星の欠片
お菓子を包んだ紙ナプキンには、密かなメッセージが残されていた。
夜も更けた頃、指定された場所に行くと見回りの警備兵が待っていた。
メッセージにあった合言葉を告げると、警備兵からメモを渡され、それに従ってまた別の場所に向かってはメモを貰うこと数回―――、宝探しの気分で城の中を歩きつつ、時間を掛けて辿り着いたのは、城の外れにあるガラスの温室だった。
暖かな空気の中、南国の不思議な植物が競うように極彩色の花を咲かせ、月明かりを反射する噴水が宝石のように輝いていた。
「面倒な呼び出し方で、ごめんなさいね」
そんな挨拶で現れた姿に、見様見真似でカーテシーをした。
こちらの緊張を解すかのように、シルビアはゆったりとしたシュミーズドレスに着替え、髪も緩く肩に下ろしていた。
「二人で話をしたかったから追手が無いようにしたかったのだけど…、やっぱり付いて来ちゃったわね」
ふと背後を見つめながら溜息を零す彼女に、カルディナは振り返って吃驚仰天。
温室の入り口に寄り掛かり、大佐は煙草を蒸していた。
身を守る術として人の気配には常々アンテナを張っていたが、驚くほどに全く気付かなかった。
「カルディナは僕の大事な部下なんでね。伯母様にも盗られたく無いもので」
そう言って歩み寄る大佐は、何処か柔らかな雰囲気である。
推測するに、彼の信頼を得ているらしい。
「あら、そんなに貴方が気に入るなんて珍しい。親子と言っても可笑しくないのに?」
そう茶化す彼女に大佐は、そんな野暮な感情はないと苦笑した。
「あ、あの、お話とは…」
夜更けであまり長居しては申し訳ないと、カルディナは話を切り出した。
出直しが必要ならばとも思ったが、シルビアは用意していたテーブルへと彼女等を案内した。
「カルディナにこれを見て欲しかったの」
その言葉と共に王太子は、ガラスのテーブルに広げられた大きな図面を示した。
かなり古いものなのか紙の劣化が著しく、文字の殆どが掠れていた。
手元に置かれたランプの明かりを頼りに、カルディナは素早く図面の文字を読み解く。
暫しの後、彼女はその内容に驚愕した。
「これって…!まさか魂授結晶の設計書…!?」
声を上げて目を剥いたカルディナに、シルビアは静かに頷いて見せた。
「セルシオンの発見に伴って行われた再調査で見つかったの。大昔にクロスオルベ侯爵の邸宅から押収された品々の中に混じっていたそうよ」
淡々と話しつつ、彼女は不意に設計書のある箇所を指差した。
「ここにあるファルファランと言う記述…。これについて知っていることはないかしら?」
王太子の問いに対し、いくつか思い当たる答えがあってカルディナは暫し返答を迷った。
悩む彼女にシルビアは何でも良いと優しく訊ね、その言葉で答えが決まった。
「…島に伝わる伝説にも出てきます。意思を持った彗星の名前で、その欠片が白の竜の心臓になったと語られています」
「………、やはりそうなのね…」
囁かれたその声は酷く落ち込んでいた。
静かに彼女は手近にあったラタンの椅子に腰掛け、暗い表情で深い溜息を零した。
「魂授結晶はファルファランがなければ新たに製造が出来ない…。伝説の代物が必要とあっては、第二のセルシオンは創れないわね…」
額を押さえ、落胆するシルビアにカルディナは返答を間違えたと慌てふためいた。
「あ、あの!そうでもありませんよっ?」
「「えっ?」」
そう声を漏らしたのは大佐もだった。
思わず顔を見合う二人の傍ら、カルディナは慌ててショルダーバッグから両親の形見である竜のブローチを取り出した。
二人が注目する中、病床の母から教わった秘密のカラクリを解き始める。
いくつかの仕掛けを操作して中から現れたのは、幾何学的な模様の銀細工に包まれた小さな宝石だった。
「島の西の岬に極稀に漂着するんです。私達島民は星の欠片とか、そのままファルファランと呼んでいます。中々見つからないので、幸運なことをファルファランを見つけたとか、ファルファランが降ってきたって言ったりもします。島民にとっては最早、日常の単語です」
そう説明するカルディナに二人は暫し固まった。
そして、不意に噴き出して双方大笑い。
思わぬ反応に彼女はキョトンとして、何か変なことでも言っただろうかと瞬きを繰り返した。
「だから、妙に悩んでいたのか…!」
そう言って尚も失笑する大佐は、徐ろにカルディナの頭を撫でた。
彼等にしてみれば最早、伝説とまで言われていたお宝が、あっさりと見つかったことに拍子抜けした次第である。
「これがあれば魂授結晶を創れるってことだね?」
不敵に笑って訊ねる大佐だが、世の中そんなに甘くないとばかりに、カルディナは引き攣った笑みを浮かべた。
「ただし成功率は絶望の数字ですけどね。星の欠片だけに天文学的数字と言いますか…、侯爵が一体、何個のファルファランをお釈迦にしたのやら…」
「え、これ壊れるの?」
「はい、あっさりと砕け散ります。というか、そもそもこれは整形された状態で、原石だと金平糖みたいな形です」
驚く大佐にカルディナはそう言って、ブローチの中から宝石を取り出した。
「ちゃんと調べてみないと分かりませんが、セルシオンが私を主人だと認識した理由がこの石なんだと思います。セルが来るまではずっと肌見放さず持っていたので…。恐らく、セルシオンの中にあるファルファランはこれの削り滓だと思います。これはシャンティスの家に代々伝わるものでファルファランの結晶だと父が言っていました」
そう語る掌で、神秘の石が月光を浴びて七色に輝く。
その輝きに魅せられたように、大佐が手を伸ばした瞬間だった。
雷の如く強烈な閃光が走り、触るなとばかりに石に触れた義手から火花が飛んだ。
あまりの衝撃に大佐は顔を歪め、威嚇するように四方へと放たれるプラズマに、カルディナは咄嗟に結晶を両手で覆った。
「っ!主人以外は触れることすら出来ない設計なのか…!」
ビリビリと痺れる義手に大佐は冷や汗を滲ませ、思わず苦笑い。
生身の腕で触れていたら九分九厘、流血だけでは済まなかったであろう衝撃だった。
間もなくして衝撃音を聞き付けて、駆け着けた警備兵が喧しい足音を伴って温室に雪崩込んだ。
物々しさの中、貴人二人の安否を確認する警備兵の姿に、カルディナの心臓が脈打ち呼吸を早まる。
己にのみ与えられた破壊兵器の威力の断片を目の当たりにして、言いようのない恐怖が全身を支配した。
掌の中、尚も強い光を放つ石を握り締め、静止の声も聞かずに彼女は怯えたようにその場から逃げ出した。




