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名状し難きクルーズ事故

『我々にとっては太古の昔ですが――原始ヒューマノイド暦1961年、初めてヒューマノイドが宇宙への進出を果たしました。初めて宇宙を飛んだとされるのは、地球という星にあった、とある国のユーリ・ガガーリン。彼は言いました。"地球は青かった。"……今では想像し難いことですけれど、ヒューマノイドの根源たる母なる星"地球"は青かったのです。植物と水に溢れた生命豊かな星、地球。人口増加に伴う汚染が深刻になって以降、人類は新たな居場所を求めて、宇宙に地球を模したプラントをいくつも作りました。地球に残った希少な生き物の遺伝子をコピーし、ほぼ地球同然の環境を宇宙の各地で再現することに成功したのです。その結果、プラントの方が重要な拠点となっていきました。地球が宇宙連盟から完全に遺棄宣言を出されたのは、(新)ヒューマノイド歴2043年の頃です。人類は、プラントからさらに多くの星に旅をして、次々と星を開拓していったのです。我々アンドロメダ運輸も、人類の宇宙進出に多大な貢献をしてまいりました。……さて、この度はアンドロメダ運輸の豪華クルーズモニターにご参加頂き誠に有難うございます。銀河系から、アンドロメダ銀河まで、見どころ満載の快適な宇宙の旅を引き続きお楽しみください。』


  放送終了のチャイムが船内ラウンジに響き渡る。毎日2回流れるこの船内放送も、最早聞き飽きた。航海8日目の今日で既に暗唱できそうである。

 

「見どころ満載ねぇ」


 そう言うとリュウは物憂げに小さな窓の外を眺めた。俺も彼の真似をして遠くで光る星々の光を眺めながら彼の次の言葉を待った。


「どこに行っても、どこに行っても、おんなじ景色だ。何が豪華クルーズだよ。もっと派手なモンが見られると思っていたのにな」


 うんざりだ、とリュウは付け足した。

 

「まぁいいじゃねーの。ほら、一昨日見た彗星は良かっただろ?滅多に見られるものじゃないぞ。それに……俺たちが格安でこんな立派な宇宙船に乗れるなんて、普通は考えられない。清潔で、温度も一定に保たれているし、飯だって3食出る。天国だ。……だろ?」


 俺の言葉に偽りは無い。実際、あんなに彗星に近づいたのは初めてだったし、あの時は俺も、リュウも感動していた。船の環境だって、ルルイェ星と比べるまでもなく快適で満足している。


「天国ってもっと良いところだと思っていたよ。飽きちまった。今まで立ち寄った星もパッとしなかったし。もっと、劇的な何かが起こると思っていたんだ。……ルルイェと違ってさ」


「しっ!」


 リュウの口を抑え、慌ててあたりを見渡す。誰かに聞き耳を立てられていなかったか?周囲を見渡す。あっちの家族連れも、こっちのカップルも、自分たちには目も暮れず各々の世界に浸っているようだ。――誰も、俺たちのことを見ていない。そのように確信ができてようやくリュウの口をふさぐ手をどかした。


「……星の名前を出すのはよそう」


「気にし過ぎだ、アイザック」


「リュウが気にしなさすぎなんだ!俺たちがあそこの出身だとバレてみろよ。大顰蹙を買うぞ。最悪、宇宙船から追い出されるかもしれない」


「……分かった分かった。……お前が心配性なのは分かってるよ。黙っとくって」

 

 本当に分かってくれたのだろうかと半信半疑でリュウを見やる。きっと怒った俺を宥めるために仕方なく分かったフリをして見せたに違いない。――しかし、これ以上この話題に触れるのは良くないと思って、無理やり話題を変えた。


「……目的の星まで、あと何日?」


「順調にいけば……10日かな」



 10日。この宇宙船という檻の中ではあまりにも長く感じる時間であった。ジムだって、シアターだって、遊戯場だってもう通い詰めてしまった。惰眠をむさぼり、2人で快楽に溺れるのだって飽きてきそうな程、日々何をして過ごそうか困っているというのに。

 ルルイェ星で生活をしていたころは日々労働に追われて生きていた。あれ程欲していた自由な時間が、こんなにも持て余すことになろうとはつゆにも思わなかったのである。(過去の自分が知ったら、きっと怒りだすだろう)従って、10日という永遠にも似た時間をどう消費しようか思いを馳せていた時であった。――突如、船内にけたたましく緊急警報が鳴り響く。ラウンジ内の家族連れの子供が驚いて泣き出してしまい、余計に騒々しくなった。


「なんだろう?」

 

 警報のボリュームが小さくなり、船内放送が続いた。


緊急事態発生(エマージェンシー)緊急事態発生(エマージェンシー)。ご乗船の皆様にご案内申し上げます。落ち着いてお聞きください。現在、当船の衝突回避システムの予測によりますと、85%の確率で謎の飛翔物体と接触する可能性がございます。旋回による回避行動をとっておりますが、念のために宇宙服のご着用をお願い致します。また、安全な場所に移動し、固定ベルトや安全バーにしっかりおつかまり頂きますようお願い申し上げます――」


 リュウと二人、顔を見合わせる。


「大変なことになったな。ホット・ジュピターか?」


「さぁ。隕石かデブリかもしれない。最近、デブリと宇宙船が衝突する事故が頻発しているってラジオで聞いたよ。宇宙も狭くなったもんだな」


 警報は繰り返し鳴っているのにどこか他人事のように感じる。これが正常性バイアスというものなのだろう。ほかの乗客たちも、どこか緊張感無く「怖いわねぇ」などのたまっていた。

 程なくしてスタッフのアンドロイドが宇宙服を配布しに来た。宇宙服を貰い、着用する。最近の大衆向けの宇宙服は優秀で、真空や宇宙空間の極寒にも堪えられるようになっていて、内部に空気の層を作り、ボディプロテクトの役目を果たすのだ。

 宇宙服を着終わって、あたりをぼーっと見ていると、窓の外を見ていた若い女性が大声で何かを叫びだした。

 

「ねぇ、何かが飛んでくるわよ!ああ!窓に!窓に!」


 彼女の見ていた方角を慌てて見ると、何かが燃えながら凄まじい速さでこの船に飛来しているではないか。

 「衝撃に備えて!」とリュウが叫ぶ。次の瞬間、天地がひっくり返るような、宇宙船を凄まじい衝撃が襲った。悲鳴があちこちから発せられる。テーブルの上の食事が飛び散り、椅子から人が転げ落ち、乗客たちは皆パニック状態になって逃げまどっている。衝撃で船体に穴が開いたのか、宇宙服を着るのが間に合わなかった人は、酸素供給が上手くできなくなったようで苦しそうに悶えている。

 ――程なくして船内がガクンと暗くなった。宇宙の漆黒の闇の中、赤い非常灯だけが不気味に船内を照らしだした。


「アイザック……無事か?」


「あぁ、なんとか!」


 ひとまず、お互いの無事を確認した。転んでしまったが、大したことはない。


「船から脱出しよう」


「どうやって?」


「脱出ポッドを探そう。こういう船には大抵あるもんだ」


 掲示された館内マップを見ながら、俺達は非常口へ走った。他の乗客も同じ事を思ったようで、脱出口には何組かの乗客が集まっていた。


「順番にご案内します!皆様、慌てず落ち着いて!列になってお待ちください。繰り返します……」


 スタッフの指示のもと、脱出ポッドに順番に入っていく。定員は30名。小型宇宙観光船程度のサイズである。早めに並んでいたおかげで、リュウと離れることもなく乗ることができた。席にも座ることができて、リュウと2人して胸を撫で下ろす。

 一息ついたところで、事故の重大さよりも今後の自分たちの行く末のほうの不安が勝った。せっかく2人でユートピアを求めて乗り込んだクルーズ船がこんなことになるなんて、受け入れ難い。神はなんと残酷なことだろう――もし救助されたら自分たちはルルイェ星に送り戻されてしまうのだろうか?いやだ、それだけは嫌だ。あの地獄に戻るなんて!


「いいですか、みなさん。落ち着いて聞いてください。この脱出ポッドは救難信号を発信します。宇宙救助隊が来るまでの辛抱ですから、協力して過ごしてください。……では、グッドラック」


 スタッフの青年はそう言うと扉を閉めた。そして、地面のコンベアーが動き出し、エアロックのシャッターがゆっくりと開いていく。待ち受けるのは宇宙の闇。シャッターが開き切ると、脱出ポッドは一気に加速し、宇宙空間に放出された。乗客を乗せた脱出ポッドは、ゆっくりと水平方向に回転しながら段々と船から遠ざかっていく。


「ねぇ、見て!……あぁ、私たちの船が……」


 アイザックは目を疑った。つい先程まで乗っていた宇宙船が、巨大な黒い炎に包まれている。


「なんだ、あれ……?」


 酸素の無い宇宙空間で、炎が上がることはあり得ない。にも関わらず、まるで生き物のようにうねる炎は次第に人の手の形へと変わり、宇宙船を鷲掴んで真っ2つにへし折った。折られた裂け目から、逃げ遅れた人や瓦礫が宇宙空間に放り出され、黒い炎に一瞬にして焼かれるのが見えた。


「あぁ、なんてこと……!」

 

 一緒に旅行を楽しんでいた乗客やスタッフが、まだあの船に沢山取り残されている。あまりの出来事に、脱出ポッド内は悲痛な空気に包まれていた。女性が咽び泣き、子供も訳が分からず泣いている。誰も彼らを宥めることもできず、ただ茫然としていた。俺は、ふと、自分の後ろに5歳くらいの男の子が宇宙服を着ずに乗っていることに気が付いた。だが、近くに親らしい存在が見当たらない。一人で不安だろう。――そう思った俺は少年に話しかけた。


「君。大丈夫?親はいないのかい?」


「ふんぐるい むぐるうなふ くとぅぐあ!」


「……知らない言語だな。リュウ、何て言っているか分かる?」


「ほまるはうと うがぁ ぐぁあ なふる たぐん! いあ! くとぅぐあ!」


「さっぱりだ。……困ったな。両親とはぐれたのかもしれないな……」


 あの騒ぎの中ではぐれてしまったのだとしたら、きっと両親はまだクルーズ船の中だ。あの燃える船を見るに、両親との再会は絶望的だろう。俺とリュウは目を合わせて、1つの決心をした。――この少年を守るのだ。言語が通じない、知らない星の民族だとしても、子供を守るのは大人の役割なのだから。それに、きっと。俺たちに子供がいたら、大事に育てたいと思っていたところだったのだ――


「なぁ、君。俺達といよう。なに、大丈夫さ。じきに宇宙救助隊が駆けつけるよ」


「いあ?」


 肩を叩いて少年を励ます。俺が何を言っているか、きっと彼には分らないだろう。でも、それで良いのだ。――俺たちが一種の使命感を感じていると、窓の外を見ろと誰かが叫んだ。

 

「船の一部が飛んでくる!このままじゃ俺達もやられるぞ!」


 こちらに向かって、巨大な破片が飛来している。ゆっくりだが確実にこの脱出ポッドに近づいてきているようだ。――あの大きさの破片がぶつかると、この小さく脆い機体ではひとたまりもないだろう。


「リュウ!」


 少年を後ろの席から抱き上げ、リュウと2人で、間に男の子を挟んだ。そして彼を庇うように身をかがめて、衝撃に備える。せめて前途ある少年だけでも助かってくれないだろうか。

 身構えていると、数秒後、凄まじい衝撃と共に脱出ポッドはいとも容易く粉砕された。ぱっかりと空いた穴から、乗客全員は宇宙空間に放り出されたのである。周囲には宇宙船の破片があちこちに漂っており、あらゆるものを傷つけながら飛散している。

 ――避けることができない。俺達3人に向かって、大きな鉄塊が真正面から激突してきた。あまりの質量に身体中の骨がミシミシと音を立てたのが分かった。

 

 ――……視界が霞む。

 あの少年は、リュウは、無事だろうか。

 あるいは、死んでもリュウと2人一緒ならいいかもしれない。

 ……手を繋ごう。せめて、離れ離れにならないように。


 俺たちは生きているのか死んでいるのか分からないまま、暗い宇宙を漂っていった。

 意識が途絶える直前に、手のひらに感じる感触を確かめる。

 ……リュウの手って……こんなに小さかったっけ?


 朧げにそんなことを思った気がする。俺は眠るように意識を手放した。

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