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決戦へ


 また不思議な夢を見た。

 牢獄のような絢爛豪華な部屋の中、ベランダの欄干に止まる機械仕掛けの伝書鳩が小首を傾げていた。

 その足に取り付けられた手紙を受け取り、溜息を零す。

 書かれた内容は【ごめん。まだ迎えに行けない】との一言。

 最後に書かれた愛しい人のイニシャルを指でなぞり涙を浮かべる。

 すると唐突に背後から肩を抱かれ、ゾッと背筋を凍らせた。

 耳元で囁く声が「君は鳥が好きなのか?」と訊ねる。

 自身は堪らず艶めかしく肩に触れる手を振り払い、欄干に止まり続ける伝書鳩を壊されまいと抱き締めた。

 キッと鋭く目を向けた優男は、肩を竦めながら「愛玩動物が欲しいなら私がいくらでも買ってきてやる」と得意げに話し掛ける。

 それに対し、自身は「容易く命を買うなどと言う方に私が心を靡かせるとでも?」と嘲笑う。

 優男は自身の長髪に指を絡め「今に私は天下を摂り、この世界を手にする。自由も尊厳も私の妃になれば思うままぞ?」と甘く囁く。

 しかし自身は「恐怖の上にしか成り立たない支配された世界など考えるだけで悍ましい。私の心が貴方に傾くことなど永遠にないわ」と吐き捨て、機械の鳩を天高く空へと逃した。

 鳩は晴れ渡る蒼天を駆け、遥か彼方の雲へと消え去る。

 その様を恋しげに見送る自身に、男は指に絡めた髪を握り締め「私のモノにならぬ限り、お前に自由はない」と脅し掛け、腹癒せとばかりに室内へと突き飛ばした。

 倒れた衝撃に結った髪が解け、顔に掛かった白銀の間より、冷たく見下ろす恐ろしい瞳が突き刺さる。

 以前ならばクヨクヨと泣きながら非礼を詫び、その足に縋って怯えていただろう。

 けれど握り締めた手紙を胸に、自身は男を強く睨み返し、負けるものかと唇を噛み締めた。




 ペタペタと少し硬い何かが、覗うように頬を押してみたり突いてみたり。

 薄目を開けて見れば、白い小竜の姿が見えた。


『…カルディナ、もう起きる時間だよ?』


 そんな声にハッとして飛び起きた。

 時刻は朝五時半。少し寝坊である。

 腕に巻いていた髪紐で慌ただしく髪を結い、有事に備えて着たままの軍服を整える。

 修道院のベッドが中々良い寝心地で、少々油断した。


「おはようございます。現状報告を願います」


 何とかスケジュールの時間に間に合わせつつ、就寝中の報告を受けるべく作戦本部の客室へ。

 諜報偵察を担う部隊が無線機やレーダーを前に睨みを利かせる中、アヴァルト将校等と共に稼働を始めた天空要塞の動きを注視した。


「現在、スカイライアは凡そ十六ノットで南西へと移動。進路からしてカローラス領土へと向かっているのかと…」


「要塞周囲にはバトルドールと思われる複数の敵機反応です」


「ここより三十キロ手前で偵察と思われる哨戒機も確認しました」


 下士官より昨日からの様子を聞きつつ、卓上に広がる地図を眺める。

 ――先手必勝でここから再度の攻撃を仕掛けるか、自国領土に後退して迎撃に転ずるか。

 どう動くべきか選択に迫られた。


「失礼します」


 不意に舞い込んだ声に振り返り、思わず目を丸くした。

 神妙な顔付きで現れたフォルクスの腕の中、まるで今朝方の夢に出てきたような機械仕掛けの伝書鳩がカタカタと首を動かしていた。


「天空要塞よりこのロボットと手紙が寄越されました。例の対談の件かと」


 そう告げ、彼は小さな筒状に丸められた手紙を差し出す。

 将校達が見守る中、広げた書面には手書きの文字が並んでいた。


 ――来たるカローラス国王陛下生誕の祝いの席、対談の機会を頂きたい。

   クロスオルベ侯爵においては是非とも出席を願いたし…


 有無を言わさぬ文言にカルディナは顔を歪めた。


「…天空要塞の行き先は王都(ウェイン)で確定したわね。バルシェンテ中尉、急ぎ総本部に連絡を。陛下の誕生祭まであと四日しか無い」


 その通達にフォルクスが短い返事を返して連絡を急ぐ中、アヴァルト将校等は動揺を隠せなかった。

 理由は明確だった。

 現在、アヴァルト現国王であるコルベルが両国親善訪問―――、同盟国として友好を深めるべくカローラス入りしているのである。

 挙げ句、この訪問の締めには皇帝が対談の場に示したカローラス国王ヴェーゼル一世の生誕祭にも主賓として列席を予定していた。

 元よりこの訪問に対しては、不安視する反対の声は少なからず上がっていた。

 しかし、戴冠から日の浅い新国王の下で地盤の固まり切れていないアヴァルト王家に、長年の御家騒動から国民からの信頼が揺れるハインブリッツ王家である。

 双方、不安定な国内情勢の兼ね合いから国同士の結束を固めたいが為、見え透いたプロパガンダとして強行された背景があった。

 当然のようにそこを狙われてしまった。


「…クロスオルベ大佐、やはり我等はここで迎え撃つべきでは?」

「両国王陛下の避難と市民の疎開には、我々が時間を稼ぐしか…!」

「しかし、ここで迎え撃った所で稼げる時間など…!帝国のエノーラは原子力兵器を積んでいるのですぞ!」

「シェール神聖国の惨劇を見るに下手に攻撃しては…!」


 ざわめき出した場に、カルディナは決断を迷った。

 押しても引いてもどう動いても悪手にしか思えず、残された時間も無い。

 ―――どう采配を振るべきか。

 拳を握り、己の手に託された選択にじわりと掌に汗が滲む。


「失礼します!」


 唐突に轟いた声にビクリと肩を揺らす。

 息を切らせて駆け戻ったフォルクスは、握り締めた通信機を差し出した。


「クロスオルベ大佐、ウェインの総本部より…、マーチス元帥閣下から直々のお電話です!」


 晴天の霹靂とでも言うべきだろう。

 自国陸軍のトップからの連絡に大慌てで彼へと駆け寄り、微かに震える手で通信機を耳に充てがった。


『お電話代わりました。クロスオルベです』


 緊張を直隠し、毅然と名乗る。

 聞こえてきたのは、殺伐とざわめく喧騒だった。


『クロスオルベ大佐、現状は聞いた。今すぐ手持ちの全員連れてカローラスに戻って来い』


 フランクながら明確な司令に、どきりと心臓が跳ねる。

 ゴクリと生唾を飲み、理由を聞かんとした刹那だった。


『嬢ちゃん、皇都で素直に引き下がったのは英断だった。大丈夫、こっちの手立ては打ってある。王都で奴等を迎え撃とう』


 背中を叩いて励ますように、元帥の声が耳に響く。

 しかし、あまりの重圧に判断力が狂い、素直に応じるべき所なのにカルディナは異議を唱えた。


「しかし、王都には一千万の市民と国家中枢を担う要人、更にはコルベル陛下も滞在している筈ではっ?首都決戦など多くの血が流れます。危険過ぎます…!」


『安心しろ。王都市民は既に地方領地やアヴァルトへと分散疎開を始めさせている。要人含めて既に三割が脱出済みだ。コルベル陛下も工業地帯の視察と銘打ってすぐに国に戻れるよう国境のハインラクスで待機させている』


 返された先んじての対応に舌を巻いた。

 天空要塞の全貌が明らかになったのは昨日の今日だと言うのに、あまりに機敏である。


「流石ですね、元帥…」


『ははっ、俺じゃなくてヴォクシスの采配だよ。昨日の嬢ちゃんの判断から奴等が乗り込んで来ることを視野に入れてな…。こうして態々出向くって事は、アクアスは陛下の誕生祭で何かデカい要求をしてくる筈だ。まずはあちらさんの話を聞こうじゃねぇの…!』


 快活な意見と養父の名に、途端に張り詰めていた緊張の糸が解れた。

 重圧のあまり見失っていたが、この戦いは自身一人で指揮を執っているのではないと―――、皆に支えられていることを思い出した。


「成程、まずは穏便に…ということですね?」


 安堵のあまり笑みを零しながら、元帥等の意見を飲み込む。

 不思議と力が湧いてきた。


『そういうことだ。悪いが軍のトップとして俺も頃合いを見て暫く身を隠す。これが最後の直接連絡だと思ってくれ。シルビア殿下も既に避難したし、アルファルド王子一家も明日中には避難させる予定だ』


「分かりました。国王陛下ご自身の御身はどうされる予定で?」


『陛下は王城に残る。更々逃げる気はないらしくな…、自らアクアスを出迎えるそうだ。この機会にギリウスにも責任を取らせる意向らしい』


 何とも国王陛下らしいと思った。

 民を第一に考え、日頃は物静かながらここぞという時に自ら剣を手に取るような方だ。

 きっと王城で、これまでの全てに決着を着けるつもりなのだろう―――。


『それでだが…、王都の防衛は王子でもあるヴォクシスを頭に、お前さん達に任せる事にした。アクアスが武力行使に出た時は第一師団と連携をとってくれ。それとこっちに戻る途中、スペンヒル辺りでアヴァルトの連中を丸々コルベル陛下の護衛に回してほしい。あちらさんの上とはもう話を付けてある。その方がお前さん達も動きやすいだろう…。最後に…、あのヴォクシスに育てられたお前さんだ。自信を持て』


 矢継ぎ早に用件を伝え、マーチス元帥は返事も待たずに一方的に電話を切った。

 どうやら向こうもてんてこ舞いらしい。

 激励交じりの指示を胸に、カルディナは深呼吸で覚悟を決めた。


「皆さん、これよりカローラス王都ウェインでの決戦へと作戦を移行します」


 その決断に、言葉を待っていた両国の将校は決意の眼差しで頷いた。

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