語らう二人
泣き疲れて眠ったカルディナを空いていた病室の寝台に横たわらせ、ヴォクシス・ハインブリッツは一人、煙草を吸いに病棟の屋上へと上がった。
暮れ始めた空には夕陽に染まる雲が流れ、その隙間に星が輝き始めていた。
「まだ煙草、続けていたの?」
煙草に火を点して間もなく、そんな声が聞こえた。
振り返れば、主治医のアウラが煙草の箱を手に、困ったように笑っていた。
「斯く言う、先生も止められてなかったんですね」
「この仕事をしてると酒は飲めないし、これでしか発散できないのよ…。近頃は値が高くて参っちゃうわ」
誂う彼に対し、アウラは煙草の箱を開けながら文句を零した。
「…で、あの子をどうする気なの?」
単刀直入な質問だった。
ヴォクシスは燻る煙草を手に取り、天へと真っ直ぐに煙を吐いた。
「取り敢えず機械竜の分析と並行して、レベルに見合った教育機関には通わせる予定です。無論、我々の監視下には置きますけどね」
「それって士官学校ってこと?将校にでもするつもり?」
「それは本人次第です。既に機械竜の使い手として少佐にはなっていますが…」
そう答えて再び煙草に口を寄せた彼に、アウラは渋い表情を見せた。
木枯らしに灰が散り、真っ直ぐに立ち上っていた煙が乱れる。
短くなった煙草を徐ろに消し潰し、ヴォクシスは懐に仕舞っていたシガーケースを取り出した。
「貴方の予想以上の結果だったわ…」
隣で煙を吐いたアウラは、不意を突くように言い放った。
その言葉にヴォクシスはシガーケースを閉じる手を止めた。
「長い事その分野に携わっている同僚もあんなスコア見たことないそうよ。加えてあんなに落ち着き払っているなんて…。過酷な生活を強いられた所為で、感情表現が鈍くなっているように思えるわ…」
灰を散らしながら彼女は言葉を続け、溜息を零した。
「ヴォクシス、どうかあの子を守っ…」
「言われなくても守りますよ。その為に、ここまで登り詰めたんですから」
言葉を遮り、彼は言い放った。
シガーケースを胸に当て、ヴォクシスは誓うように濃紺に染まりゆく空を見上げる。
去りし日の惨劇の記憶を握り締める彼の瞳には、仄暗さが纏わりついていた。
「私がいる限り、もう誰にも奪わせはしません。必ずティアナへの約束は果たします。サニアス皇帝の首は私が必ず…」
何か取り憑かれたように言葉を続けた彼に、アウラは新たな煙草を取り出しながら悲しい微笑みを向けた。
「あの日から…、あの子達を失って、もう十年になるのね…」
その返しに彼はしまったと思った。
彼女にとっても、その人は掛け替えのない存在だった。
「すみません。今のは…」
「良いのよ、気にしないで。寧ろ、貴方には私の復讐を肩代わりさせてしまっているようなものなんだから…」
そう言って、自嘲気味に嗤ったアウラは視線を落として、口に咥えた煙草にライターを寄せた。
尚も脳裏で燻る惨劇の残滓の如く、炙った煙草がチリチリと焼けていく。
溜め息と共に吐き出した煙は、責めるように方向を変えた風に煽られ、散った灰と一緒に皺の目立ち始めた頬に掛かった。
「貴方の主治医になったのも軍に言われるがまま貴方の体を切り刻んだ私なりの罪滅し…。全く、娘の旦那に何てことをしているのかしらね…」
ライターを白衣のポケットに投げ入れ、彼女は戯けたように肩を竦める。
「…僕は感謝しています。貴女がいなければ、僕はとうの昔に死んでいました」
その言葉と共に、ヴォクシスは仕舞い掛けたシガーケースを開く。
残っていた最後の一本を手に取り、口付けるようにそれを唇に咥えた。
「近々改めて定期メンテナンスに伺います。やはり脚の方は過度に負荷が掛かるようで…」
いつも通りの飄々とした口振りで彼は告げ、シガーケースをポケットに仕舞い込む。
短くなった煙草の火を消しながら、アウラは困ったように微笑みを浮かべた。
「さては今日の事故、無傷だったのは衝撃をそっちに流したからだったのね?」
見透かしたように訊ねる彼女に、図星を突かれた彼は言葉に詰まった。
「主治医として言うけど、多少自分で直せるからって無茶な使い方してると、いざって時に取り返しがつかなくなるわよ?」
「………。肝に命じます…」
手厳しい忠告に苦笑しつつ、彼は火を点けたばかりの煙草を消し潰した。
病室で目を覚ました時、既に陽はどっぷりと沈んでいた。
記憶を辿り、泣き疲れて寝てしまったのだと思い出したが、同時に大佐の胸の中で記憶が途切れていることに気付き、あまりの恥ずかしさに悶絶した。
「カルディナ、起きたかい?」
不意打ちかつ飄々とした声に、短い悲鳴を上げた。
これでも十四歳の乙女であるカルディナは、泣いて腫れているであろう目元を両手で覆い隠した。
「ハハハ、そんな腫れてないよ」
大きな掌で頭を乱暴に撫でつつ、恥ずかしがる彼女を宥める。
その拍子だった。
カルディナは驚いたように顔を上げると、頭を撫でるその手を好奇心のままにガジリと掴み取った。
その手だけ常に手袋をしていた事には気付いていたが、触れられたことで漸くその違和感に気付いた。
「あ、しまった…」
そう呟く間にもカルディナは確かめるように手首から肩に掛けて腕を触る。
そして徐ろに袖を持ち上げ、その目に見えた機械仕掛けの腕に好奇心を爆発させた。
「神経接続型機械義肢っ!全然、気付かなかった!!凄ぉい!本物ぉ!!」
キラキラと輝く瞳に大佐は困ったように笑いながら、試しに掌を握って開いてを繰り返す。
手に伝わる人工筋肉の動きに、彼女は更に歓喜した。
「丁度君くらいの歳頃だったかな。運悪く砲撃に巻き込まれてね…」
その言葉に、カルディナはハッとして我に返った。
義肢を着けるというのは元の手足を失ったということであり、その根本的かつデリケートな点を失念していた。
「勝手に触って、ごめんなさい…」
そっと腕を離して姿勢を正し、深く頭を下げた。
島での生活を通して、感情コントロールは上手くなったつもりだったが、つい興味あることを前にすると夢中になり過ぎて制御が利かなくなる。
自分の幼さに反省した。
「私も驚かせてしまったね…、さっきの診察で人工外皮を外したのを忘れていた。骨格が当たって痛かったかな?」
拳を閉じたり開いたりしながら困ったように眉を下げる大佐に、カルディナは慌てて首を横に振った。
「いいえ!全然です!ちょっと違和感があっただけです!」
「それなら良かった…。取り敢えず、お腹空いてないかい?ご飯にしよう」
そんな提案に、返事よりも先に腹の虫が騒いた。
今日は赤っ恥の連続である。




