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調理するもの

 久しぶりの風呂でさっぱりした俺は、上機嫌だった。ルルイェでは水は貴重な為、風呂はたまにしか入れなかった。その代わり、さらさらの砂で身体を清める砂浴びという習慣があり、こちらの方が大衆の文化として根付いていたのである。しかし、潤沢に水を使えるというのは、実に素晴らしいことだ。――風呂の余韻に浸りながら船の2階へ降りると、良い香りが漂っていた。食堂からのようだ。そのにおいに引き寄せられるように食堂の暖簾をくぐった。厨房から、油で何かを炒める良い音がしている。厨房を覗くと、中年の男が1人で手際よく大量の料理を作っていた。本日の昼食だろうか。しばらく眺めていると、その視線に気が付いたのか、男は嬉しそうに話しかけてきた。


「……お!探検かい?」


「あんたは確か……」


「エンブラントだ。見ての通り、宇宙船の料理長だ」


「よろしく、エンブラント。あんたも海賊の一員なのか?」


 エンブラントは手元の作業を止めずにそのまま続けた。


「そうだよ。今はね」


「……以前は何を?」


「三つ星ホテルの料理人だったよ。不況が原因でリストラされちまったがね。それでシドにスカウトされて、海賊の一員になった。もう何年も昔のことだ」


 船長であるシドのことを呼び捨てにする者は殆どいない。エンブラントはどうやらシドとは長い付き合いのようだ。それに、彼がホテルの料理人だったというのを聞いて納得した。以前食べた料理は、今でもその味を思い出すほど旨かったのだから。

 

「アイザック、何か食ってく?好きなもん作ってやるよ」


「いいの?」


「特別にな。対価さえ貰えばそいつの好物を提供したりもするけど、今回は特別だ。お前さんはシドのお気に入りだしな。さ、何が食いたい?」


 それならば好意に甘えてしまおう。実は、彼の料理をもう一度口にしたいと思っていたのだ。期待で胸が膨らむが、いざ何を食べたいかと聞かれると難しい。ルルイェ星に居た頃の好物といえば、サンドイッチだったがそれもカチカチのパンに塩漬けにした肉と葉っぱを挟んだ簡素なものであった。ふと、俺が作ったサンドイッチを美味そうに食べるリュウの顔を思い出して、胸がきゅっと痛んだ。


「……俺、料理らしい料理なんて食ったことないんだ。エンブラントのおすすめで頼むよ」


「了解」


 エンブラントは冷蔵庫から野菜をいくつか取り出すと、鮮やかな手際で下ごしらえをしていく。ざくざくと野菜を刻む包丁の音が小気味いい。俺はその音に耳を傾けながら、先ほど会った男のことを思い出していた。


「なぁ、廊下で嫌な奴に会ったんだ。銀髪の、潔癖症の奴」


「あぁ。アハルテケだな」


「凄く失礼な奴だった。臭いって言われて風呂に入れられたよ」


「ははは。あいつは誰にでもそんな感じだよ。ちょっと神経質なんだ」


「海賊の奴らって皆あんな感じなのか?そもそもこの船って何人くらい乗ってるんだ?」


「えーと、幹部が6人で……ヘリオスの下に10人だろ……ロッツォが死んで、お前が入って。……32人だな。お世話アンドロイドを含めるともっといるけれど」


「結構多いんだな」


「そりゃあ、宇宙を渡るには人手がいるからな。大抵のことはロボットやアンドロイドでもできるが、ヒューマノイドにしかできないことだって沢山ある。例えば……美味いメシを作る、とかな。ここんところ、栄養さえ取れれば味なんてどうでも良いって奴が多すぎる。宇宙に溢れる食事を見て見ろよ。ペーストだとか、プロテインバーだとか。泣けてくるよな。……まぁ、メシを食わなくても生きていけるやつはいるが……。まぁ、食育も兼ねてんのよ、料理ってのは」


「しょくいく……?」


 聞いたことが無い言葉に首をかしげた。


「美味い料理から摂る栄養ってのは身体にも心にも良いもんなんだぜ。それを分かって欲しいんだよな、俺は……よっと。できたぜ!ミゴ・トマトリゾットだ」


 いつの間にか料理は出来上がったようだ。エンブラントは、フライパンの上から滑らせるように皿の上に料理を盛りつけた。小さな葉っぱを最後にトッピングすれば、輝くリゾットの完成だ。ほろほろに解けた何かの肉繊維が、米と共に赤いソースの中で宝石の如く煌めいた。まるで芸術的な美しさの料理に見とれていると、エンブラントはスプーンで少しだけすくい上げた。


「ほい。あーん」


 エンブラントはあろうことか、まるで子供にするようにリゾットを盛ったスプーンを俺の口元に近づけた。馬鹿にされたような恥ずかしさからか、カッと顔が赤くなるのを感じた。


「……コレ、外してくれたら自分で食べるんだけど?」


 腕を持ち上げて、エンブラントに手錠を見せつけた。

 

「シドに言うんだな。俺は善意でやってるんだぜ?ソレ、着けていると食べにくいだろ。」


 目の前にはきらきらと輝くリゾット。このまま食べさせられるのは癪に障るが、如何せんものすごく腹が減っていたのだ。彼の料理を目の前にぶら下げられたら、どんな賢者だって犬の様に振舞うだろう。あぁ、プライドを捨ててこのまま食らいつきたい。――だって美味いに決まっている。俺は仕方なく口を開き、そのリゾットを頬張った。

 赤いソースの酸味がチーズのまろやかな風味と合わさって見事に引き立てあっている。それに、甲殻類のような何かの身が口の中でほどけて、凝縮された旨味が染み出した。――旨味と香りが口いっぱいに華やいで、脳に快楽信号が送られたのが分かった。


「美味いか?」


「……美味い。凄く」


「ははは!まぁ、この俺が作ったからな!さぁ、食え食え!」


 ――エンブラントは皿が空になるまで俺の口にリゾットを運び続けた。最初は溜まらなく恥ずかしかったが、途中から恥ずかしさなどどこかへ行ってしまっていた。気が付くと素直に彼の差し出すスプーンに食いついていた。


「……ごちそうさま」


 俺は完食してしまった。冷静になって思い返すと、なんだかとんでもないことをされた気がする。

 

「はいよ、お粗末さんでした。いやぁ、いい食いっぷりだねぇ。作った甲斐があった」


 エンブラントは嬉しそうにニマニマと笑っている。人がよさそうな振りをして、まんまと嵌められた気分だ。――このおっさん、文字通り食わせ物だ!恨めし気な目でエンブラントを睨むと、彼は何かを思い出したようだった。


「……あっそうだ。俺、夜は食堂の隣にあるバーで酒も出してるんだ。良かったら来いよ」


「バー?」


「そう。豪華客船だからな。金持ちが好む良い酒がごまんとあるぞ」


「酒か……気が向いたら行くよ。有難う」


 俺は、酒はあまり得意ではない。それに、飲みの場では大抵、酔っぱらったリュウの介抱役として控えていたのだ。この際、一回くらいならバーとやらに行ってみるのも悪くない。


「あいよー待ってるぜ」


「あ、そうそう。一つ聞きたいことが……。俺がこの船に救出された時の事、覚えていないか?俺のほかに、もう一人ルルイェ人の男がいたと思うんだけど……。彼を探しているんだ」


 リュウの事は、とにかく聞いて回るしかない。エンブラントの周りには人が集まりそうだし、何か有力なことを知っているかもしれないと期待したのだ。


「……ごめん、俺ずっと厨房に居るからさ。あんまり外で何が起こっているか知らないんだ。すまない力になれなくって」


 エンブラントは申し訳なさそうに俺に謝った。


「そうか。……いいんだ。有難うエンブラント。また料理作ってくれよ」


「いいぜ。いつでも来いよー」


 気のいい返事を背に、俺は食堂を後にした。腹が満たされて幸福感で満たされている筈なのに、その一方で、俺は思うように中々リュウの情報が集まらないことにどこか焦りを感じていたのだった。

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