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王子たちの使命


 国王ヴェーゼル一世の生誕祭を二日後に控えたその夜、本来ならば煌めき賑わいの中にあった筈の王城は静けさに包まれ、殺伐とした空気が支配していた。

 既に殆どの職員が王都を逃れ、家族と共に疎開を済ませた。

 残ったのは古参の忠実なる国家君主の家臣のみ。

 城下からも人影は消え、王都は死したように街の明かりを失った。


「こんな暗い王都は初めてだよ」


 王宮の片隅、街を一望する角部屋にてそう零したのは、旅支度を済ませたアルファルド王子だった。

 妻子は既に実家のあるヴェルフォートに向かい、各所への引き継ぎを済ませて間もなく彼も出立せんと控えていた。

 そんな隣では咥え煙草を蒸しながら、年季の入ったピストルに弾を込めるヴォクシスの姿があった。


「戦いが終われば、また灯りが点りますよ」


 不敵に笑いつつ紫煙を吐き、カチャンと六発装填仕様のシリンダーを元の位置に戻し入れる。

 こんな姿を娘が見たら、きっと火気厳禁だの危ないと怒鳴られるだろう。


「叔父上のピストルかい?」


 何気ない不意の問いに彼は王子を一瞥し、戯けるように肩を竦めた。

 そのピストルはハインブリッツ王家の男児にのみ授けられるもので、有事において王族の品位と尊厳を守る事を目的としたものであった。

 詰まる所、自決を目的とした一品であり、ヴォクシスのそれは若かりし頃、軍への入隊に当たって父ディミオンの品を継承されたものだった。

 故に王子の質問の答えは(ノー)ではない―――が。


「…スペンシア少将の形見です。遺品として返却されました。今の私なら持つに相応しいと判断してくださったのでしょう…」


 敢えてそう答えたのは、彼なりのプライドだった。


 もう十九年も前の話だ。

 新米士官として戦場を駆けていた若き日―――、度重なる仲間との快進撃に己の裁量を過信し、簡単な筈だった作戦で大いにしくじった。

 深手を負い、みっともなく敗走し、挙げ句に誰よりも信頼したかつての相棒ラパン少尉を亡くし―――、命辛辛戻ったスペンヒルの前線基地で、絶望のあまりそのピストルで自らの命を絶とうとした。

 それを寸での所で止めてくれたのがスペンシア少将だった。

 少将は若輩の己に対し、そのピストルで死ぬにはまだ早過ぎると諭し、戦友の死を嘆くならば醜態を晒してでも生き残れと檄を飛ばした。

 そして、王子として一人の軍人として―――、そのピストルを持つに相応しくなった時、返却することを約束してくれた。

 あの時、少将自らが止めに入り、渾身の言葉で諌めてくれなければ今の彼は存在しなかっただろう。

 少将は人生の道標とも呼べる偉大な方だった。


「ヴォクシス、すまない…」


 唐突に告げられた詫びの言葉にはたと顔を上げる。

 何に対する侘びなのか聞く必要はなかった。

 その表情が彼の心情を物語っていた。


「アル殿下…、これは敗北ではありません。ハインブリッツ王家の血を繋ぐ為、ご一家で生き残ること…、それが今の貴方が背負う使命です」


 ピストルを腰のホルダーに差し入れ、項垂れる肩を叩く。

 その手の強さにアルファルド王子は唇を噛み締め、別れを惜しむようにヴォクシスを抱き寄せた。


「死ぬなよ、ヴォクシス…。何がなんでも生き残ってくれ」


「それはこちらの台詞です。全てが終わったら、エルファ島で慰労会でも開きましょう」


 力強く抱き合い、健闘を祈りあった。

 双方、これが最期かもしれないと覚悟を決めながら―――。




 夜明けの陽が昇り出す頃、明けゆく空から対の機械竜が軍勢を引き連れて王都へと帰還した。

 出迎えたヴォクシスと第一師団の猛者達は彼等の労を労いながらも、その後を追うように西の空から悠然と接近する天空要塞を纏った機械仕掛けの熾天使に緊張の色を滲ませた。


「…現時点の航行速度から、天空要塞は明日の未明には王都に到達するものと推測されます」

「ご指示通り二十五歳以下及び妻帯者や扶養者がいるものは王都より退避させました。皆、死ぬ覚悟の出来た者達です」


 殺伐とした参謀本部の会議室にて現時点の報告を受けつつ、カルディナ達は休む間もなく明日のスケジュールを確認。

 皇帝アクアスとの交渉が決裂し、武力行使となった最悪の事態に向けて対策を練り上げた。


「さてはて、あちらは何を言ってくる事やら…」


 一頻りの算段を終えた昼時、煙草を吸いに出たヴォクシスは面倒臭いとばかりに呟く。

 その隣で今後の作戦を記した書類を見返しながら、同じく休憩に出たフォルクスも溜息を零した。


「取り敢えず、カルディナの身柄は要求して来るでしょうね。全く、歴代皇帝は何故にそこまでクロスオルベ…万物の語り部(シエンティア)を欲するのか…」


「所で当のカルディナは?」


「王宮で仮眠中です。最近、睡眠の質が悪いらしくて…、変な夢を見ては魘されているそうです」


「嗚呼…、もしかしたら新型翼肢病ウイルスの後遺症かもなぁ。過去の嫌な記憶が頭から離れなかったり、現実では無い筈の不愉快なリアルな夢を見たりする症例があるとか…。全部終わったら、()も含めて精密検査と治療だね」


 他愛も無い会話からの不意の忠告にフォルクスはギクリ。

 新型翼肢病ウイルスの特効薬開発時に見つかったいくつかの数値異常だが、現状としては飲酒や喫煙を止めると言った基本的な生活習慣の見直しの他は、特段の治療を急ぐ必要は無いとのことで一先ず経過観察との診断を受けていた。

 しかしながら軍からの手当てがあるにしても一回当たりの費用が中々高額で財布に痛く、面倒臭さもあって定期的な検査はドサクサ紛れにすっぽかすつもりでいた。

 どの道、長くはないと宣告されている命である。

 自棄的だと言われようが、余生は好き勝手に生きていくつもりでいたのだが―――。


「ちゃんと行きなよ?行かなかったら首根っこ捕まえてでも連れて行くから」


 そんな脅し混じりの打診に、きゅっと顔を窄めた。


「…俺の医療費、軍で持ってくれます?」


 そう訊ね返した彼の頭に浮かんだのは、クロスヴィッツ病院の医師看護師等の不敵に微笑む鋭い視線である。

 出ていくお金も痛いが、従軍医療関係者も在籍する病院の為、指示に従わないと人体実験紛い――、もとい新米医師看護師の練習台という容赦無いお灸を据えられる。


「勿論。軍に属している限りはね」


 何とも悪魔的な笑みを浮かべてヴォクシスは即答したが、フォルクスは更に顔を引き攣らせた。

 カローラス王国上級貴族となったクロスオルベ家の傘下とは言え、使い勝手の良い手駒として毛頭手放す気はないと言われている気がしてならなかった。


「あ、それとこれ。キャスティナ殿下から預かった」


 不意に思い出したようにヴォクシスは懐から一通の封筒を手に取った。

 何だろうかと差し出されたそれを手に取って封を開けてみれば、一枚の手紙と共に主人キャスティナの守り石(チャーゴ)が入っていた。


 ―――貴方と皆の無事な帰りを待っています。

   武運を祈ります。


 手紙にはそれだけが書かれていた。

 その言葉に、島で待つ彼女の全ての想いが込められていた。

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