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005_同盟

 ブリッツたちの前にある重厚な扉が、軋む音を立てて開いた。


「そろそろ時間ですよ」

 

 現れたのは、痩せた魔族の男だった。

 

 人族の平均よりも頭ひとつ分は高い。タキシードを着ているが、胸元のボタンが開いていて、浅黒い肌が見えている。それから同じ色をした長い髪、その髪の間には、触覚のような黒く太い器官が木の枝のように走っている。顔立ちは人族に近く、細い目と柔らかな口元が、どこかヤサ男の印象を与えた。


「1番から50番の方々は、まもなく終了するようです。私はあなた方をステージ脇へご案内しますミレガーと申します。少しのお時間ではありますが、お付き合いを」


 誰もがその異様な男に従ってよいものかと迷った。

 ブリッツは背後を振り返る。腕を組んだ大柄な兵士は真っ直ぐ魔族の男を見つめていた。


「その魔人に従え」


 兵士の低い声が部屋の中に響き渡る。


「次の部屋には武器が置いてある。好きなものを選べ。粗悪なものは置いていないから安心しろ」


 魔族の男が微笑む。


「皆さんの手錠ですが、それ、私が作ったものです。ステージに上がる前にすべて外して差し上げます。私が手錠に触れれば術式が解除され、手錠自体も自動で外れる仕組みになっています」


 その言葉に、場の空気がわずかに緩んだ。

 当たり前だが、手がふさがった状態でで戦えるわけがない。


「よし、やってやろうじゃねえか!」


 リブロが両手を掲げて叫んだ。

 魔族を見るのは初めての者も多い。異形への恐れが胸を締めつけていたが、リブロの一声が皆の心に火を灯した。

 

「では、行きましょうか」 


 ミレガーと名乗った魔族の男はそう言うと、開かれた扉の向こうへと消えていく。

 その背を人族たちが静かに追っていく。


 ミレガーは歩きながら、ふとつぶやいた。


「へえ……これは珍しい」


 その声は誰にも届かないほど小さかった。


「確か、50番から100番は罪人のはず…。普段なら、ここにつく前に術式が作動して何人か死んでいたものでしたが…。指揮も高く、統率されている。今回はなにか違うかもしれない。楽しみです、ふふふ…」


 その言葉は、冷たい響きを持ちながらも少しばかりの興味に声が弾んでいた。

 


……

………


 廊下を抜けると、そこはまるで武器庫のような部屋だった。


 床は石畳に変わり、左右の壁には大小さまざまな武器が立てかけられている。剣、槍、斧、弓、鎧、盾、そして見慣れぬ形状の刃物や、魔術士向けの杖や触媒まで並んでいる。


 魔族の男が振り返り、淡々と告げる。


「この部屋にある武器なら、何を持って行っても構いません。ただし、時間制限があります」


 ミレガーの声は、石壁に反響して冷たく響いた。


「今現在、あなた方の同胞たちが魔王様と戦っています。3回ドラが鳴れば、その試合の終了を意味します。少し後に次のドラが鳴ります。そうしたらあなた方の出番です」


 部屋の後方で説明するミレガーの背には、木製の巨大な観音扉がそびえていた。

 その向こうからは、戦いの熱気と観客席からの歓声が漏れ聞こえてくる。

 人族たちの間に、緊張が走った。誰もが息を呑み、目を伏せる者もいた。


「後ろの兵士さんから聞いているかもしれませんが、あなた方が戦うのは魔王様ではありません。ある魔族のお方です」


 ミレガーは微笑んだが、その目には一切の温度がなかった。


「その魔族は、あなた方を殺しに参ります。ぜひとも、必死に抵抗してみてください。もし、あなた方がその魔族を倒せば――褒美として、あなた方の罪はすべて免除されます。そして、人族との一時的な停戦協定を結びましょう」


 一瞬、部屋の空気が揺れた。


「停戦期間は1ヶ月です。あなた方は英雄として凱旋できるかもしれません。頑張ってくださいね」


 そう言い終えると、男は一歩下がり、部屋の中央を空けた。


「それでは、武器を選んだ方から私に声をかけてください。手錠を外して差し上げます」


 その言葉を合図に、罪人たちは左右に散り、各々の武器を手に取り始めた。

 

 金属の擦れる音、柄を握る手の震え、誰かの浅い呼吸――すべてが、これから始まる死闘の前触れだった。

 

 武器庫の空気がざわめく中、ブリッツ達と一緒の馬車に乗っていたメル・リールだけは、何も手に取らず、まっすぐにミレガーの元へと歩み寄っていく。

 

 彼は眉をひそめた。


「……あれ? あなたは武器は必要ないんですか?」


 メルは立ち止まり、静かに答えた。


「いりません。手錠も、そのままでいいです」


 ミレガーは困ったように笑った。


「それはいけません。私の仕事が疑われてしまいます。すいませんが、手錠だけは外させてください」


 メルは特に抵抗することなく、か細い両手を前に差し出した。

 

 男がその手錠に触れると、金属が一瞬だけ光を放った。

 その光は、まるで命を移すように男の手へと流れ込み、拘束していた輪がパカッと開き、地に落ちる。


「はい、オッケーです。じゃあ、こちらに並んでもらえますか」

 

 メルは何も言わず、ただその指示に従った。

 その背中からは何も感じられず、せき込むときだけ、小さく背中が揺れる。

 ミレガーはその様子を興味深そうに眺めていた。


……

………


 一方、武器棚の前ではブリッツがまだ選びかねていた。

 そこへ、杖を握ったアテナが声をかける。


「ブリッツ、君は何を選んだんだ?」

「やっぱりアテナさんは魔術師だったんですね」

「ああ。だが君もだろう?」


 ブリッツは棚を見つめたまま、首を振った。


「ええ。だけど。僕の魔術には、杖も触媒もいらないんです。とはいっても、そもそも戦闘に役立つ魔術でもないんですけど…」


 アテナは少し目を細めた。


「杖や触媒がいらない…そんなことが…君は、どんな術が使えるんだ?」


 ブリッツは一拍置いて、真顔で答えた。


「便秘を治す魔法です」

「……は? 便秘?」

「そうです」


 沈黙。

 アテナは何か言いかけて、結局、何も言わずにそっと目を逸らした。


「僕の魔術は、対象が大便の漏らさせる魔術です」


 ブリッツが言うと、アテナは一瞬言葉を失った。


「そ、そうなのか……変わった魔術だな」

「確かに、僕以外に使っている人は見たことがありません」


 アテナにはブリッツが嘘をついているようには見えなかった。

 ブリッツは続ける。


「対象は人間でなくても構いません。虫でも、動物でも。排泄器官がある生物なら、何でも」


 アテナは眉をひそめたが、何も言わなかった。

 そこへ、先ほどの神官が静かに歩み寄ってくる。


「へえ、珍しいわね。口伝タイプの魔術師さんかしら。古い魔術師の家系かもしれないわね」


 アテナは神官に目を向け、警戒を露わにする。


「神官が、私たちに何の用だ」

「そんなに警戒しないで、ハーフの魔術師さん」


 “ハーフ”という言葉に、アテナの耳がピクリと動いた。

 だが、突っかかることはせず、ただ静かに怒りの色を浮かべた。


「…君はただの神官じゃないだろう。漂っている魔力の量は、魔術師のそれだ。さらに言えば、実践経験もある。足取りを見ればわかる」


 神官は微笑む。


「あなたもカカシタイプの魔術師ではないでしょう」

「まあ、この見た目をしていればな。トラブルはよくあることだ」

「そう。なるほどね。でも、その事実は、今の私にとっては好都合だわ」

「どういう意味だ?」


 ブリッツとアテナが同時に首をかしげる。


「私と――いえ、私たちと組まない?」


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