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博士の弟子


 呼び出しを受けて修道院の一角にある談話室に飛び込んだカルディナは、そこにあった現実に微かに眉を顰めた。

 その部屋には帝国小型輸送機に乗っていたパイロットを含めた十五名の乗組員達が収容されていたのだが、既にその殆どは黒い遺体収容袋に収められ、残る四人の内、三名も意識不明の重体。

 唯一人が重症を負いながらも意思の疎通が可能な状態であった。


「大佐、お待ちしておりました」


 聴取を行っていた士官がこちらに気付き、敬礼の上でベッド代わりのソファに座る女性の元へと誘う。

 戸惑いながらも深く頭を下げた女性は顔付きから、帝国の更に先である極東の人だと見て取れた。


「…こんにちは、初めまして。竜騎士連隊長のカルディナ・クロスオルベです」


「お初にお目に掛かります。ヒノ・イスズと申します。出身は和国で、ハイラー博士の下でエノーラの開発に携わっていました…」


 そんな自己紹介にやはりと思った。

 保護された彼女は科学者である事を示唆するように白衣を身に着けていた。


「…大佐、どうやら小型機に乗っていたのは全員ハイラー博士の直属の部下達だったようです。博士に対する人質にされていたようで…」


 そっとそう耳打ちした士官に、カルディナは思わず顔を向けて驚きの表情を覗わせた。

 そんな様子にイスズと名乗った女性は勇気を振り絞るように拳を握り、痛む体に鞭打ってソファから立つや床に正座し、額をぶつけんばかりに頭を下げた。


「博士は私達を逃がす為にスカイライアに残りましたっ…!お願いします!博士を助けてください!」


 必死の形相で助けを求める彼女に、見守っていた士官達は戸惑った。

 隙かさず駆け寄ったカルディナは彼女の肩を抱いてソファに戻し、宥めるように傍らに腰を下ろしてその背を擦った。


「一先ず、何故逃げて来たのか教えてください。ゆっくりで構いませんから…」


 穏やかに掛けられた問いとその手の温もりに、イスズは緊張の糸が切れたように嗚咽を漏らし、事の次第を語り出した。




 彼女、日野(ヒノ) 依鈴(イスズ)の最大の不幸は、サニアス帝国に出向したことだった。

 当時、和国の某大手工業会社に務めていたイスズは上司から帝国の大学での、とある共同開発の話を持ち掛けられた。

 出向に当たっての費用は全てあちらが工面してくれる上、将来的には世界的天才科学者と名を馳せるハイラー博士の弟子として研究開発に携われるとの甘言を受け、二つ返事で承諾してしまった。

 今思えばあまりにも怪しい話ではあったが、家族とも折り合いが悪く、控え目な性格故に交友関係も築けなかった彼女を引き止めてくれる者は居なかった。

 期待に胸を膨らませて帝国に渡った彼女を待っていたのは恐ろしい現実だった。

 空港に迎えに来た大学関係者だという男に案内され、辿り着いたのは国家の軍事施設で、異変に気付いた時にはパスポートも手荷物も全てを没収された後だった。

 そこからは地獄だった。

 窓の無いコンクリート壁に四方を囲まれた個室に何日も押し込まれ、帝国皇帝と国家への忠誠心を刷り込まれた。

 抵抗の素振りを見せれば容赦無く殴られ、与えられた食事に混ぜ込まれた薬物により、着々と洗脳された。

 彼等の目的はイスズが和国で開発していた高度なロボット技術を我が物にする事だった。

 大学時代からその頭角を現していた彼女は期待の若手として国内外のメディアでも取り上げられ、それを帝国軍上層も目にしていた。

 大学では教鞭を取っていた教授等の影に埋もれていたが、民間企業に就職したことでその芽が本格的に開花。

 利益優先の為にボツになった数々の発明を元の上司―――、実の正体が帝国スパイだった男に目を付けられた。


「洗脳教育が終わってハイラー博士の下に派遣された後、私は戦闘自動人形(バトルドール)の開発をさせられました…。愛すべき帝国人が死なずに済む素晴らしい技術だと言われて…っ…喜んで開発に励んで…」


 そう語りながら再び涙ぐんだイスズは震え出した両手を組み、祈るように握り締めた。


「ですが…っ…、最終段階の実験でバトルドールが捕虜の兵をっ…、無惨に殺す様を見てっ…、怖くなって…っ…。帝国軍は薬で私を洗脳し直そうとしましたが、博士が…守ってくれて…っ…」


 溢れ出した涙を零し、彼女は後悔を口にした。


 凄惨な光景を目の当たりにして人殺しの罪悪に我に返ったイスズに対し、帝国軍は強烈な精神安定剤による調()()を施さんとした。

 しかし、それに気付いたハイラー博士が密かに薬の入った食事を交換したり、無効化する薬を与えてくれたことにより正気を保つことが出来た。

 加えて博士は同じように洗脳された部下達を次々に弟子として抱え込み、時間を掛けて洗脳を解きながら軍が彼等に無闇に手を出さぬよう守り抜いた。

 そうして博士の下で働く内に洗脳が薄れたイスズ達はエノーラと天空要塞の稼働を阻止するべく、そして、ハイラー博士と共に帝国から逃げ出すべく計画を練った。

 しかし―――。


「仲間だった一人が帝国士官と出来ていて…、私達を裏切って計画をバラしたんです。その所為で…っ…」


 詰まる所のハニートラップだった。

 計画を暴露されたイスズ達は再教育という名の暴行を受け、それを知った帝国皇帝アクアスはエノーラの稼働試験を前倒しで決行。ハイラー博士が敬虔なシェール神教徒であり、セリカ皇女とも懇意にしていたことから、見せしめとして中央神殿を攻撃したのだという。

 仕上げにイスズ達を人質として天空要塞に運び込み、下手な真似をすれば処刑すると脅し掛けた。

 そして―――。


「天空要塞の起動で、もう逃げるならば今しかないと…、博士は…っ…ご自身が囮になるから、その間に脱出するようにと私達を…っ…」


 そう告白し終えた途端、イスズは我慢の限界とばかりに嗚咽を漏らして泣き崩れた。

 ハイラー博士のお陰で監視の包囲網を掻い潜り、何とか天空要塞からの逃亡を果たしたものの―――、博士と同じく数多くの帝国兵器の構造を熟知している彼女等を皇帝が生かしておく訳がなかった。

 稼働試験と称して放たれたバトルドールは容赦無く小型機に乗り込んだ彼等を襲い、抵抗虚しく半数が脱出時点で被弾。間もなく死亡した。

 全滅を覚悟した仲間達はバトルドールに追われる中、ハイラー博士の一番の愛弟子として誰よりも多くを学び、エノーラ開発にも深く関わっていたイスズをカローラス軍へと逃がす道を決断。

 クライス計画という帝国の恐ろしい野望を阻止してくれと彼女に遺言を残し―――、そうして今に至った。


「貴女は託されてしまったんですね…」


 後悔と博士や仲間達の無念に震える肩を擦りながらカルディナは呟き、その身に背負わされた亡骸達の想いを汲んだ。

 嫌々人殺しの研究をさせられ、意思も尊厳も踏み躙られながら、それでも彼等は彼等の出来る限りの抵抗を示した―――。

 淡々と下士官等の手により次々に遺体が墓地へと運び出される中、カルディナは然りげ無くその意志と御霊に敬意を示した。


「話してくれてありがとうございます。今はどうかゆっくり休んで…。また明日…、落ち着いたらお話を聞かせて貰えますか?」


 落ち着かせるように穏やかに訊ねるカルディナの声に、イスズは小さく何度も頷いた。

 敵軍であった彼女達に帝国の手札全てを明かす事―――。

 それがイスズに科せられた最大にして唯一の反抗だった。

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