歓迎会
格納庫の戸締まりをしてセルシオンと一緒に指示された王城の正面玄関に行くと、背広に着替えた大佐が待っていて、ロータリーには迎えの車が停車していた。
「いくつか寄る所あるから乗ってくれる?セルシオンの首輪と背中の翼を隠す物も探しに行こう」
そう言って大佐は後部座席のドアを開く。
セルシオンが乗りやすいように既に一部シートが倒されていた。
「取り敢えず西通りのペットショップに寄ってくれる?」
乗り込んでまもなく助手席で運転担当のモーヴ中尉に指示を出した大佐は時計を確認。
どうやら時間が押しているようである。
これは急がねばと到着したペットショップでカルディナは即座に店員を捕まえ、大型犬を保護したとの口実で適した首輪とリード、そして季節柄売り出していた防寒ウェアを購入。
歓迎会の会場に向かう道すがら車内でそれらをセルシオンに装着して準備は万端―――。
暫くして到着したのは通りから少し外れた場所にある隠れ家的なレストランだった。
コテージ風な作りの建物で、庭に面した広いテラスでは小隊の皆が一足先に寒空の下でバーベキューを始めていた。
「お、来た来た!!みんな~!主役が来たよ〜!」
カルディナ達に気付いた士官がこちらにトングを振りながら声を上げる。
その声に小隊の一団は一斉に顔を出し、笑顔で早くおいで!と溢れんばかりのエールを注いだタンブラーを掲げた。
「ここは肉料理が絶品でね。私もよく来るんだ」
そんな言葉を添えて大佐は車のドアを開き、彼等の活気に気圧されるカルディナの手を引く。
慌ててシートベルトを外して躓くように下りた彼女に続き、セルシオンも駆け足で飛び出し、尻尾を振りながら早く行こうと促した。
「今日は無礼講だ。最後まで楽しもう…!」
不敵な笑みを浮かべた大佐は戸惑うカルディナの肩を抱き、賑わいの中へと誘う。
向かう先を照らす温かな明かりは、あどけない少女の瞳にキラキラと輝いて見えていた。
乾杯の挨拶も適当に言われるまま座った席の前、取皿一杯に盛られるご馳走のあまりの美味しさに、カルディナは目を輝かせた。
大佐の言う通り、お店の肉料理はこの世のものとは思えないほどに美味しかった。
「これも美味しいですよ?」
「ジュースは足りてる?」
「おーい!こっちにもソーセージ追加で!」
次から次に士官達はカルディナに声を掛けては美味しいものを食べさせようと皿を運ぶ。
男ばかりの職場故、そこに投げ込まれた可憐な十四歳を士官達は可愛いがりたくて仕方なかった。
「おーい!カルディナは病み上がりなんだから、あまり食べさせ過ぎないでね〜?」
窓枠に肘を乗せてテラスから顔を覗かせた咥え煙草の大佐は、カルディナを取り囲む部下達に注意を促す。
上官直々の言葉に苦笑いしつつも、彼等は陽気にエールを掲げるばかり。
美味い飯と酒で、すっかり酔いが回ってしまったらしい。
「モーヴ中尉、ちょっと彼等に教育的指導を頼める?」
「了解です!」
冗談半分の大佐の指示に、指名された中尉もからかい半分で部下に駆け寄る。
接近する直近の上官に部下達は一目散に逃げ出し、テラスにて鬼ごっこを開始。
捕まった士官は腕立ての刑に処された。
今日のお店は特務小隊が貸し切ったこともあり、その様子を見た店員は注意するどころか大笑い。
店側も慣れたものらしい。
「やーん!セルちゃん可愛くなってる〜!」
「狼!しかもこの背中!」
「なんだ、このロマン擽る姿は!?」
その一方で整備隊の五人は新しくなったセルシオンの姿に興味津々。
他の士官を押し退けてまで、こうなった経緯を根掘り葉掘り聞き取った。
「はぁ、お腹いっぱい!」
皆とお喋りしながら飲み食べして、すっかり満たされたお腹を擦る。
満腹で息が苦しいなど初めての経験である。
「ねぇねぇカルディナ!」
何処か陽気な雰囲気で、ユルリが隣の席に滑り込んできた。
吐息から明らかにお酒の匂いがするので、どうやらこっそり飲んだらしい。
この王国では二十歳未満の飲酒は禁止されているが―――。
「あの歌、何て歌ってたの?王様も不思議がってたよ?ほら、セルちゃんの取り外しの時の」
そう問われて、カルディナは思わず肩を竦めた。
「実は私も良く知らないの。島にいた先住民が使っていた言葉で、今はもう正確な意味を知っている人が居ないらしくて…。お母さんの話では、一番目の歌詞が志を胸に故郷を離れる旅人の歌で、二番目が一番の旅人に向けて残された家族が再会を願う歌だって言ってた。島では子供の誕生日やお祝い事に一番、葬式や出兵の時には二番を使っているの。今日の歌は二番の方」
「………何か重いな、その歌…」
眉間に皺を寄せつつ、ユルリは手元のグラスを傾ける。
その様子にカルディナは困ったように笑って、残っていたジュースを飲み干した。
「あー!ユルリ!それ俺のグラス!やっぱり呑みやがった!」
そんな悲鳴を上げたのは同じ整備隊のジンゴだった。
彼は慌ててお冷を頼むと、へべれけなユルリをトイレへと担ぎ込んだ。
「ありゃー、やっぱりやったか…」
「だから酒の席は駄目だって言ったのに〜」
「でも、あいつ連れて来ないと絶対拗ねるじゃん…」
毎度なのか、残る整備士達は冷めた視線である。
当面先であるが、飲酒には気をつけようとカルディナは心に誓った。
「あれ?グラスが空だね。何か飲む?」
そんな声に振り返り、カルディナは反射的に背筋を伸ばした。
いつの間にか、真横に大佐がいた。
「そんな畏まらなくって良いよ?皆も、こんなだしさ」
すっかり酔っ払いばかりになった周囲を示しつつ、大佐は戯けたように微笑む。
名目上はカルディナの歓迎会だが、ついでに隊の親睦を深めようと気軽な店を選んだのは正解だった。
嗜みの酒は人の気を良くし、普段は出来ない話も出来る。
常に警戒心を見せていたカルディナも、いくらか打ち解けたように見えた。
「…大佐はお酒飲まないんですか?」
何となく目についた大佐が手に持つグラスに、カルディナはそんな質問を投げ掛けた。
彼はこの隊のトップであるが、飲んでいたのはオレンジジュースだった。
何気無い不意の問いに大佐は困ったように笑うと、徐ろに彼女の横に腰を下ろした。
瞬間、少し独特な煙草の匂いがした。
「元からあまり飲める体じゃなくてね…。十年前の襲撃からは余計に受け付けなくなっちゃった…」
そう零しつつ彼は太腿の辺りを擦り、目の前にあった酒の肴を抓む。
その言葉にカルディナは熱で朧気だった昨日聞かされた彼の身の上話を鮮明に思い出し、途端に血の気が引いた。
「す、すみませんっ…!」
またも失言だったとその場に起立し、慌てて頭を下げる。
一瞬、キョトンと驚いた顔をした大佐だったが、少しの間を置いて何のことか理解したらしく穏やかに笑った。
「もしかして昨日の僕の身の上話、引き摺ってた?君には中々ヘビーだったかな?」
胸ポケットからシガーケースを取りつつ、大佐は困ったように眉を下げる。
「その、引き摺っていた訳では無いのですが……」
そう言い掛けて、どう言ったら良いか分からなくなって言葉に詰まった。
「あんたの身の上なんか重いに決まってんだろうよぉ、大佐殿?」
そんなぶっきら棒な声を引っ提げ、ジョッキ片手に無精髭の将校が歩み寄る。
胸の階級章は大尉を意味していた。
「挨拶が遅れたな、嬢ちゃん。この小隊の副隊長ランドルだ。大佐殿が不在の時は俺と小隊を引っ張ることになるだろうから宜しく頼む」
力強い挨拶と共に握手をと手を差し伸べるランドル大尉に、カルディナは気を改めて名乗り、しかと握手を交わした。
将校というよりも戦士と言った方がしっくりくる出で立ちの男だった。
「…中々の面構えだ。十四歳のガキが背負い切れる訳ねぇと思ったが…」
じっとこちらの顔を見つめ、大尉は何か確信したように微笑む。
その眼差しに込められた心意に、カルディナは僅かに寒気がした。
「ヤバい、シャンティス少佐がランドル大尉に目ぇ付けられたぞ…」
微かに聞こえた怯える士官の声に、気のせいかと思われた寒気が増した。
聞き耳を立てていたのか、賑わいの中にざわめきも広がる。
「ランドル大尉、お手柔らかに頼むよ?」
大佐の一言に、何かを悟った周囲の士官が微かに短い悲鳴を上げる。
取り敢えず、何のことだと訊ねたい。
「任せとけ。ルノレト行きが決まるまでには仕上げてやる…!」
そう笑った口元に見えた嫌に白い歯が、獲物を前にしたライオンのようにキラリと光った気がした。
気分は生贄の仔ウサギである。




