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007_決意

「リブロ・ビーバックの説得を任せてもいいかしら?あなたのお仲間でしょ?」

「…なぜそう思う?」

「あなたのその懐に入れてあるものが答えよ。いい演説だったけど、タイミングが良すぎるわ。彼もかなり戦えるわよ。…必ず仲間に引き入れて」

「…わかった」


 アテナは無意識に懐に隠したものの存在を確かめた。

 マリセは笑顔で話をつづけた。


「それから…ブリッツ君。あなたは何もしないでね。あなたの魔術は戦闘には役に立たないし、万が一あたしたちにそのヘンテコな術を当てられでもしたら、たまったもんじゃないわ。おとなしく後方でじっとしていて」

「ひどい言いようだな」

「当然でしょ?この子は罪人だもの。優しくする必要なんてないわ」

「なんだ、ブリッツも選ばれてここにいるんじゃないのか?」


 マリセは笑顔をブリッツに向けた。だが、その目はまったく笑っていなかった。


「違うわ。この子は本当に犯罪者よ。だって魔族の娘と話していたことが確認されているから」


 ブリッツの身体が緊張で強張る。


「ブリッツ・ベンデル。身元不明の魔族との接触した罪で逮捕。目撃者も複数いる。アテナさん、あなたと違って、この子は正真正銘の国家反逆罪よ」


……

………


「人族の国でもね、純血の魔族がいないわけではないのよ。だけど、ほんとに一握りだけ。この戦争の交渉役をしている外交官やその護衛、それから秘境に住む少数部族。どちらにしても、そのすべては国で動向を厳重に管理されていて、少しの距離を移動するだけでも国からの許可がいるわ」


 ブリッツは何も言わず、ただ視線を落とした。

 マリセは続ける。

 その声は冷たく、感情の起伏を一切見せなかった。


「話をしていた魔族の娘はこの国には一切情報がない存在よ。おそらく不法入国者。見つかれば、その娘も即逮捕。捕虜交換の格好の材料ね」

「あっ…!もしかして…その子は捕まってしまったんですか!?」

「…今は自分の心配をしたほうがいいんじゃないかしら。…新たな魔族を拘束した記録はなかったはず。まあ、私が逮捕される前だけど。…何?当たり前でしょ。罪人として偽るために、私たちも数日前から同じような境遇に立ってたのよ」


 伝えたいことはこれですべて、というようにマリセはくるりと背を向けた。


「私が確かめたかったのは、あなたが内通者かどうかってだけ。だけど、そんな感じじゃなさそうね。…ここであなたの罪を問うつもりはないわ。だから、あなたも私たちの邪魔だけはしないでね」


 そう言い残し、マリセは他の候補者の元へと歩み去っていった。

 

 その背を見送りながら、アテナは静かに息を吐いた。

 隣で、ブリッツがぽつりと口を開いた。


「…今の話は本当です」


 アテナが振り向くと、ブリッツは目を伏せたままうちあけた。


「ある魔族の方から亡命を誘われて…その誘いに乗りました。亡命の手引きをしてくれる人も別でいたんですが、その人が現れる前に衛兵たちが来ました」


 アテナは静かに頷いた。


「そうか…」

「…すいません」

「なぜ謝る?」

「…あなたとは違って、僕は本当に罪人です」


 その言葉に、アテナは目を細めた。


「何を言う。私も罪人だよ」

「違います。でも、だって…アテナさんは…」

「違わないよ。そうだな…違っているのは、この国だ…そうだろう?」


 アテナはまっすぐブリッツの方を見つめた。

 その瞳には、揺るぎない意志が宿っていた。


「いいかい。国を出ることだって、私のこの姿形だって、本来であれば何の罪にも問われないはずだ。誰にも迷惑をかけていない。誰かを傷つけたわけでもない。なのに、罪人として裁かれる。だから、間違っているのは――国の方なんだ」


 アテナの瞳はまっすぐに彼を見つめていた。


「ブリッツ、自分を見失うなよ。罪を背負ったからって、自分まで否定する必要はない。君が選んだことがすべて間違いだったとは限らない。誰かを信じたこと、誰かに心を開いたこと――それは、罪じゃない」


 ブリッツは目を伏せたまま、唇を噛みしめていた。

 だが、アテナの言葉は、彼の胸に静かに染み込んでいく。


「今日、生き残ることを考えるんだ。明日を選ぶために、今日を捨てるな。君自身が、自分の価値を決めるんだ」


 その言葉に、ブリッツはゆっくりと顔を上げた。

 彼の瞳には、わずかな光が戻っていた。


……

………



 マリセからの共闘の提案をリブロに伝えると、彼は肩をすくめてあっさりと頷いた。


「魔族を倒せるんだったら、誰とだって組むぜ」


 その言葉に、アテナとブリッツは安堵した。

 

 そして、ブリッツはリブロの前に出て、今度こそ自身の罪状を打ち明けた。

 

「なるほどな…要するにだ。お前も、男ってことだな」

「…え?」

「惚れちまったんだろ、その魔族の子に。いいじゃねえか。…なんだ、違うのか?」

「いや……まあ、違わない……です」


 リブロは豪快に笑った。


「そうだろうそうだろう。お前みてえな年頃の男は、そうじゃなきゃな。俺はお前のこと、前より好きになったぜ」

「……あ、ありがとうございます!」


 その温かさに、ブリッツの胸が少しだけ軽くなる。

 一方でアテナが冷静に水を差した。


「迎えは来なかったんだろう。裏切られたんじゃないのか」

「わかりません。…人族が乗った馬車を見て決行を見送ったのかもしれません。ただ、実際に迎えに来る予定だったのは誘ってくれた魔族の子じゃなくて、妹さんだったんです。今日、その子はコロシアムに来賓として招待されています。だから、もしかしたら、何かここで分かるかもしれません」

「なるほどな。惚れた女にいいところを見せるチャンスじゃねえか」

「待ってください。チャンスなんてことは……僕は医療系の魔術師なんです」

「なんだ?だったら闘いに最適じゃねえか?」


 リブロは当然、意図を組み取れない。


「リブロさん、僕の魔術は……便秘を解消する魔術なんです」

「…は?なんじゃそりゃ?そんな魔術あんのか?アテナ、聞いたことあるか?」

「…いや、私も初めてだ」


 ブリッツは少し顔を赤らめながら続けた。

 

「もともと僕は、王都の貴族の方々に、特に女性にその魔法を使うことで生活していました。でも、ある失敗が原因で王都にいられなくなってしまって……それで、辺境のミスラムの村まできたんです」

「…そうだったのか。お前、大変だったんだな」


 リブロは「よしっ!」と一つ頷くと、ブリッツにこう言った。


「ブリッツ。お前は馬車で一緒にいた嬢ちゃんを連れて、後ろにいてくれ。俺やアテナ、それからマリセって言ったか。あいつらと魔族をぶちのめしてやるからよ」


 リブロは拳を握りしめた。


「リブロ、お前、武器を持ってないが、何で闘うんだ?」

「武器なんかいらねえよ。俺はこの拳で戦う」

「……お前、もしかして魔闘家か?」

「よくわかんねえけどよ…そういえば、前にぶっ倒した憲兵も同じこと言ってたな」

「…憲兵とは言え、制服組を倒すほどの力…」

「ああ、本気を出せば壁ぐらいだったらぶっ壊せるぜ!」

「…確かに、有望だな」


 その時だった。コロシアムのほうから重々しいドラの音が三度、ゆっくりと鳴り響いた。


「…終わったか。1から50番はどうだったんだろうな」

「マリセの話からすると、あまり期待はできなさそうだがな。まあいいさ、覚悟はできている」


 リブロが先頭に立ち、ミレガーという男の前に並ぶ。アテナがその背に続き、ブリッツも小さなナイフを握りしめて、二人の背中を追った。


 戦いが始まる。

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