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パン粥の甘み


 解熱鎮痛剤を飲んだものの、全身が痛くて動けなかった。

 季節的にインフルエンザを疑われて検査をしたが幸い陰性で、取り敢えず水分補給と安静にするように言われた。

 明日にはセルシオンの解体が始まるので早く治さなくてはと思う反面、起き上がることもままならず、どうしたものかと頭を抱えた。

 これがかつての島暮らしだったら今頃、野垂れ死にだったに違いない。


「…お腹空いた……」


 鳴り出した腹に空腹を自覚しつつ、しかしながら起こせぬ体をズルズルとベッドから床へと這わせて移動する。

 気分はナメクジである。

 少しでも頭を上げると途端に頭痛が襲い掛かるので項垂れながら、部屋に備え付けられている小型冷蔵庫を開いた。

 今朝の内に心配した整備隊の皆が色々持ち寄ってくれたので食材は選び放題である。

 取り敢えず、腹が驚かないようにと牛乳を取り出し、パン粥を作ろうとしたが今いる宿舎は越してきたばかりでコンロはあれど調理器具がない。

 仕方なく、パンだけ食べようと袋を開いた時だった。

 鈍いノックの音と共に何やら声が聞こえる。

 こんな時に誰だとカタツムリの様に這いずって玄関に向かい、覗き穴から見えた姿に騒然とした。


「ごめんね、寝てた?呼び鈴、何度か鳴らしたんだけど…」


 ドアを開けて間もなく、買い物袋片手に困ったように微笑む偉丈夫に何やら気が抜けた。

 途端に座り込んだ彼女に、訊ねてきた大佐の方が慌てふためいた。


「まさか、呼び鈴が壊れているとは…」


 持ってきた食品を冷蔵庫の冷凍室に押し込みつつ大佐は苦笑い。

 来る途中に調理器具などもいくつか買って来て正解だったと零した。


「あ、プリンあるよ?」


 そう言って瓶詰めプリンを取り出す大佐に、カルディナは戸惑いの色を見せた。


「…その…甘いのは…、ちょっと……」


 ベッドの中、言葉を濁して断るカルディナに、大佐は何処か悲しそうに微笑んだ。


「…ここには食べ物に細工をして悪戯をするような人間は居ないよ。まあ、おやつは口にしなくても死にはしないからね…。いつか食べたいと思った時に好きなだけ食べに行くと良いさ」


 独り言のように告げながら、大佐は買ってきた小鍋を洗い、千切ったパンと牛乳を注いでいく。

 火加減を調整しながら適度に砂糖を加え、焦げ付かないよう黙々と木べらで掻き回す様は随分と手慣れていた。


「大佐…、料理されるんですね…」


 そんな呟きに、彼はまたも困ったように苦笑い。

 失言だったと謝ろうとした矢先、大佐は軽やかに火を止め、出来上がったパン粥を器に(よそ)った。


「こんな成りだけど施設育ちだからね…、家事全般は生きる術として叩き込まれた。軍に入ってからは、それで得したこともあったけど王族の癖にと陰口も中々でね…。妻には心労をかけてしまったよ」


 器とスプーンを運びながら告げられた身の上話に、カルディナは起こそうとした体を止めた。

 彼女にとっては全てが初耳だった。


「あっ…、しまった。君には何一つ話していなかったんだったね」


 驚きの視線に、大佐はやってしまったと肩を竦めた。

 数時間前のフリードとの駆け引きで、少々口が緩くなっていたようである。


「取り敢えず、話は腹拵えをしてから。体は起こせる?」


 そんな問いにおずおずとベッドから下り、パン粥を置かれたテーブルへ。

 飲み物の準備をする大佐が見守る中、そっと湯気の上がるパン粥に口を寄せた。

 瞬間、ふわりと口の中にパンの柔い香りと牛乳と砂糖の仄かな甘味が広がる。

 お腹の底がじんわりと温まる包み込むような優しい味だった。


「美味しい…」


 素直な感想が口を吐いた刹那だった。

 不意に目頭が熱くなり、涙が溢れた。

 素朴に美味しかった。

 だからこそ、その温かさが心の傷に酷く沁みた。


「すみませんっ…、ごはん…っ…あったかい…作ってもらったの…久し振りで…っ……」


 だから、とても嬉しい―――。

 そう続けたかったのに押し寄せた涙が言わせてくれなかった。


「泣きたいだけ泣けば良い。君はまだそれが赦されるのだからね…」


 そう言って乱暴に頭を撫でる大きな掌は温かく、何も言わずにシンクに向かった広い背中は、亡き父のように頼もしかった。

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