傾げ、士官等は何とも渋い顔で互いの顔を見合った。


「前はもっとこう…怖かったですね。面倒見の良さは変わらずですが…」


「捕虜になったらこの人だけには尋問されたくない人ナンバーワンって言われたくらいです。飴と鞭の使い分けが上手過ぎると元帥さえも舌を巻いたって噂です」


「微笑みの下に悪魔を飼ってるって言った奴もいたな…!」


 彼等の口から出てくる大佐の印象はどれも、親しみを持ちながらも恐れを含んでいた。


(なんか未だに大佐の人柄が掴めない…)


 射撃訓練の最中、カルディナはそう心の中で呟いた。

 怖い人なのか良い人なのか、はたまたヤバい人なのか―――。

 今後、戦場という過酷な場所に投じられることを思うと、仲間である士官達との人間関係の構築は重要となる。

 もし努力しても合わない人間ならば適度な距離感を掴みたい所であるが、大佐に関しては掴み所がなくて困惑するばかりである。

 本音を言えば、彼には何処まで心を許して良いものか見定めていた。


「おー、上手いじゃねーか!」


 そんな大声にびくりと肩が跳ねた。

 様子を見ていたのかランドル大尉が真後ろにいた。


「たった二月(ふたつき)で、大したもんだ!」


 豪快に笑いつつ背を乱暴に叩かれる。

 手荒いが褒めてくれるのは素直に嬉しかった。

 島での生活の中、検品の為に射撃もさせられてたことは報告済みだが、ちゃんとした施設で訓練したお陰で命中率が格段に上がった。

 人形の的には綺麗に狙った通りの穴が並んでいる。


「これなら良い狙撃手になれるな!」


 そんな言葉にズキリと胸が傷んだ。

 軍事訓練というものは人を殺すための訓練である―――、そう頭では理解していても幼い心がその現実を拒絶した。

 機械竜セルシオンの操り手として―――、国の最終兵器を生み出す者として、今後は人一倍に命を狙われるようになる―――。

 その現実を思えば己の命を守る為にも訓練はしなくてはならないが、近い未来を直視する度にどうしようもなく足が竦んだ。

 いつか罪のない誰かの人生を奪うことになるかも知れない―――。

 それが言い様もなく怖かった。

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