031_メルの出自
「よく魔族を撃退してくれた。改めて礼を言う」
次の日の朝。
謁見室で玉座に座った王が、ブリッツたちに謝辞を述べた。
王政の中心ということもあり、この空間はさすがに荘厳だった。
広い室内には大理石の床が広がり、その上には厚手の絨毯が敷かれている。
左右には机と同じ数の椅子が並び、どれも凝った装飾が施され、漆が塗られていて高級感を漂わせていた。
エレファントスはその椅子のひとつに腰掛けていた。
ちなみにハイネは今朝の馬車でコロシアムへ戻っている。
ブリッツは玉座を見上げた。
玉座は彼が膝をついている床よりも三段高い場所にあり、その背後には人族の国旗が掲げられている。
王も前日の簡素な貫頭衣ではなく、絹のローブをまとっていた。
胸元には金糸でクラウンと二対の剣が刺繍されており、それは背後の国旗と同じ人族のシンボルを示していた。
正装に着替えた王は前のめりになりながら、ブリッツたちの話に耳を傾ける。
話を終えると、王は立ち上がってよいと告げた。
ブリッツたちはゆっくりと立ち上がる。
「あの……メルさんは大丈夫なんですか?」
戦闘の後、眠りについたメルは兵士に抱えられ、どこかへ連れて行かれてしまった。
「あぁ、今は別の場所で休ませておる」
「王様よ、そろそろメルの事情を話してくれてもいいんじゃねぇか?」
頬を腫らしたリブロが王に問いかけた。
彼は治療を辞退して、この謁見室に来ていた。
「おいっリブロ、不敬だぞ。言葉遣いを気をつけろ」
「良い。それよりも……彼女の事情か」
王はしばらく考え込むと、頷いた。
「いいだろう。君たちには話を聞く権利がある」
「王よっ、いけません」
エレファントスが慌てて止める。
「エレファントス。後ろの兵を下がらせろ」
「ですが…」
「彼らはすでにこちら側の人間だ。情報は共有すべきだ」
「…承知いたしました」
しぶしぶうなずいたエレファントスが兵を下がらせる。
エレファントスが戻ってきた後で、王は重々しく口を開いた――。
「……メル・リールは先王と魔族の落とし子で、呪いは彼女の母親がかけたものだ」
…
……
………
その言葉に、皆は唖然とした表情で王を見つめた。
「順を追って話そう。それを知ったのは儂が王位についた後のことだ。愚兄が死んだことで儂が王位に就くことになり、防衛拠点としての価値を再度見極めるため、城内を見て回ったのだ。そして――あの子を見つけたのだ」
「ま、マジか……あいつ、王族だったのかよ……」
リブロが口をあんぐり開けて驚く。
皆も同様の表情を浮かべる中、アテナはいぶかしげな表情を浮かべた。
「……妙な言い方だな。見つけた、というのはどういうことなんだ?」
「アテナ……あなた、さっきリブロに言葉遣いを注意したばかりじゃない」
「あっ……すま……いえ、申し訳ございません」
「普段通りに話してくれて構わん。それに鋭い質問だ。……彼女は、王城地下の牢獄に拘禁されておったのだ。しかも、その場所は王城の地図には載っておらんかった」
「えっ、じゃあ、どうして見つけられたんですか?」
ブリッツが問いかける。
「当時彼女の世話をしていた女官がエレファントスに相談してきたのだ。儂らが城内を見て回るのを目撃して、その場所が露見すると思ったのだそうだ。ちなみにエレファントスのために言っておくが、その相談以前は彼もメルの存在を知らなかった」
「……私は先王には好かれていませんでしたからね」
「我々は女官の案内で地下の隠し扉を開けて中に入った。そこは牢獄で、鎖につながれたメルがおったのだ」
王は話を続ける。
「女官も詳しいことは聞かされていなかった。彼女の名前、年齢、そして発作が起きた時には例の丸薬を飲ませること――知っていたのはただそれだけだった。儂は兵に命じてすぐに錠を外し、彼女を介抱するように指示した。だが、彼女は近づく兵に恐怖を覚えたのだろう。急に咳をし始めて――傀儡を呼び出してしまった」
ブリッツたちが見た藁人形のことだろう。
「……儂のミスだ。多大な犠牲者を出してしまった……」
王は苦虫を嚙み潰すような表情を浮かべた。
「兵たちに気を取られた傀儡の隙をついて、女官が丸薬を飲ませたことでその場は何とか鎮圧できた。…君たちが昨日の夜、無事で本当に良かったよ」
「運が良かったんです。藁人形が狙ったのは僕たちではなく、カワズさんのほうでしたから」
「ブリッツ君の機転もすばらしかった。君が丸薬を飲ませてくれたから、被害が出ずに済んだ」
犠牲を払って、王はメルの調査に乗り出したのだった。
調査の結果、王が知れたのは次のことだった。
・彼女は先王の落とし子であること。
・母親は魔族であること。
・魔族の出自はわからず、おそらく奴隷市から買ってきたこと。
「よくわかったな。王のスキャンダルなんだろう?」
「この王都内に14人の愛人がおったからのう。もちろん、儂が把握できている範囲でだ。実際はもっと多いはずだ。彼女たちに金を握らせたら、すぐに情報が揃ったよ」
「出所なんてどうだっていいっ。メルの母親は今どうしてるんだっ?」
「…いらなくなったから処分したそうだ」
エレファントスが努めて冷静にそう言った。
皆の顔が暗くなる。
「…彼女の見た目は人族だ。正当な後継ぎとして考えてもいたのだろう」
「…ひでぇ話だ」
リブロが吐き捨てように呟く。
「…メルさんは?その話を知っているんですか?」
ブリッツの質問に王は首を振った。
「いや、伝えておらん。だが、彼女は父親が先王であることには薄々気付いておった」
「どこでわかったんだ。 誰かから伝えられたのか?」
「幼い頃に兄が会いに行ったのを覚えておった。そして、それを儂に伝えてきた。儂が言葉に詰まるのを見て確信に変わったのだろう」
「…なんで彼女の母親はメルに呪いをかけたんだ?」
アテナの問いに、王は母親の呪いの話を始めた。
「騒ぎの後、儂は宮廷魔術師や王都の専門家たちを呼んで、彼女の呪いについて意見を聞いた。そこで聖書の『悪魔憑き』の話が出たのだ」
「聖書の中で起こる良い奇跡は人族によるもの、災いは魔族の仕業。神官はみんなそうやって言うものね」
「布教のためにある程度方便を混ぜるのはよくある手法だ。儂もそこを否定するつもりはない。だが、今回の事象は事実のようだ」
リブロが険しい表情を浮かべる。
「そんなことあるのかよ……。実の娘に……そんなこと……!」
「専門家の話では呪いを『かけた』のではなく、『かけてしまった』のだ。おそらく、彼女を守るために。母親が専門知識もない状態でかけた魔術が、転じて呪いになってしまった」
「……そんな」
「……待てよ……いや……まさか……」
リブロは顔を下に向けて、ぶつぶつと呟いていた。
そして、顔を上げると、王とエレファントスに質問した。
「…メルをコロシアムへ出場させたのは誰だ?」
低い声でリブロは問いただす。
いつもと違う彼の声や表情に、皆が彼に視線を向けた。
「…私だよ」
エレファントスはリブロの顔を見つめて答えた。
リブロは黙ってエレファントスのほうに近づいていった。
「…王様よ。メルの部屋に聖書はあったか?」
「…?あっ、あぁ。聖書だけではないがな。教育のため、週に一回神官が読み聞かせたりもしてやっている。それがどうした?」
「…!」
リブロはその言葉を聞き、歩を速めた。
リブロはエレファントスの正面に相対した。
エレファントスは身構えるように椅子から立ち上がった。
「…エレファントス、メルがお前の誘いに乗った理由は何だと思う…?」
「…つっ罪の意識からだろう」
ーードゴッ!
その言葉を聞いた瞬間、リブロはエレファントスを殴り飛ばした。
「ぐぉっ!?」
エレファントスは殴られ、床に倒れ込んだ。
「リっリブロさん!?」
「おっ、おい!リブロ!?お前なにしてるんだ!?」
アテナとブリッツが慌てて駆け寄り、リブロを押さえ込む。
「…かなり手加減してやったぜ!今から俺が言うことがちゃんと聞こえるようにな!」
腕や体を掴まれながらもリブロは張り上げた。
「メルがお前の誘いに乗ったのはなっ!母親を探すため!!そうやって考えてやったことはっ!一度でも!ないのかよ!?」
皆が驚いて、リブロを見つめる。
彼は顔を真っ赤に怒らせながら、エレファントスを睨みつけている。
マリセがはっと目を見開く。
「も、もしかして…彼女の母親が魔族だって聖書を読んで気付いて……!」
「なんで気付いてやれなかったんだ…!」
顔を真っ赤にして拳は怒りでわなわなと震えている。
だが、瞳だけは悲しみに満ちていた。




