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庭園


「ガーデン……?」


 ガーデン、つまり庭ということだろうか。ルルイェで庭と言えば、富裕層しか持ちえない贅沢品である。そもそも緑が少ない星なので、植物を取り寄せるだけでも多大な費用がかかる。それに、乾燥した気候も相まって、植物の生育はとても難しいのだ。一般庶民は集合住宅に押し込められて暮らしているのでそもそも庭を造る土地がない。そんな庭が、なんとこの宇宙船にはあるというのだ。3階の中でも小高い場所にあるこの場所は、宇宙船の中で最も高い場所にあたる。

 興味本位でドアの前に立つと、プシュッと音を立ててドアが勝手に開いた。考えなしに、そのドアをくぐるとエアロックになっていた。背後のドアが勝手に閉まると、壁の両側からミストが噴出して驚いて飛び上がった。……おそらく消毒液である。ミストが止むと向かいのドアが開いた。

 その瞬間、室内から流れ出した空気に乗ってふわりと湿った香りが鼻腔をくすぐった。不思議な香りだが、なぜだか嫌ではない。

 奥へ進むと、陶製のブロックで囲われた花壇のような区画に、土が敷き詰められて植物が植えられていた。目が覚めるような鮮やかな緑が、瑞々しく生い茂っていた。背の高い立派な植物もあれば、数センチにも満たない高さの小さな花が土を覆うように咲いていたり、様々だ。

 葉の上には、水がまん丸の水滴になってちょこんと乗っかっている。どうやら、先程の柔らかく湿った匂いは、この土から香っているようだった。俺は、初めて見る可憐な植物達に目を奪われ、しばらくの間その植物達に見入っていた。


「おっ。例のルルイェ人!」


 赤紫色の鮮やかな髪をした男がひょっこりと現れた。彼も食堂での会議で居た男だが、溌溂とした喋り方が印象的なので記憶に強く残っていた。


「なんというか君って……祝福されてるね?」


「どういう事だ?」


「ううん。なんでもない。」


「……そういうあんたはハイペリオン?」


「大当たり!命知らずのロマンチスト、ハイペリオンさ!」


 ハイペリオンはにっと悪戯好きの子供の様に笑って、顔の横でピースサインを作ってみせた。年齢こそ分からないが、見た目の割に子供っぽい振る舞いをする変な人物だ。とはいっても様々な種類のヒューマノイドがいるので、年齢なんてものは物差しとしてあてにはならないのであるが。


「君は植物に興味ある?ここは凄いよ、珍しい植物の宝庫なんだ!見て見て、これはザイクロトル星の植物でね、なんと!生贄を要求してくるんだ!それでこっちは……」


 黙って彼の話を聞いていると、ペラペラとお喋りが始まってしまった。いけない、このままでは肝心な質問ができない、と思って慌てて話を遮った。

 

「ちょっと……今日は遠慮しておくよ!あの、ハイペリオン、聞いてもいいかな。ここは何?」

 

「庭だよ。ガーデン。菜園だとか植物園と呼ぶ奴もいるけど。ほら。緑色のものって見ると体に良いと言うデショ?だから客を喜ばせるために、金をかけて作られた船には大概付いてるよ。ウン、これは自論なんだけど、きっと本命はこっち。ヒューマノイドの祖先って地球?という星から発生したって言われているんだよね。だから、ゲノムが土や緑を恋しがっているんだと思う。言うなればこの庭は祭壇のようなものだろうね。ヒューマノイド(人類)の起源を表しているんだよ、きっと。大昔のヒューマノイドも、劇場や船に神を祀る祭壇があったと言うじゃないか!興味深いよね!うん、うん!」


「あ、そう……」


 嬉々としてノンストップで喋るハイペリオンに若干気圧されながらも強引に話を元に戻した。

 

「……こんなに鮮やかな緑、初めて見た。君が手入れしているのか?」


「手入れってほどでもないよ。僕、プラントヒューマノイドだから、生きるのに光が必要不可欠なの。だから此処(ガーデン)は僕にとって聖域なの。居ついていいからそのついでに植物の管理をしろって船長に言われたんだよねー。まぁ、管理って言っても管理パネルに決まった数字を打ち込んで、植物たちに給餌したりお水をあげたり。たまにエンブラントが野菜や果物を採取しにくることもあるけど。その手伝いをしたり……あとは……植物たちが健康でいられるようにたまに良い肥料をあげるくらいかな。」


「肥料って何だ?」


「いらない有機物とかかな」


 ストックいっぱいあるからねー。有難いよ、と彼は続けた。生き物の面倒を見ることができるなんて、彼は意外と面倒見がいい性格なのかもしれない。


「へぇ……。凄いな。君は物知りだな」


「そうでもないよ。ちょっと研究してるだけ。ねぇ、ルルイェ星ってどんなところ?僕、知りたいな」


 ルルイェ星に純粋な興味を持たれるのは新鮮だ。俺は、住んでいた頃の光景を思い起こしたが、良いところがまるで思いつかない。散々な事しか捻りだせなかった。


「……ここと正反対の、砂とゴミでできた赤い星さ。遠い昔に人類に遺棄された、用済みの星だよ」


「へー、そうなんだ。なんだか……寂しい星だね。ちょっと、僕の故郷と似ているかも」

 

 ハイペリオンは寂し気に笑った。彼の故郷も、ルルイェ星と同じように棄てられた星なのだろうか。もしかしたら似た境遇なのかもしれない。彼に、なんとなく親近感を覚えた。

 

「……ところで、なんだかあんたは雰囲気が他の奴らと違うな?」


 他のクルーは如何にもガラの悪い格好をしているが、このハイペリオンという男からは悪事を好んで働くような類の人柄を感じることができなかった。少しインテリチックで、人懐っこい様子は海賊のクルーというには似合わない。

 

「まぁ、皆荒っぽいからねー。ボク、暴力とか争いとか興味ないんだ。仲良くしよ」


「よろしく アイザックだ」


 味方は一人でも多い方が良い。ちょっと変わっているが、悪い奴ではなさそうだ。そんなことを思いながら彼と握手を交わした。


「ハイペリオンは普段、どんなことを?ここの管理だけ?」


「うーん。メインはバイオマス燃料の管理かな。知ってる?バイオマス燃料」


「エネルギーだよな?聞いたことはあるけど……あんまり知らないな。ルルイェでは原子力エネルギーが主流だったし」


「ふふん、説明しよう!バイオマス燃料とは、生物由来・有機物の燃料なのである!最近は採用している星も増えたんだけどねー。まぁほら、僕たちヒューマノイドって常にごみを生みながら生きているだろ?排泄物もそうだし、食事だって生き物を丸々食べれるわけじゃない。生体の内臓や骨が残るよね?それを有効利用しようって訳で生まれた燃料なのさ!」


「へぇ。それが、この宇宙船でも利用できるのか?」


「その通り。僕が集めた微生物たちが有機物を分解して良質な燃料に変えてくれているんだよ。100%って訳じゃないけれど、この船は少なからず宇宙環境にいい燃料で飛行しているって訳なのさ。その結果、汚水やゴミの処理などが飛躍的に効率化されたんだ。それの管理担当者が、この僕ハイペリオン!」


 彼はえっへん、と胸を張った。確かに、高度なテクノロジーを管理できるということは彼は優秀な人物なのだろう。彼ならば、と俺は質問をぶつけた。

 

「あのさ、ハイペリオン。もう一つ聞きたいんだけど……」


「いいよ。何?」


「……俺がこの船に救助されたとき、もう一人ルルイェ人がいた筈なんだ。彼の行方を捜しているんだけど……。この船で、俺以外のルルイェ人を知らないか?」


 ハイペリオンはうーん、と唸りながら答えた。


「……。もう一人のルルイェ人?……ごめん、僕わかんないや。ジャックスなら知っているかも」


「ジャックス?その人は、どこに行けば会える?」


「ジャックスならセキュリティルームかエンジンルームかなぁ。1階のどこかにはいると思うけど……」


「1階か……」


「まぁ、行くなら気を付けてねー」


「あぁ、有難う」


 残念ながら、ハイペリオンもリュウの情報を持っていなかった。1階への立ち入りは禁止されているのだが、ひとまずジャックスが居るであろう1階を一度見に行ってもいいのかもしれない。

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