008_ある魔族の少女の視点
「はあ、退屈だわ」
少女は小さくつぶやいた。眼前に広がるのは、コロシアムの白い砂地。陽光に照らされ、まぶしく輝くその中心には、魔王が悠然と立っていた。
その周囲を囲むようにして、人族の集団が並ぶ。まるで蟻のように小さく、無力に見える。
観客席の周囲には魔族たちがひしめき合い、口汚い言葉を次々と叫んでいた。少女はその罵声に顔をしかめ、またひとつため息を漏らす。
ロングスカートに包まれた足は、行儀悪く組まれている。膝の上に肘を乗せ、猫背になりながら頬杖をつく姿は、退屈を絵に描いたようだった。
燃えるような赤い瞳。同じ色をした髪は毛先でくるんとカールしている。一見すれば人族の少女のようだが、眉間には細く短い角が生えていた。
「早く終わらないかしら。もう見飽きたわ、この光景」
その言葉に、少女の横に立つ魔族の男が静かに応じた。
「ご辛抱ください、お嬢さま。もう少しの辛抱ですから」
男は階段側に立ち、燕尾服のような衣装に身を包んでいた。額には角があるが、半ばで折れており、根元だけがちょんと残っている。髪も瞳も少女と同じ赤。年齢は若く、少年のような顔立ちだ。腰にはサーベルが一振り。その姿は、少女の護衛であることを物語っていた。
「この余興も、もう一ヶ月もすれば終わりでしょう。お嬢様が来賓として呼ばれる数も、もうないでしょう」
そう諭す彼の言葉に、少女は無言で視線を落とした。
すると、今度は少女の右手側から声がかかった。
「お嬢、それよりも来賓の席に戻りましょうぜ」
声の主も燕尾服を着ていたが、瞳も髪も茶色い。ゴツゴツとした顔は、人族の基準からすれば醜く、背も異様に低い。観客席のベンチに座っても、地面に足が届かないほどだった。
「周りの奴らはうるさいし、頻繁に動きやがるし…これじゃあまともに警護なんてできないっす。ここで襲われて何かあっても、俺ら責任取れないっすよ」
「バカ。どんなシチュエーションであろうと、お嬢様を守る。当たり前のことだろう」
「出たよ、理想論。バカはお前のほうだろ。ちゃんと状況を見てからものを言えよ」
「なんだと!?」
「あんたたち、うっさいわね!」
赤髪の魔族の少女が苛立ちを隠さずに吐き捨てた。護衛たちの漫才じみたやりとりに、眉をひそめる。
「おっと、人族の最後の一人が降参したようだ。これにて、決・着!」
実況席に座る魔族の女性が叫ぶ。その声は覚醒魔術によって増幅され、コロシアム全体に響き渡った。
続いて、重々しいドラの音が三度鳴る。試合終了の合図だ。
砂地の中央に立っていた魔王は、何の興味も示すことなく、静かに観覧席へと戻っていった。
「さて、次の試合で最後です。皆様もお待たせしていたでしょう。次の人族たちは皆、罪人です。罪人たちにはふさわしい結末を」
魔族の女性の声が、冷酷な宣告を告げる。
「デスマッチです!私たち魔族の代表者が倒されれば人族側の勝利。一方、魔族側が人族を倒せば魔族の勝利。中途半端な結果はありません。どちらかが死ぬまで、戦い続けるんです」
観客席がざわめきに包まれる中、魔王が姿を消した場所から、細身のスーツ姿の男がゆっくりと現れた。
「ああ、今日戦う人族は運が悪いわね」
その姿を見届けた赤髪の少女は、つぶやいた。
「まあ、ただ、誰が出てこようと結果は同じだけどね」
叫び声を浴びながら、人族たちが入場してきた。隊列は乱れはなく、扇状に広がっていく。統率が取れており、何人かは明らかに戦闘経験を持っているように見えた。
「あれ、珍しいわね。後半組は罪人たちでしょ?こんなに人数が残っていて、しかも、統率も取れている。それに実力だって、良さそうなのが何人かいるじゃない」
少女の前の席で、黒髪の少女が立ち上がった。
その瞳は、コロシアムの砂地を踏みしめる一人の少年に注がれていた。
「なんで!? ブリッツ!?」
後ろで見ていた赤髪の少女は、くすりと笑う。
「…面白くなりそうね」
ブリッツたちの戦いが、今、始まろうとしていた。




