再出発
そこは不思議な場所だった。
暑くも寒くもなく、風もなければ日の暖かさも無い。
只々真っ白な空間。
そこにポツンと佇む自分は何故か、下着も何も着ていなくて素っ裸。
唯一、首元に無骨な認識証の鎖に通した星の欠片の結晶が揺れていて、その輝きがキラキラと瞬いていた。
「カルディナさん」
不意に掛けられた穏やかな声に、長い銅の髪を揺らす。
振り返ったそこには、何処となく自分に似た白髪の綺麗な女性が佇んでいた。
故郷の島の伝統衣装に身を包み、深い碧の瞳が印象的だった。
「……もしかして、シャンティス夫人?」
小首を傾げて訊ねてみれば、女性はコクリと頷いた。
彼女は徐ろに歩み寄り、きょとんとするカルディナの手を取った。
「ありがとう、全ての因縁を断ち切ってくれて…。お陰で皆の所に安心して旅立てます」
感謝を述べて、シャンティス夫人は戸惑う頬を撫でる。
とても温かい掌だった。
「さあ、貴女を待っている人が沢山います。貴女の身に降り掛かった災いは私達が貰っていくわ…」
そう告げられた瞬間だった。
その背後に先祖ヴィクター・クロスオルベ侯爵やその息子達、更にはかつて出会い天へと旅立った、スペンシア少将やイーシス王女、セリカ皇女の姿が次々に浮かび上がる。
彼等は空間の上から差し込んだオーロラのような七色の光に導かれて昇っていき、同時にカルディナの体からは黒い靄がスルスルと抜けていった。
「…出口はそっちよ。貴女に一際の幸せがあらん事を…」
光に導かれるシャンティス夫人はそう言い残し、皆で天へと昇りながら後ろを指差す。
振り返ったそこには大きな扉があって、僅かに開いた隙間から自身の声を必死に呼ぶ声が聞こえた。
―――行かなければ。
自然と踏み出した爪先は、駆け足で扉を押し開けた。
浮かび上がった意識と共に、身体の重みが圧し掛かった。
はっきり聞こえる必死な声。
朧気な視界に黒い頭のぐしゃぐしゃな泣き顔が映る。
折角の男前が台無しだ。
「…っ…う…ふ…っ…」
名前を呼ぼうとしたけれど、酷く喉が渇いて声が出ない。
これは困った。
手足も麻痺して感覚が鈍い。
随分長く寝ていたらしい。
「カルディナっ!カルディナ…っ…!」
情けなく泣きながら安堵したように笑う姿―――、フォルクスは尚も名を呼ぶ。
正直、声が大き過ぎて煩い。
ちょっと黙ってくれ。
耳が痛い。
「…ちょっと煩い!落ち着け!」
代弁するように泣き顔を押し退けて、恰幅の良い看護師と白衣の医師へと目の前が入れ替わる。
これは有り難い。
取り敢えず、状況を知りたいが尚も声が出ない。
―――そうだ。
微かに動く手の指で、うろ覚えのモールス信号を叩く。
ここは何処?
どんな状況?
皆は無事?
セルシオンは?
その問いに気付いたのは、やはりフォルクスだった。
医師達が処置やら確認に追われる中、手を握って信号を読み解く。
袖で涙を拭った彼は、医師達の邪魔にならぬよう耳元で囁くように聞きたいことを教えてくれた。
―――嗚呼、戻ってきたんだ。
そう思ったら眠気が襲った。
ゆっくり閉じた瞼に、またも声が煩くなった。
「…カルディナ」
一瞬、暗転して今度は穏やかな声がした。
再び瞼を開け、視界に映った姿に涙が零れた。
―――お父様。
そう呼ぶ声の代わりに、子供のような嗚咽が溢れた。
天空要塞での戦闘中、重傷ながらに生きていることは聞いていたが、元気そうなその姿を見たら安堵のあまり胸が一杯になった。
「おかえり」
そう言って、横たわる身を抱きしめてくれる温もりに生還したことを実感した。
そして同時に―――、自身を助ける為に大切な相棒を失った事も理解した。




