律儀な大佐
何となく香った美味しそうな匂いに目を覚ました時、視界の中に大佐の姿があった。
パン粥をご馳走になり、その後いくつかお喋りをしている間に寝落ちたらしい。
大佐の腕の事など今後、付き合っていく中で大事な事も聞いたような気もするが、眠気に負けて正直、内容をあまりよく覚えていない。
「お、起きたかい?」
こちらに視線を向け、安堵したように大佐は微笑む。
義手のメンテナンスに使っていたドライバーをテーブルに置き、代わりに真新しいタオルを手に取った。
「ユルリに頼んで着替え一式買って来てもらったから着替えて来ると良い。かなり汗も掻いたようだし、スッキリすれば治りも早まる」
その指示に、ぐっしょりとした背中の気持ち悪さに気付いた。
お礼を言い、枕元にあった着替えと差し出されるタオルを抱えて、急いで風呂場に駆け込んだ。
気持ち悪さを拭うべく豪快に体を拭き、一通りの着替えを済ませて、何だかスッキリした頭で部屋の中を見回してみれば、いつの間にか物が盛大に増えていた。
生活必需品が全て揃い、あるべき場所に収められている。
「あ、あの…!」
駆け足で戻り、尚もテーブルで義手のメンテナンスを続ける大佐に声を掛ける。
「ん?嗚呼、あちこちの物のこと?君が寝ている間に部下達に買い出しを頼んだ。昨日の騒ぎで今日の予定が飛んだもんだから皆、時間が余ってね。流石に女の子でしか選べないものはユルリに頼んだけど」
「も、申し訳無いです!!こんなに沢山、頂く訳には!!」
慌てふためくカルディナに大佐は困ったように笑い、よしよしと寝癖だらけの頭を撫でた。
「その内、返せるようになったら返せば良いよ。そもそも子供の面倒を見るのは大人の義務だからね」
「ですが、いくら何でもこれは…!」
異論を唱える彼女に、大佐は何処か切ない笑みを浮かべて溜息を零した。
「私には君をここまで連れ出した責任がある。その義務を果たしているまでだよ」
そう返しつつ丁度手入れの終わった義手に人工の皮膚を被せる。
義手に被せやすいよう巻き下げていた皮膚を肘の辺りまで上げた後、彼はシャツのボタンを外した。
「カルディナ、悪いんだけど手伝ってくれるかい?」
「えっ、あ、はい」
不意の頼みに彼女は戸惑いながらも駆け寄り、シャツの下から現れた義肢の全体に息を呑んだ。
大佐の腕は付け根から無く、接続部は肩にまで及んでいた。
「一回、外すから支えてくれる?」
その指示に二の腕部分を掴み、カチンと音を立てて外れた義肢を受け止める。
思ったよりずっしりしていて、カルディナは落とさないように咄嗟に蟹脚になり、必要以上に腕に力を入れた。
「ごめんごめん、意外と重いでしょ?生身の腕に合わせて重量増してるからね」
悪戯に笑う大佐は、慣れた手付きで義肢を手に取る。
自身の腕とは言え、涼しい顔で掴む様は流石である。
今更であるが、軍人なだけあってシャツの下は無駄無く鍛え上げられ、中々の逞しさだった。
「最後に嵌め込むのが中々手間でね。失敗すると外皮との間に空気が入って違和感が凄いんだよね」
暫しの後、そんな話をしながらカルディナのサポートの下、大佐は皮膚を纏わせた義肢を肩の接続部に押し込んだ。
何度やっても慣れない、気持ちの悪い感覚にどうしても顔が歪んだ。
「…痛いですか?」
接続された腕の感覚を確かめる彼に、カルディナは心配そうに訊ねた。
「痛くはないけど気持ちは悪い。言葉で言い表すのは難しいけどね」
そう返しながら手早くシャツを直した大佐は、またカルディナの頭を撫でた。
「ありがとう、本調子じゃないのに悪かったね。明日からの予定はここに書いたから確認しておいてね」
少し急ぎめに身支度をしながら、テーブルを片付け、メモ書きを手渡す。
また明日の朝に様子を見に来ると伝えたのを最後に、大佐は挨拶も適当に嵐のように去っていった。
(忙しいなら、私の世話まで焼かなくて良いのに…)
申し訳無さと有難さを噛み締めつつ、メモに目を通す。
少し癖のある字で、明日のお昼から始まるセルシオンの解体調査のスケジュールが組まれていた。
これは忙しくなりそうだと肩を竦めて気合を入れつつ、夕飯用にと台所に残された小鍋の蓋を開ける。
中身は野菜たっぷりのポトフだった。
全く王族らしかならぬ律儀なお方である。
翌朝、予告通り大佐が様子を見に来た。
薬と栄養満点のポトフのお陰で体調はすっかり良くなり、早起きして部屋の片付けをしていた所だったが、一緒に来たユルリに捕獲される形で、まだ時間があるというのに真新しい軍服に着替えさせられた。
「カルディナ、ちょっと悪い知らせだ」
身支度を済ませて間もなく、その言葉を皮切りに大佐から告げられた変更スケジュールに、カルディナは血の気が引いた。
これから予定しているセルシオンの要、魂授結晶の取り外しを国王が直接見に来ることになったと言うのである。
初期では王太子シルビアのみが立ち会う予定だったが、昨日の夕方に行われた参謀本部の御前会議にて、こちらの予定を聞いたマーチス元帥が偉く興味を抱いてしまい、それに触発される形で王も見学したいと言い出したのだという。
大佐自身は上手く行くか分からないと断りを入れたそうだが、上層部はお構い無しでスケジュールを捩じ込んで来たらしい。
結局、国王の他に元帥閣下を含む軍の上層がほぼ全員参加することになった。
「あの…、失敗したら、私どうなりますか…?」
訊かずにいられず訊いてしまったが、既に緊張で手足が震え、堪え切れず涙が溢れた。
殺処分寸前のような彼女の怯え方に、大佐は苦笑いが止まらなかった。
「だ、大丈夫、死にはしないから…、あの、だから泣かないで…ね?」
おろおろと宥めながら大佐が背を擦るも、押し寄せた不安にカルディナは涙が止まらなかった。




