〜拝啓、27歳のキミへ〜
お題:「その手紙は、“届いたことのない返事”だった。」
―――そのひとは言った。
珍しく落ち着いた口調で、ガラにもなく寂しそうな顔で、今にも泣きそうな声で、私に、そう言ったんだ。
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三年前のあの日―――、私はセンパイに初めて会った。
「今日からここで働くことになりました、よろしくお願いします」
半年前、過重労働で体を壊して退職。退院したのが2ヶ月前―――。
大した貯金もない、実家は個人経営の町工場、奨学金の返済―――、などなどの理由から働くことを余儀なくされた私は改めて再就職を果たし、この場に立っている。
主婦らしき方が一人、少し年配の男性が一人、私より若そうな女の子が一人、明るそうな男性が一人―――と、ありふれた中小企業といった感じだ。
「彼がキミの教育係、色々と教わってね」
少し緊張しながら出社した訳だが、仰々しい挨拶などもなく軽い紹介だけで済んだのは一安心といったところだ。
課長さんに促され、明るそうな男性が軽く会釈する。
「よろしくお願いしますね、佐藤さん」
「こちらこそ分からないことだらけでご迷惑をおかけするかもしれませんがよろしくお願いします」
真冬なのに暖房をつけているのかすら怪しいくらいに寒い事務所で超長時間労働の日々を思えば、張り詰めた緊張感もなく人も室内も暖かい働き口にありつけて幸せである。
このメンバーの他には外勤されてる方達が12人ほどいらっしゃるらしいのだが、戻るのは夕方とのことらしい。
一通りを教わりながら、少し落ち着いたところでセンパイが言った。
「佐藤さん、手際がいいね。前職も事務系?」
「はい、エクセルなんかは扱ってましたから。
セルに何かを打ち込んだりする程度ですけど……」
「あたま、いいんだねぇ〜」
ごく自然にチョコをぽりぽりとかじりながら感心したような声をあげるセンパイに「モノを食べながら業務してていいんですか?」と目で尋ねつつ、答える。
「いや、頭良くはないですよ? 良かったら過労で倒れるまで働いてません」
「考え方に柔軟性がある。それによく見てるし論理的だね、とても」
「え?」
センパイは引き出しからチョコボールの箱を取り出して私に手渡すと、椅子に腰かけて笑った。
「おれ、ピーナツ派なんだよねぇ〜」
「いやいやいやいやいやいやいや!」
「佐藤さんはキャラメル派だった? 食べたそうにしてたから……」
「そういうことじゃありませんから! 勤務中にお菓子を食べてていいのかってことですよ!」
「食べていいよ、あげる」
どこか掴みどころのセイパイは私が開けた箱をじーっと見つめ、少年のように目を輝かせる。
「あ、銀のエンゼル!」
「わたし、初めて見ました。
もしかして、センパイ、集めてるんですか?」
「そーなんだよ、集めてるの」
箱のベロをぴりぴりと破いて彼に手渡すと、センパイは引き出しを開けてポチ袋の中に入ってる銀のエンゼル達を机に並べて数え始めた。
「いち、に、さん…これで10枚だ!!」
「えぇ!? そんなに集まってるんですか!!」
センパイは10枚揃った銀のエンゼルをポケットに押し込んで意味深な笑顔でこちらを見やった。
「いや、まだまだ足りないくらいだよ?」
その笑顔の意味を知るのはもう少しあとだった。
夕方になって外勤の人達が帰ってきて挨拶をして定時になった。帰り支度をしている私の横でセンパイはまだ仕事をしていた。
「センパイ、帰らなくていいんですか?」
「ん、もちょっとね〜もう終わるよ〜」
と思ったら、定時を2〜3分過ぎた辺りでセンパイは急に立ち上がると走りながら駐車場に向かった。
「ヤバいヤバい、忘れてた! 中田さん帰っちゃう!」
飛び出した彼の後を追いかけると、センパイは中田さんっていう人を呼び止めて談笑していた。
「お疲れ様でした、中田さん」
「おう!お疲れ様!」
「これ、あげます。来月、息子さん誕生日でしょ?
お兄ちゃんの分だけだとケンカになっちゃうから妹さんの分もありますから!」
そう言ってセンパイはポケットから例のポチ袋を取り出して中田さんに渡す。
「お前、よくこんなに集めたな! いいのか、もらって?」
「いいんです、集めるのが趣味なんです。集まったら誰かにあげる方が喜んでもらえるでしょ?」
「変わってんなぁ、お前〜」
そんなセンパイと中田さんの笑顔がとても眩しく映った。
それから数ヶ月後、私はふとした時にそのことを思い出した。少し騒がしい金曜日夜の居酒屋だった。
「センパイ、どうしてエンゼル集めてるんですか?」
「ん? ああ、自分が子供の時に親の上司からもらったことがあるんだよ。それが嬉しくてね、大人になったらそう在ろうと思っただけのことさ」
センパイはウーロン茶を飲みながら餃子を食べて当たり前のような話をするかのようにそう語った。
それからまた数ヶ月、私はセンパイにほんのりとした恋心みたいなものを抱いていることに気が付いた。
お喋りで勤務態度は不真面目で人にはさっさと帰れとか言うのに自分は誰かのやり残しを片付けてから帰ってくセンパイを支えたいと思っていた。
誰かに認められるっていうのをすごく嫌う人で、苦労をまったく表に出さずにずっと誰かを支えてる…そんなセンパイに私は憧れにも似た恋をした。
うっかり屋さんで人のことになれば真面目になって、私が間違えれば本気でちゃんと叱ってくれるそんな優しいセンパイが好きだ。
ある日、私は帰りが一緒になったセンパイを呼び止めた。
「センパイ、ちょっとお話したいことがあります……お時間ありますか?」
「ん?なんかあった? もしかしてこの前の仕事の件? あれのことなら気にしなくていいよ、あの会社ちょっと怒りっぽいとこだからさ! 大体一回目はみんな怒られるんだって、佐藤さんのせいじゃないよ」
「その節はご迷惑をおかけし――、いや違いますっ!!」
「じゃあ、彼氏のことで相談とか? そういうのは範囲外なので別の人に――」
困ったように慌てるセンパイに一歩近付いて私は勇気を出して言った。
「分かってるなら茶化さないで下さい、私は本気です」
「まいったな……こりゃあ……」
辺りがいつもより静かな気がした。心臓が破裂しそうなくらい痛み、私は思わず胸を押さえる。
センパイは心配そうに覗き込んで「大丈夫?」と優しく声をかけてくれる。
「どうして、センパイは自分のことになると弱気になるんですか? 私はセンパイのこと、尊敬してます」
「弱気? あー、違う違う。俺は優しくもないし尊敬されるような人間じゃない、だからどうしていいか分かんないんだよ…こういうのはさ……」
胸を押さえたまま、言葉を振り絞った。
口にしたらもう引き返せない、届かない…そう思っても言ってしまった。
「私は本気です、本気でセンパイのこと好きです」
時が止まったような気がした。
とてつもなく長くて、でも多分一瞬で―――分かり切った答えが返ってきた。
「佐藤さん、それは勘違いってやつだよ。まだ一緒にして数ヶ月だろ? そのうち本当の俺に気が付くよ、やめときなって」
「それでもいいです、それでもいいんです」
「あのね、誤解されたくないからちゃんと言うけどさ。俺ってたぶんほとんどの人に嫌われてるよ?
佐藤さん、ちゃんとしてるからさ。俺みたいなヤツと付き合っちゃダメだって」
「そんなこと言わないでください。そんなことありません、センパイを悪く言う人なんていませんよ」
センパイは困り果てたように頭をかくと少しため息を吐いた。
「真面目な話をすると、キミだから"いいよ"って言えない。
キミが俺のことを慕ってくれてるのも気が付いてたよ?
だからこそ不真面目な自分じゃキミの気持ちに応えてあげることはできないって思ってる、ごめんね」
「わか、り…ました……困らせてごめんなさい……」
その日のことはそこから先はちゃんと覚えてない。
ただただ辛くて苦しくて、これ以上困らせたくなくて必死に泣くのを堪えてたことだけは覚えてる。
それからまた数ヶ月―――、センパイは突然この世を去ってしまった。
信号待ちをしている時に飛び出そうとした子供を止めて自分が轢かれてしまったと聞いた。
救急車で運ばれて緊急手術を受けたけど血を流しすぎて間に合わなかったらしい。
月曜日の朝、みんなでそれを聞いた。
誰も何も言えなかった。
お別れをして数日が過ぎたころ、会社に連絡があった。
「佐藤さんって人はアナタね?」
優しそうな人が出迎えてくれた、センパイのお母さんだった。
「はい、職場で一緒だった佐藤です」
「いつもあの子から話は聞いてたわ、とてもいい子が会社に来てくれたって」
「いえ、私はいつもお世話になりっぱなしで……」
「……とりあえず上がってちょうだい、こんなところで立ち話はなんでしょ?」
お線香を上げさせてもらい、リビングに座らせてもらってお茶をいただきながら少しだけセンパイの話をさせてもらった。
「少し待ってて」
お母さんは何か難しい顔をして席を外すとすぐに戻ってきてある物を机の上に置いた。
「……おもちゃのカンヅメ」
「そう、おもちゃのカンヅメ…その感じならこれが何かは知ってるようね?」
「はい、センパイがとても大切にしてい…た……」
お母さんはソレを私の前に差し出し、優しく微笑んだ。
「これをアナタに…あの子からの伝言よ……」
「―――え?」
「昨日、あの子の部屋を整理したらメモを見つけたわ。自分が渡せる時が来たらこれを"佐藤さん"に渡すって…話をしてアナタになら渡してもいいって思ったの、受け取ってくれるかしら?」
「いえ、そんな私なんかが……」
「受け取ってちょうだい」
ボロボロの、普通の人が見たら粗大ゴミにしか見えない使い古されたおもちゃのカンヅメを抱えて私は泣いた。
「ごめんなさい、ごめんなさい……」
「泣いてくれてありがとう、きっとあの子も喜んでくれてるわ」
「本当に急で、私もどうしていいか分からなく、てぇ…」
「聞いてたとおりで素直でいい子なのね、アナタ」
ひとしきり泣いた後、すっかりオレンジ色になった空を一瞬だけ見上げた。飛行機雲が一直線にずっと先まで伸びていた。
「お邪魔しました、ありがとうございました」
「ああ、最後の伝言があったわ。
そのカンヅメ、3年後に開けて……私もなんのことかは分からないけど"30歳になったキミを驚かせたい"って書いてあったわ」
「分かりました、大切にさせてもらいます」
そして、今日が30歳の誕生日―――。
私は彼の遺したおもちゃのカンヅメをそっと開いた。
中にあったのは金のエンゼル、それと―――。
『拝啓、27歳のキミへ―――』
ーENDー
ハジメマシテなコンニチハ!
タカハラ リツキです!
今夜の短編3連発、締めの一作はいかかだったでしょうか?
「佐藤さん」と「センパイ」の恋のお話として描かせてもらいましたが、自分的には思ったより破壊力のある作品になったと思います笑笑笑←自画自賛(笑)
いちお、念の為に補足をさせていただきますとお題の「届かない返事」…これはミスリードです!
佐藤さんではなくて"センパイ"の気持ちなんです、これ!!
届かない返事をずっと送り続けてたセンパイの最後の手紙を佐藤さんが受け取るお話なんです!
ということで、ぜひまた読んでみてください(笑)
それでは、また次回〜 ノシ