仮の器
緊張の御前視察を乗り切ったその日の夕方、格納庫の床に整然と並んだセルシオンの抜け殻の傍ら、揚々と大きな箱を運ぶカルディナの姿があった。
予定通り夕方に届いた箱の中には細かな部品がぎっちりと詰め込まれており、作業台の上にそれらを並べたカルディナは腰を据えて組み立てを開始。
何を始めたのだろうと小さくなったセルシオンは足元から首を伸ばした。
次第に形を成したそれは、新しいボディが出来るまでのセルシオンの仮の器である。
魂授結晶だけで動き出すとは想定していなかったので事前に特注で注文していた物だ。
今後の軍事活動などを考慮して、連れ歩いても問題のないよう容姿は警察犬にも使われているシェパード等の大型犬に似せてもらったのだが―――、いざ完成させてみれば、それは犬ではなく狼に近しい風貌だった。
これを手掛けた企業は精巧な立体パズルや動物の可動式玩具の製造が得意で、魂授結晶の性能に適応出来るよう細かく注文を付けまくった結果、かなり値段が張ってしまい未成年では発注出来なかったので、苦肉で大佐の名前を借り、更に配達先を王城に設定したことで誤解が生じた模様である。
(これ、絶対大佐へのプレゼントだと思われてるよね…)
完成した仮の器にカルディナは困惑せずには居られなかった。
狼は大佐の受け持っていた第八師団第六連隊のシンボルマークに使われているので、余計な気を回された模様。
環境配慮の名目として要望していた素材はちゃんと守られているので、結晶との融合については問題はなさそうではあるが―――。
「まあ、やってみよう。セル、おいで〜」
腹を括りつつ、飽きてしまったのかその辺をウロチョロしていたセルシオンを呼び戻す。
軽い足取りで作業台に飛び乗ったセルシオンは出来立ての仮の器を見て、すぐに自分の身体だと理解したらしい。
微かな緊張を抱くカルディナの眼の前で、器に鼻先をくっつけたセルシオンは花弁のように身体をはらはらと崩し、吸い付くように器に定着。
見事、狼らしい毛並みまで再現された―――が。
「…余った」
セルシオンが元いた所でコロンと転がった魂授結晶の残りに、しまったと腰に手を当てる。
取り外すまで実際の質量が分からなかった所為もあるが、どうやら盛大に計算を間違えたらしい。
「これ、どうしよう…」
頭を掻きつつ、余った結晶を手に取る。
盗難や情報漏洩の危険回避のためにも結晶は一つに纏めておきたいのだが―――…。
そんな時だった。
手の中で突然、結晶の余りが崩れたかと思うとサラサラと宙を舞い、対の翼の形となった。
そして徐ろに下りてきたそれは狼になったセルシオンの背中に合体。
大きく広げた翼を見せつけ、セルシオンはどうだとばかりの表情である。
「セル、残念だけど羽のある狼は自然界には存在しないよ…」
主人の指摘にセルシオンは、えっ!と言わんばかりの反応である。
長らく架空の生物に擬態していた為か、それが不自然であると言う認識が無いらしい。
「その内、動物図鑑見せてあげるね…」
しょんぼりする相棒を慰めつつ、付いてしまった翼をどうするかと頭を抱えた。
「新しいボディは随分とユニークだね」
そんな声にカルディナは振り返り、慌てて姿勢を正して敬礼。
「お疲れ様です、ハインブリッツ大佐」
昼間の怖い顔が思い出され、自然と身の振り方を改めた。
仕事終わりなのか軍服をラフに崩していて、開いた上着の下に見える剣帯とピストルが緊張感を煽った。
「ヴォクシスで構わないよ。ここにはハインブリッツが一杯いるからね」
そう言って困ったように笑いつつ、大佐はジトリとした目でこちらを睨むセルシオンに手土産を差し出した。
袋一杯に入ったそれは小動物用のペレットにも似ているが―――。
「知り合いから貰った生物資源固形燃料だ。国と提携しているエネルギー開発機構の知人が、セルシオンの稼働システムの解明を条件に譲ってくれた」
そう言って、一粒抓んでセルシオンの口元へ。
犬のように匂いを確認したセルシオンは、ハッと何かに気付いた様子で大佐の掌からペレットをパクリ。
俄に動き出した尻尾は喜びに満ちていた。
「原料は油カスとか食品廃棄物らしい。気に入ったようだね」
そう説明しつつ、可笑しそうに笑う大佐は何とも嬉しそうである。
舌舐めずりしながら、もっとくれと訴える視線には愛嬌があった。
その一方で餌に釣られて態度を変えた相棒に、カルディナは現金な奴だと溜息を零した。
上官に懐く分には悪いことはないが、今後を思うと少々躾が必要かも知れないと危機感を抱いた。
「さてと…。カルディナは夕飯まだだよね?」
くるりと踵を返して訊ねた大佐に、カルディナはどきり。
訪問の目的はセルシオンへの餌付けだけかと思いきや、こちらが本題らしい。
「遅れたけど君の歓迎会をしようと思ってね。実はもう店の予約はしてあるんだ。セルシオンも良かったら来るかい?」
その問いにセルシオンは是非にとばかりに尻尾を振る。
カルディナ自身は正直、乗り気ではなかったが、付き合いは大事であるので気を引き締めて伺うことにした。




