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果ての島の鎮魂歌


 定刻通りに現場には到着したが、泣いて腫れた目は赤みが残った。

 そんな彼女に襲撃など忘れたようにすっかり元通りのセルシオンはどうしたのかと心配そうに頬擦り。

 後ろに続いていた大佐に対し、セルシオンは泣かしたな?とばかりに鋭く睨んだ。


「泣かしたのは僕じゃないよ、セルシオン…」


 あまりに冷ややかな目をして来るので、彼は思わず弁明した。

 そうでも言わないと、今にも噛まれそうな目つきであった。


「そもそもセルちゃん、ご主人様を盗ったって怒っているのでは?」


 緩い口調でそう言ったユルリは、臆することなく歩み寄り、よしよしとセルシオンを撫でる。

 彼女には特に威嚇の素振りがなく、悲しいが大佐はそれだと納得した。


「ほお…、近くで見ると圧巻だなぁ…」


 雑踏と共に聞こえたそんな声に、準備を進めていた特務小隊の全員が敬礼。

 カルディナも遅れながら姿勢を正して見様見真似の敬礼をした。

 この王国の君主、国王ヴェーゼル一世の入場である。

 その後に続いて、マーチス元帥や将格の将校も続々と席に就いた。

 見慣れぬ人間達にセルシオンは脚の鎖を鳴らしてグルグルソワソワ。

 落ち着けるようにカルディナは側に寄り添った。


「それじゃあ、カルディナ。始めようか」


 準備が整い、何処か真剣な表情で大佐が声を掛ける。

 心臓が脈打つ中、彼女は頷いて大人しく伏せるセルシオンと向き合った。


「セル…、始めるね」


 額を合わせ、別れを告げるように囁く。

 セルシオンは静かに瞼を閉じ、カルディナは手に持っていた星の欠片をその眉間に押し当てた。

 微かな光を放ち始めた星の欠片に魂を吸われるように、ゆっくりとその頭が床に着き、眠るように機械の体から力が抜けていく。

 そして動かなくなった相棒を抱きしめながら、カルディナは歌を紡いだ。

 それは島に伝わる死者を弔う鎮魂歌にして、島に生まれた子供の誕生を祝う唄でもあった。


「なんと歌っておるのだ?」


「分かりません」


 訊ねる王に侍従は簡潔に答えた。

 彼等にしてみれば初めて聴く歌だった。

 静けさの中、カルディナの歌が響く。

 次第に機械仕掛けの竜の身から白い花が風に散るように、その身を覆っていた鱗が剥がれ、キラキラと踊るように舞い上がった。


魂授結晶(セルシオン)、おいで…」


 両手で星の欠片を高く掲げ、カルディナは囁きかける。

 踊る鱗はその声に呼ばれ、欠片に纏わるように集まった。

 見つめる将校らの感嘆の声がどよめきに変わる。

 星の欠片に集った魂授結晶はカルディナの腕の中、両腕で抱えるほどに大きな卵となった。


「おやすみなさい…」


 涙を浮かべ、彼女は最後にそう囁きかけた。

 魂授結晶の取り外しに成功した―――。

 その成果に誰もが歓声を上げた瞬間だった。

 休眠状態に入った筈の結晶からミシリと不気味な音が響く。

 次の瞬間、その表面に複雑な亀裂が生じ、中から強烈な閃光が放たれた。

 カルディナは咄嗟に卵を抱きしめ、ギュッと目を瞑った。


 ―――お願い!壊れないで!

    死なないで!


 そう強く願った時だった。

 胸の中、微かにキューと声がした。

 恐る恐る瞼を開き、腕の中に抱いていた円らな瞳と視線が交わる。

 呆気に取られた。

 白い竜がそこにいた。


「………、セルシオン?」


 訊ねるように呟く。

 白い竜は嬉しそうにピィと鳴いて答えた。

 直後、彼女はぺたんとその場に座り込んだ。

 想定外過ぎる出来事に、すっかり腰が抜けてしまった。




 参謀本部の将校等がカルディナの説明を聞きつつ、魂授結晶のみで形成されたセルシオンをまじまじと観察する中、がらんどうとなった抜け殻を士官達は感心しながら解体し始めた。

 十四歳が作ったとは思えない程それは巧妙に作られており、エンジンや電気系統を整えればそのまま運用できそうな程であった。


(((崩すの勿体ないわぁ)))


 誰しも心からそんな声が漏れたが、これも大事なサンプルである。

 一つ一つの部品を丁寧に外していき、写真を撮ったり寸法を測って図面に落としたり、せっせと作業に勤しんだ。


「初期の設計では素材の重量に対して翼が脆弱且つ小さ過ぎた為、飛行が出来なかったのですが、この様な翼の形状なら軽量化も可能になるため有効ではないかと考えています」


 サラサラと壁に掛かる黒板に図解と算式を書きつつ、的確に説明するカルディナに大人達は舌を巻いた。

 この見た目でなければ、その語り口は大学教授かと思うレベルである。


「お察しのこととは思いますが、軽量化に関して一番の問題になるのが素材の検討です。魂授結晶の性質上、自然分解が困難な合成素材は拒絶されるので以前は苦肉で木材を併用していました。しかし戦場という環境下で重火器に対する耐火、耐久性を求めるとなると他の素材の検討が必要となります」


「今までの主要素材は?」


 腕を組みながらマーチス元帥が訊ね、カルディナは工場から出た鉄くずを利用していたことを告げた。

 ―――本当は検品で弾かれた武器をこっそり分解して鋼などもちゃっかり使っていたが、そこは割愛である。


「…チタンを検討したことは?」


 突き立てるように放たれた大佐からの問いに、カルディナは酷く緊張した。

 この二、三日に見てきた穏やかな眼差しと違い、刺すように視線が鋭い。

 初めて会った時と同じくらい、その存在が怖いと思った。

 これが陸軍大佐としての顔なのだろう。


「検討したことはありますが生憎、環境下に無かったので未知数です。費用の点から現実的ではありませんが必要量が揃うなら、かなり活用できると思います」


 緊張でドクドクと心臓が脈打つ中、己を落ち着け、冷静に言葉を返した。

 変わらず堂々と対応する彼女に、大佐は微かに瞼を伏せると、静かに理解したとだけ告げた。

 取り敢えず、及第点と言うところだろうか―――。


「成程、チタンか…」


 国王は髭を撫でながら、何とも悩ましいとばかりに溜息を零した。

 何か宛があるような反応である。


「やはり頼れるのは、ルノレトでしょうか…」


 王太子シルビアも何処か含みのある言い方である。

 彼女の言うルノレトと言うのは、ここより南西に広がるベレツィエ平原の中にある都市国家の名である。

 古くから交易に使われている大陸公道のど真ん中にあって世界物流の拠点となっている。

 近年では付近の手付かずの鉱山を買い占め、荒稼ぎしているとの噂も聞いたことがある。


「セーディス殿が果たして融通してくれるかのぉ?」


 渋い表情で王は将校らを一瞥。

 その瞬間、一様に彼等は視線を逸した。

 事情を知らぬカルディナではあるが、その雰囲気に何やら不穏なモノを感じた。


「ならば私が交渉に伺いましょう」


 そう名乗りを上げたのは、他でもない大佐だった。


 堂々と挙手した彼に、何故か周囲の将校からは拍手と安堵の声が湧いた。

 察するに、どうやらセーディスという御仁はかなりの曲者らしい。


「ただし、その代わりと言ってはなんですが、後程いくつか相談させて頂きたく…」


 不意にいつもの飄々とした口調となり、何とも意味深な笑みが溢れる。

 大佐の視線の先にあったのは紛れもなくカルディナとセルシオンの姿であった。

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