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目覚め

 ――身体のありとあらゆる部位が痛む。それに、獣が唸るような機械音が耳障りだ。


 目を覚ますと、真っ白な天井が目に入った。さらさらとしたシーツと掛け布団にクリーンな空気。俺はどうやら、ベッドに寝かせられているらしい。点滴らしきパックから、管が左腕に繋がれていた。体のいたる所に巻かれた包帯には染み一つなく、定期的に交換されていることがわかった。しかし、その清潔さに見合わず両手首は手錠のような器具で繋がれている。なぜ拘束されているかの謎は一旦置いておいて、俺は誰かに助けられたらしい。

 ベッドから降りようとしたが、体がひどく重い。まるで自分の体ではないようだ。上半身をなんとか起こして数メートル先の窓の外を眺めたが、星1つ見えない真っ暗闇の中に、反射した自分の顔が映り込むだけだった。頭部を負傷していたのか、ぐるぐると派手に包帯が巻かれている。どうりで頭が重いわけである。変わり果てた自分の姿を眺めながら、ぼーっとしていた時である。大事な事を思い出した。……そういえば、リュウはどこだろう?朦朧とした意識の中、彼の手を握りしめていた感触は確かに覚えているのだが。


「何も見えませんよ」


 窓ガラスに、誰かが映りこんだ。振り向くと、1人の男が立っていた。ラフな格好をした若い男だ。タンクトップの上に白衣といった、ちぐはぐな格好をしている。彼の手にはトレーが乗っており、包帯や液体の入ったパックなど、治療道具と思しきものがいくつか乗せられていた。


「今、外宇宙を飛んでるんで」


「外宇宙?」


「そ。だから何も浮かんで無いでしょ」


 男は窓の外を目で示した。宇宙には数えられない程の星があるのに、1つも瞬いて見えないのは確かにおかしい。成程、ここは外宇宙なのか。外宇宙なんて、知らない言葉だが、回らない頭で根拠もないまま、なんとなく彼の言葉に納得してしまった。

 

「……君が俺を助けてくれたのか?有難う」


「……俺は治療しただけですよ。船長が、珍しい人種をコレクションしてるもんで。良かったですね。あんたがルルイェ人じゃなかったらもう一度宇宙空間に棄てられてたところでしたよ」


 男はそう言いながら慣れた手つきで包帯を変え始めた。包帯の下はまだ生々しい傷が残っており、皮膚に貼り付く包帯がはがされる際、外気が染みてぴりぴりと痛んだ。おとなしく手当を受けながら先程彼が言った言葉を反芻する。俺を救助してくれたのはこの船のクルーで間違いないようだが、彼の言動に違和感を覚えた。世間で忌み嫌われている筈のルルイェ人だから助けてもらえたのだというのだから意味が分からない。それに、コレクションとはどういうことだろう。


「……じゃあこれは、俺が逃げないようにってか?」


 俺は、手首へと視線を落とす。ルルイェ人だからといって差別を受けてきたことは何度もあるが、拘束されるのは初めてのことだった。軽く引っ張ってみるが、外れそうにない。その気になれば外せるかもしれないが、今それをする気力はまるで無い。外せたところで、今の自分に何かができるとは到底思えなかった。


「……まあそんなところ。……あんた、名前は?」


「アイザック。君は?」


「CB」


 彼はぶっきらぼうにぽつりと名乗った。だが、彼の手つきは口調とは裏腹に丁寧だ。正体こそ不明で口下手だが、悪意のある人物ではなさそうだと思った。


「痛みはありませんか?」


「あぁ、うん。ほんのちょっと痛むだけだよ」


「そうですか。もうモルヒネはいらなさそうですね。……寝ているのにずっと呻いていたから、よっぽど傷が痛むのかと思っていましたよ」


「……CB。改めてお礼を言うよ。かなり面倒を見てもらっていたようだね。それから、その……質問があるんだけれど。助けてくれた時、俺ともう1人居なかったかな?」


 もし、リュウが同じ周回軌道に乗っていたのだとしたら自分の近くに漂っていたはずである。そうだ。手を繋いでいたのだから、きっと一緒に助けてもらったに決まっている。もしかしたら、この宇宙船の別の部屋で治療を受けているのかもしれない。そんな一縷の願いをかけて、CBに問いかけた。

 

「ルルイェ人なんだ、彼も。目が緑色で年齢は俺と同じくらいなんだけど……」

 

「……すんません。俺、その現場見てないんで」


 CBは俺の顔を見ようともせず、そう答えた。落胆したが、ほかのクルーならその現場とやらを目撃しているかもしれない。具合がよくなったら彼の仲間にも聞いてみようと前向きに考えることにした。


「……そうか。……CB、他にも色々と聞きたい事があるんだけれど。いいかな」

 

「それはまた今度。とにかく、あんたが今すべきことなのは良質な睡眠をとること。……それじゃ」

 

 待ってくれと言う前に、CBはさっさと部屋を出ていってしまった。俺は仕方なく再びベッドへ横になる。真っ白な部屋に、真っ白のシーツ。全てを失って、この身1つになってしまった俺も、この部屋同様真っ白に燃え尽きてしまったような気持ちだ。命が助かった喜びをリュウと分かち合う事ができたらどれだけ良いだろうか。俺は晴れない気持ちをやり過ごすために、CBが言ったとおり無理矢理眠ることにした。

 ――奇妙な夢を見た。宇宙空間の冷たい漆黒の中に、宇宙服姿の人物が浮遊している。周囲には何もなく、ひたすらゆっくりと回転しながら、その人物は揺蕩っているのだ。……あれは、リュウだろうか。俺は、ただただ、その姿を眺めていた。……まるで永遠の時間。彼は一人ぼっちで、揺蕩う。彼がどれだけ孤独か想像すると、つま先からぞわぞわと恐ろしさが這い上がってくる。早く、彼のもとへ行かなくは。そう思っているものの、身体が動かない。動け、動け、動け――――


「……はぁっ!……はぁ、はぁ……」


 俺は飛び起きようとして、身体が痛むのを思い出し、慌てて横になった。――なんとも夢見が悪い。べったりとした汗が纏わりついて気持ちが悪い。しかし、寝るしかあるまい。俺は、再び目を瞑った。

 


 それから数日間、体が不自由なうちはCBに言われた通り俺は何をするでもなくほとんど寝ていた。とはいっても、正確にはどれくらいの時間寝ていたのかよく分からない。目が覚めてまず考えることは、今が朝か夜かということだった。生憎、宇宙とは常に夜のようなものである。そもそも、太陽という恒星を基準にした時間の概念を、人類が太陽系外に持ち出した瞬間から、1日24時間という概念は破綻してしまっていたのだ。それを無理矢理維持するために、人類はセシウム時計を全宇宙空間に設置した。ヒューマノイドたちが同じ時間感覚と基準を持っていた方が何かと都合が良かったのだろう。星ではなく宇宙空間に浮かぶ宇宙船で過ごす者にとっては、船に設置義務のあるセシウム時計を元に切り替わる数字の羅列と自動照明システムのみが、ヒューマノイドの体内時計を正常に保つ頼みの綱なのだ。だが、自分は寝てばかりいたせいか、体内時計がおかしくなってしまったようだ。どうも頭が回らない。

 そんな時間感覚の歪みの中でひとつだけ分かったことがある。約24時間に2回、CBが俺の様子を見に部屋を訪れていることだ。包帯を取り替えるたびに、彼は俺の怪我の治る速さに驚いていた。ルルイェの民は発作的に狂暴化し、耐えられない加虐欲求を鎮めるためにルルイェ人同士で傷付け合う習性がある。その為、怪我の治りが他のヒューマノイドの比にならない程早くなるという進化を遂げた。ヒトから分岐していく過程で、血中成分が変化し、細胞のターンオーバーが活発になっていったのだと、昔、教師だった母親から教えてもらったことがある。しかしこの特性のせいで、宇宙ではルルイェ星で生まれ育ったヒューマノイドは野蛮で凶暴な種族だと広まってしまったのだ。現代においては「ルルイェ人」という呼び名でルルイェ星出身ヒューマノイドは区別され、差別を受けている。

 だが、そのルルイェ人の体質に俺は救われたらしい。多量の出血と肉体の損傷を受けてもなお、再生能力のおかげで無事元の姿へと戻りつつあった。そして、固形物が食べられる程まで回復したある日、CBにこのような誘いを受けたのだ。


「今夜、宴会に参加してください」


「……いや、遠慮しておくよ。気が進まない」


 これは、遠慮ではなく本音だった。自分は見知らぬ大人数の中に紛れて一緒に食事を楽しめる程の図太さは持ち合わせていない。CBは業務上親切に接してくれているが、彼以外のクルーとはまだ一度も会っていないのだ。命を救ってくれた相手とはいえ、一人でゆっくり食事をする方が何倍だって良いに決まっている。

 

「アイザックさん。これは船長の命令なんです。出席した方があなたの為ですよ」


 CBの目は、いつも以上に冷ややかだ。俺に有無を言わせない物言いに、思わず息をのんだ。どうやら、俺の命運はこの船の船長に握られているらしい。彼は、船長は何者なのだろう。


「じゃ、決まり。また迎えに来ます」


 俺が返答を言い淀んでいると、CBは勝手に参加を決めてしまった。彼にも、なかなか強引な一面があるようだ。それとも、船長と呼ばれている人物が彼をそうさせているのだろうか。どちらにせよ、気の進まない宴会に参加させられるのは中々に憂鬱なものである。考えていても仕方がないので、夜が来るまで、CBが持ってきてくれた本を読んで暇を潰すのであった。



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