悲痛なる告白
一騒動の遭ったお披露目を終えて間もなく、カルディナは城から程近い場所にあるクロスヴィッツ病院に運ばれた。
元よりお披露目後にそこで健康診断を受けることにはなっていたが、セルシオンの頭上から落ちたことを受け、真っ先に精密検査を受ける羽目となった。
また、カルディナを受け止めた大佐も体に衝撃を受けているだろうと念のため整形外科に通された。
「結論から言えば二人共、無傷です。流石は軍人だわ」
通された診察室にてカルディナは、大佐と一緒に熟年の女医から報告を受け、一先ず胸を撫で下ろした。
突然かつ一瞬の出来事で、初めは理解が追い付いていなかったが、下手をすれば大佐の方が大怪我をしていた可能性があり、それに気付いてから結果が出るまで生きた心地がしなかった。
繰り返すようだが大佐は国王の親族であり、つまりは王族であるので怪我をさせたとなれば、それ相応の罰が下りかねない。
「毎度忙しいのに悪いね、先生」
親しげに挨拶する大佐に、医師は呆れたように溜息を吐いた。
「貴方の突撃受診は今に始まったことではないから驚かないわ…。まあ、こっちのお嬢さんに関しては吃驚したけど…」
そう答えつつ、医師は不意にカルディナを見据えて仄かに微笑んだ。
「貴女が噂のクロスオルベ侯爵の直系子孫ね?私はアウラ・クロスヴィッツ。私の先祖はクロスオルベ家の分家でね。代々医師や義肢装具士として侯爵が考案した機械義肢技術の発展研究をしているの」
その自己紹介にカルディナは驚きのあまり言葉を失った。
国に歯向かった罪で流刑に処されたカルディナの先祖クロスオルベ侯爵だが、今尚語られる偉業は数知れない。
中でも医療分野の発明研究はたった一代で侯爵位を授与されるに値し、その代表格こそが機械義肢技術である。
現代では一般実用化もされ、この技術を応用して機械翼肢と言う小型飛行装置を開発した国もあるという。
更に聞けば、アウラ医師は大佐の主治医でもあり、副院長も務めている女傑であった。
そうというのも、今彼女達がいる病院は元々クロスオルベ侯爵が建てた孤児院が元になっており、侯爵の次男で医学留学をしていたことで流刑を免れた初代クロスヴィッツ家当主が後にそれを改築し、医療機関として設立したのが始まりであった。
「ヴォクシスから貴女の話を聞いた時は、侯爵の再来だと胸が踊ったわ。加えて、この結果とは…」
そう感慨深そうに話しながらアウラ医師は、鞄から数枚の書類を取り出した。
見てみれば、カルディナが島にいた時に受けた学力テストの結果表だった。
学校という言葉すら無い孤島から一度も出たことがない為、学力の程度を知るべく島の子供達と一緒に受けたことを記憶している。
「突然だけど、島での生活を少し聞かせてもらえないかしら?お仕事をさせられていたようだけど、どう感じていたの?同年代の子達との付き合いはどうだった?」
突然の話題に戸惑った。
丁度、見計らったように診察室に入ってきた数人の大人の存在も気になり、言葉を躊躇った。
「…カルディナ、正直に話してごらん。誰も責めたり問い詰めたりはしないから」
優しい声色で背を撫でる大佐に、疑心暗鬼で更にどうしたものかと考えた。
暫し考えた後、彼等の言葉を信じることにした。
「正直、仕事は大変でしたがあの島で生きるには働くしかなかったので…。仕事の内容は面白いと退屈が半分ずつでした。銃剣の分解組立てはパズルみたいで楽しかったです。刃研ぎは永遠同じ作業の繰り返しで退屈でしたが、やりながらセルシオンのアイデアを考えていました。同年代とは友達というより先生と生徒でした。両親がいた頃、父が勉強を皆に教えていて私もそれを手伝っていたので…」
正直な気持ちを伝えるカルディナに、大人達は真剣な様子でメモを取る。
島でも受けた事情聴取の気分である。
「島での生活で、困ったことはどんなことだった?」
「えっと…、一番は食料の調達でした。食堂はありましたが、常に兵隊が居座っていて値段も高かったので…。皆も勝手口で食材を買う事くらいしか利用していませんでした。配給もパンとスキムミルクと…偶に日持ちする果物が出るくらいだったので、仕事の休み時間とか休日に森で樹の実を採ったり、罠を仕掛けて小動物を猟ったりして足しにしていました。家が無くなった時も困りましたが、城跡があったのでそこは何とか……」
「大人は助けてくれなかったの?」
何気ない問いに、カルディナは僅かに視線を下げ、静かにスカートの裾を握った。
本音を言えば、助けてほしいと泣き付きたかった。
けれど―――……。
「…皆、他人を養えるほど余裕はありませんでした。配給も全然足りなくて…、作物を育てても、皆に行き渡るほどは採れないし、兵隊に盗み食いされることもあって…。ひもじさに官舎のゴミを漁った子もいたし、お菓子欲しさに体を売ってしまった女の子もいました…。大人達の中には寝たきりになった老人や赤ちゃんを口減らしに…っ……」
彼女の悲痛な告白に、大人達は衝撃のあまり言葉を失った。
島での暮らしはあまりに過酷で、そんな生活を強いられる内にそれが異常なことだという感覚も失っていたことに、カルディナは話しながら気が付いた。
次第に、己が置かれていた環境の理不尽さに激しい怒りが湧いた。
「皆、必死だったのにっ…、あいつ等それをほくそ笑んで…っ…!手癖の悪い連中に襲われないように、女は皆…身なりを悪くして…、男の人は…どんなに殴られようと…っ…、貶されようと…只管に我慢して…!」
溢れ出した怒りに、言葉が止まらなかった。
気付けば涙が溢れ出して、ボロボロと瞼から零れ落ちた。
「皆、大変なのにっ…、助けてなんてっ…言えなかった…っ……!」
肩を震わせるカルディナに、アウラ医師は口元を押さえて息を呑み、見守っていた大人たちは騒然としながら事実確認に走った。
「すまない…。辛いことを言わせた」
静けさの中、穏やかな声が傍らで囁かれ、大きな掌が震える肩を抱いた。
微かな煙草の匂いに包まれながら、カルディナは額を寄せた胸の中、嗚咽を漏らした。




