インサージェント
この宇宙船に救出され目を覚ましてから7日が経過した。CBの世話の甲斐もあって、事故で負ったほとんどの傷は塞がっていた。何かにつかまれば、ゆっくりと歩くこともできる。それに、邪魔な手錠にも、いつのまにか慣れてしまった。
そして、ある時俺は再び食堂に来るようCBから聞かされた。どうやら、シドは食堂で会議を開くのが好きなようだ。
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「今日集まってもらったのは皆に報告があるからだ。……ロッツォが何者かに殺された」
食堂に集められた総勢9名。以前、宴会に呼ばれた時にいた面子ばかりだ。アイザックもその中に混ざっていた。全員が集まるや否や、シドから聞かされたのは何とも物騒な報告だった。
「ロッツォ?なんてこった!あいつがいなきゃ祈れないじゃないか!」
「新しい受信者を立てれば良いんじゃないか……いや、そのためには……」
「馬鹿。問題はそこじゃねぇ!どうしてロッツォが殺されなきゃいけなかったんだよ!」
どうやら、皆の反応を見る限り、ロッツォという者は聖職者だったらしい。宴会の際にも彼らは宇宙創造の女神に祈りを捧げていたし、彼らにとって信仰はの心の拠り所だったのかもしれない。その聖職者が殺されたというのだから、確かに大事だ。
「念の為確認するが……この中にロッツォを殺した奴は居るか?」
しんと静まり返る。皆、お互いの顔色を疑り深く観察しているが、誰も声を上げない。シドはじっくりと皆の表情を一人一人確認すると、続けた。
「死体の状況を見るに……インサージェントの仕業だろう」
インサージェント。シドの言葉に、ぎくりとした。そんな俺を置いてけぼりに、議論は進む。
「インサージェントって何だよ」
「知らないのかよ。突発的に凶暴になる……病気?じゃないのか?」
船員たちはその言葉に馴染みがないらしい。シドは、はぁと呆れたように溜息をついた。
「……ジャックス、説明を」
ジャックスと呼ばれたツナギ姿の男ははい、と短く答えて説明を始めた。
「緊急マニュアルを叩き込んだだけなので、付け焼刃の知識ではありますが……インサージェントは、ある精神汚染体に侵された感染者の呼び名です。航海者の間では、汚染体とともにコズミックエラーと呼ばれることもありますが……。インサージェントは破滅的で暴力的な思考に発作的に支配されてしまうようになり、自我を保てなくなるそうです。過去にはインサージェント化した権力者がトリガーとなり惑星間戦争が起こったこともあるといいます」
「おっかねぇな。……なぜロッツォ殺害の犯人はインサージェントによるものだと分かったんだ?」
目つきの悪い銀髪の男がジャックスに問いかけた。
「インサージェントは対象を乗っ取るためには人の神経に潜り込む必要があります。頸椎に鍵穴のような穴を空けて、そこからヒューマノイドの体内に侵入して殺す方法をとることが多いのだそうです。神経を経由し、脳にアクセスして、恐怖心など強い刺激の電気信号を味わうのを好むんだとか……。今回インサージェントの仕業だと疑っているのは、ロッツォの首の後ろに、その痕があったからです」
「趣味が悪りぃぜ」
「ねぇねぇ、インサージェントは増えるの?ゾンビみたいにさ」
今度は、紫星雲のように派手色の髪の男が質問した。
「いや、増えません。さっきは便宜上感染という言葉を使いましたが……。例えば俺がインサージェントだとして、ハイペリオンをインサージェントにしようとするじゃないですか。ハイペリオンへ移した瞬間に、俺はインサージェントではなくなります。その代わり、既に死んでいる精神が肉体から切り離されて、俺は事実上死ぬことになるでしょうね」
「なるほど。総数は変わらないってことだね?」
「そうです。……で、問題があって……。緊急マニュアルに従って、船の感知システムを使って生体反応を調べたんです。そしたら……アノマリー反応が2体もありました」
「なんだと?それはつまり、インサージェントが2体も宇宙船に乗っているということか?」
「正確に言うと、インサージェントだと断定はできない。侵略的外宇宙生物の可能性もありますが……状況証拠から見て、インサージェントの可能性は高いかと思われます」
ジャックスがインサージェントについての話をする中、俺はできるだけ気配を消していた。彼らの議論に加わる立場では無いし、それにこの話題は俺の立場を悪くすると思ったのだ。
「だが……どっちにせよ、人ならざる者が我々の中に紛れている。この船に乗っていた乗員どもに感染者が紛れていたのかもしれない。まったく。だから、あれほど処理の際は相互監視をと言ったのに。……まぁつまり、クルーの誰か1人がインサージェントだろうな。……もう1人はそう、そこのルルイェ人だろう。」
居合わせた皆の強烈な視線を感じ、思わず目を逸らす。アウェーな空気の中、気配を消して議論を見守っていたのだが、突然注目されて目立ってしまった。この空気はまずい。俺が犯人だと思われてしまう。
「ルルイェ人の潜在的インサージェント率は80%と言われている。好戦的で、血を好む性質故だ。おまけに興奮状態時に肉体変異まで起こすときた。宇宙でもその危険度は指折りだ。……過去の歴史が証明しているように。まぁ、そんな訳でだ。アイザックがインサージェントだと仮置きしても良いと思うんだが、皆どうかね?」
シドにここまで言われてしまうと、弁明せざるを得なかった。
「ちょっと待ってくれ!確かにルルイェ人はインサージェントと混同される事も多いけど……俺は人なんて殺したことない!そんな悪趣味な殺し方も、インサージェントを真似たふざけた奴しかしない。……ルルイェ人の多くは暴力的な発作に苦しんでいる。インサージェントなんかと一緒にしないでくれ」
「でも、バケモンに変身しちゃうんだろ?」
「……するけれど」
「口では何とでも言えますからね。彼はやっぱり部屋に軟禁しておくべきでは?」
ジャックスの言葉の節々から棘を感じる。
「そういうジャックスも、やたら詳しいなぁ?お前がインサージェントなんじゃねぇの?」
ヘリオスがジャックスを揶揄う。両者の間に僅かながら緊張が走る。
「俺は違いますよ」
「口では何とでも言える。……だろ?」
「馬鹿言うのはよしてくださいね、ヘリオス」
一触即発な雰囲気に、シドが仲裁に入った。
「落ち着け。……無暗に疑っても仕方がない。まずは昨晩の行動を聞こう。CB、検死の結果、死亡推定時刻は25時と言っていたな?」
「えぇ、そうです。発見は翌朝の7時頃……。死後硬直も進んでいましたし、ほぼ間違いないですね」
「昨晩25時、皆何をしていた?……どうかな?エンブラント」
このままアリバイを聞いて回るつもりなのだろう。シドがエンブラントと呼ばれた、褐色肌の中年の男に質問をした。
「俺?俺はバーを締めて自室に帰ってきたくらいの時間だな。昨晩はアハルケテとヘリオスが最後の客だったよ。……長居されたから締めたのは遅かったんだよな」
「そうだ、そうだ。俺、ヘリオスとずっと飲んでたんだ。……でも、酔ってて全然記憶が無ぇよ」
銀髪の男――アハルケテは頭を掻きながら証言した。
「俺はちゃんと覚えてる。締めるからってバーを追い出されて、酔っぱらったアハルケテを部屋まで送ったんだよ。部屋に着くなり、すぐにこいつは寝ちまったけどよ。俺はその後すぐに部屋に戻ったんだ」
「ふん……他の奴はどうだ?……ハイペリオン?」
「僕、夜はずっとガーデンに居たよ。調子の悪い子がいたから、添い寝してあげてたんだぁ。21時には寝てたかな?朝起きてお散歩してたらびっくり!ロッツォが倒れていたんだもん!あ、僕が第一発見者ね」
子供かよ、とアハルケテが突っ込んだ。ジャックスが証言を続けた。
「俺は……夜は23時頃から寝てました。朝、7時頃でしょうか。ハイペリオンに叩き起こされて見に行ったらロッツォが……。それで、船長に報告しに行った次第です」
ほかのクルーも、順番に証言を続けるも、決定的な証言は出てこなかった。
「うーむ……。わからん」
シドがお手上げだとでも言うように天を仰いだ。結局、ここにいる者の無実を証明できる証言は得られなかった。アリバイがあるようで皆、無い。自分は特に聞かれていないのは、この手錠と、自由時間以外は部屋にカギをかけられているからだろう。殺害ができる訳が無いという確信と、ロッツォという人物との関わりの薄さもあるかもしれない。
「ここに居ない奴らの仕業かもしれん。皆、自分の周辺の人物の行動に気を配るようにしてくれ」
「でも、船長よぅ。……どうやって炙り出す?そもそも、当事者はインサージェントになったという自覚はあるのかねえ?」
「そこんとこ、どうなんだ?アイザック」
突然話を振られびくりとした。
「……さぁ。生まれた時からそんなだから……自覚もクソもねぇよ」
事実、10歳になるまで他のヒューマノイドとルルイェ人が異なるものだと知らなかったのだ。
「役立たず」
アハルケテが舌打ちする。――気が悪い。
「判別方法を昔聞いたことがあるぜ。インサージェントに精神を喰われた分、肉体が軽くなって身体が水に浮くとか」
「んなもん、誰だって浮くだろ……」
「現時点で判別方法は確立されていない。どうやら自覚症状も出にくいらしいから、周りの連中がよく観察し合うくらいしかないんじゃないか?」
「……そういうわけだ。各自、部下の様子に目を配っておいてくれ。少しでも怪しい動きをしたやつは追放したって良い。では、解散。」
――俺は、CBに付き添われながら自室へと戻っていた道中、あることを考えていた。アノマリー反応は2つ。その反応とやらがルルイェ人に反応しているのだとしたら、もう1人の反応は、リュウなのではないかということだ。船員のロッツォという人聖職者が殺害されたのも、きっとリュウが異教徒だかできたことであり、俺だけに分かるサインに間違いない。恐らくリュウは、俺を探しながら1人ずつ片付けていって俺の事を守ろうとしているのだ。
やはりリュウもこの船に助けられて、船のどこかに潜伏している。船員たちが頑なにそれを隠すのは、俺とリュウに合流されて制圧されるのを恐れているのだ。ルルイェ人が本気を出せば、この船に乗っている人数くらい皆殺しにできる。
目標が固まった。――リュウを捜し、合流する。そしてこんな悪趣味な宇宙船からさっさと脱出して、今度こそユートピアを捜しに行くのだ。
その晩、眠りについて、またあの夢を見た。真っ暗な宇宙空間で漂う、誰か。きっとあれはリュウに違いない。ヘルメットのせいで、顔を見ることはできないが、あれはリュウなのだ。間違いない。リュウが俺を呼んでいる。この夢はリュウが俺に向けて助けを求めているメッセージだ。前に見た夢では、リュウは脱力して身動き一つ取らなかったが、今夜の彼は違う。……時折、苦しそうに悶えるようになった。あぁ。可哀そうなリュウ。俺が早く見つけてあげないと。早く、早く、早く――――。
「……」
心臓の音がうるさい。あぁ、俺は早く眠りたいのに。静まれ。静まれ。――……。俺は再び、夢の世界へ堕ちていった。