救い
ちょっといかがわしい表現があります
カツーン……カツーン。革靴の音が廊下にこだましている。だんだん近づいてきたその音は、この部屋の前でカツン、と止まった。ぷしゅ、とドアが開くと現れたのはシドだった。
「……アハルテケ?」
「おっ。船長」
シドは体液にまみれ、変わり果てた俺の姿を見て眉を顰めた。
「……あぁは言ったがここまでして良いとは言っていないぞ」
「どこまでしていいか言われていないからな」
軽口を叩くアハルテケに呆れながら、シドは俺の腕を吊し上げていた鎖と手錠を外していく。ずっと吊り上げられていたせいで、両手の感覚がほとんど無くなってしまっていた。それに、強い力で締められていたせいで手首には青紫色の痕がついてしまった。
「アイザック。行こう」
「う……」
汚れた身体を、シドの上着で包んで抱き抱えられる。久しぶりに感じた、誰かの体温の温もりに、思わず目の前が滲んだ。そのまま、彼に揺られて向かったのは大浴場だった。準備中の札がかかっているのにも関わらず、シドは中へとズンズン進んでいく。俺をバスチェアに座らせると、シドはズボンの裾とシャツの袖を捲り、自ら俺の体を湯で流し始めた。優しく泡立てられたソープが、傷に染みた。
「…………勝手に彷徨いてはだめだろう」
「……もう、殺してくれ」
排水溝に吸い込まれていく、血と泡の混合物をぼーっと眺めながら呟いた。シドは、体を洗いながら俺の恨み言を黙って聞いていた。
「……なんで俺だけ拾ったんだ……」
「……おまえが欲しかったんだ。肉体だけでなく、心から。傷だらけのおまえを一目見た時に私はどうしようもない所持欲と独占欲に駆られたのだよ。君が美しかったからだ。……それだけでは理由は足りないかね?」
美しかったから?……たったそれだけ?
この男の偶然、いや、気まぐれで俺は碌でもない目に遭っているのか?その言葉を聞いて、俺はどうしようもない気持ちになっていた。怒りとも、情けなさとも言い難い。
「……ゆっくり湯船で温まると良い。あとでCBをよこそう。あいつはいい腕をしているから、きっとその傷も綺麗に直してくれるだろうよ」
そう言って、俺を湯船に静かに沈めるとシドは浴場から出ていった。1人になった俺は、枯れるまで侘しく涙を流した。
「…………リュウ……」
リュウを呼ぶ声が、かすかに浴場に反響する。――届くわけが、無いのに。
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どれくらい時間が経っただろう。扉をノックする声が聞こえて顔を上げると、CBがこちらを見ていた。いつもの無表情が、わずかに歪んでいる。
「……着替えを持ってきました」
「…………ありがとう」
俺はCBの助けを借りて、浴槽から立ち上がった。ふらつく身体を支えられ、脱衣所へと向かう。
体を拭かれ、服を着せられて、まるでされるがままの人形のようだ。それから、俺は浮遊車椅子に乗せられて、あの白い無機質な部屋へ連れ戻されたのであった。




