プロローグ
温かなまどろみの中、ガシャガシャと金属が擦れ合う耳障りな音が、遠くで聞こえて目が覚めた。あの音には聞き覚えがある。おそらく、産業廃棄の業者が旧型アンドロイドの亡骸を不法投棄しているのだろう。
――アンドロイドの進化は目覚ましく、息つく間もなく次々と新型のアンドロイドが開発されていく。その一方で、新しい型番が発表される度に、過去に生産されたアンドロイドたちは途端に型落ち品となり、価値があっという間に下がっていってしまう。2年前に造られたアンドロイドが、今日にはスクラップの山に並べられる始末だ。
俺はそっとベッドを抜け出した。スリッパ越しに、フローリングの冷たさが染み入った。なるべく足音を立てないようにそっと窓に近寄って、カーテンをめくる。北の荒野によくよく目を凝らすと、やはり宇宙貨物船と思しき船が滞空していた。ぱっかりと空いた、船の搬入口からボトボトと人影たちが投下されており、砂埃を舞い上げながらガラクタの山を築いている。服すら着せてもらえなくなったアンドロイドたちが、投下された衝撃で四肢がバラバラになっていく光景は思わず目を逸らしてしまいたくなる。実際、初めてその光景を目にしたとき、子供だった俺は見てはいけないものを見てしまったようなショックを受けて、その場から逃げ出した。そして母に怖いものを見たと泣きついたのを覚えている。しかし、今となっては冷静にその光景を眺め続けることができるようになった。慣れとは、恐ろしいものである。それに、彼らアンドロイドに対して「痛みの共感」をすることはお門違いなのだと学んだからだ。彼らは神経を持っていないために痛みを感じることはない。それに、エモーションシステムを停止させられているのだから、悲しみや恐怖といった感情を感じることができないのだ。だから、彼らは完全に人の形をした鉄屑に過ぎない。哀れなことに彼らはただの鉄の塊と成り下がってしまったと言うわけだ。
彼らには神経も感情もない。痛みも、悲しみもない。――ただの鉄の塊だ。けれど、かつてはヒューマノイドのに寄り添い、ともに生活を営む友人のような存在だったのだ。そんな彼らが、裸でゴミ山に投げ捨てられていく光景を、俺はあろうことか見慣れてしまっていた。
視線を宇宙貨物船に移すと、機体には原始ヒューマノイドの未来を照らしたとされる、偉大なる女神をモチーフとしたロゴマークがあしらわれている。 ――あれはアルテミス社の機体だ。採掘場に立派な幟が掲げられているのを見た事があるから間違いない。有名大企業様は最早、不法投棄という悪行を隠すつもりはないらしい。それはこのルルイェ星が宇宙法から遠ざけられた亡き星とされているからだろう。この星の行く末を気にしてくれる者など、どこにも居ない。この星に住む我々ですら、この状況にただ落胆するだけで、星の未来を明るくすることを諦めてしまっているのだ。
――俺は、鉄屑の山が大きくなるのを眺めながら明日の労働の事を考えた。ボスは新しく出来たあのジャンク山に行くよう、俺に命令を下すだろう。そして利用価値があるパーツやレアメタルが使われた希少部位を回収させるのだ。あのジャンク山の大きさだ。回収所と北の荒野の間を何往復もさせるに違いない。本来ならば、そんな肉体労働はアンドロイドが請け負うようなタスクである。快適な場所でアンドロイドを使役するのが現代のヒューマノイドの労働の基本的スタイルだというのに、時代に取り残されたルルイェ星ではアンドロイドすら雇うことができない。もっとも、この星にアンドロイドを使役できるだけの経済力や技術力など無いのであるが、それでも俺の代わりに、従順な彼らが働いてくれたらどれだけ良いだろうなどという夢を見てしまう。あぁ。ボスはいつか従順なアンドロイドを導入してくれないものだろうか。
明日はまたクタクタになるまで働くことになるだろう。明日の天候は「吹き荒れる砂嵐ときどき電磁波」。――あぁ、憂鬱だ。
ふと、思い出したかのように壁掛けのカレンダーを見る。3日後の日付に赤い丸印。クルーズ船の出発日である。
クルーズに行くことは、友人はおろか、会社の誰にも言っていない。ボスが俺の休暇を許すはずが無いし、同僚にだって妬まれる。唯一話したのは、母親だ。俺がリュウとこの星を去ると伝えると、寂しげに笑って、行きなさいと言ってくれた。
このクルーズは人生を変えるための大事な手段だ。――俺は恋人と共に、すべてを捨ててクルーズ船に乗ってユートピアを捜しに行くのだ。そして、平和で豊かな星にひっそりと降り立ち、その星で暮らす計画だ。無論、宇宙法でいう密航にあたるため、秘密の計画だ。ビザだって合法なものではない。しかしそうでもしないと、俺たちは幸せになることはできない。そんな気がしていたのだ。
「――アイザック?」
ベッドの中で眠っていたリュウが俺の不在に気がついたようだ。温もりを求めて、空になったシーツをまさぐっている。俺は静かにベッドに潜り込んだ。俺を見つけると、リュウは腕を回して抱きしめた。冷えた身体が彼の体温で温められて心地よい。薄く開かれた俺と同じ緑色の瞳が、ふわりと俺を捉える。ルルイェ人の特徴であるこの緑色の瞳は、愛しいのに憎らしい――。
外惑星では、緑色の目というだけで、ルルイェ人だと虐められると聞いた。――ルルイェ人は、暴力的な発作を起こすからと差別を受けている。ヒトの形をした生物はすべて、原始ヒューマノイドから分岐した兄弟のはずなのに、何故ルルイェ星のヒューマノイドは虐げられるのだろうか。見た目はおおよそ同じで、喋る言語も同じ言葉だというのに。
――そんな無粋なことを思いながらリュウの寝顔を眺める。いい年した男だというのに、彼はまるでいたいけな子供のようだ。そっと瞼に唇を重ね、俺も再び微睡の中へ意識を沈めることにした。
――いくら宇宙で嫌われていても構わない。リュウと布団で二人微睡むこの瞬間だけが、俺にはこの上ない幸福だった。
夜明けは近い。もう少しだけ、眠るとしよう。