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003_コロシアムにて



 ブリッツ達が馬車から降りると、皆が目の前にそびえる巨大な建造物を見上げた。

 真正面には、人を飲み込むような巨大な門が口を開けており、その奥には闇が広がっている。


「お前たち、さっさと出ろ!」

「そこ、並べ!順番だ!」

「さっさと動け、罪人ども!」


 彼らの乗ってきたものと同じ馬車がいくつも並んでいた。それぞれの馬車から引きずり出される人族はみな手錠をかけられていた。


 兵士たちの怒号があちらこちらから飛び交う。怒声が空気を震わせ、ブリッツの耳に刺さる。兵士たちは苛立ちを隠すことなく、囚人たちを乱暴に誘導していた。


「ここは一体……」


 ブリッツは周囲を見渡した。リブロの顔は緊張にこわばり、何かを悟っているようだった。隣に立つ狐耳の女性も表情を硬くして沈黙を守っている。


 ただ、もう一人の痩身の少女は馬車にいた時と同じように咳をこぼしながらうつむいていた。


(転移術?とやらは名前からして僕たちを移送する魔術だろう。そんなものを使ってまで輸送する急ぎの用……そもそも僕は、王都の裁判所もしくは特別審問室に連れて行かれるんじゃなかったのか…)


 不安と疑念が胸を満たす中、ブリッツは答えを求めて、リブロ・ビーバックに声をかけた。


「リブロさん、ここは一体どこなんですか?」

「…そうか、お前は事情を知らないまま連れてこられたんだな。」

「おい、何をしゃべっている!お前たち、さっさと並べ!」


 質問は兵の怒号にさえぎられてしまった。

 ブリッツたちは兵たちによって一か所に集められると、ひときわ大柄な兵士が前に立って、大声で叫んだ。


「順番に点呼を取るぞ。呼ばれた者は前に来い!」


 だが、その点呼をする前にすでに叫ぶ兵の後ろでは複数の罪人が規則正しく列をなしていた。どうやらブリッツは第二陣らしい。


 ひとり、またひとり、と兵士の前に並んでいく。


「次!ブリッツ・べンデル!」


 ブリッツ達が呼ばれたころには周りには誰もいなくなっていた。ブリッツは思わず肩をびくっと震わせた。足早に兵士の元に向かう。


 大柄な兵士はブリッツの顔と手元の紙を見比べる。おそらく人相書きと見比べているのだろう。兵士はうなづくと、ブリッツにバッジのようなものを手渡した。

 

 掌に収まるサイズで表には赤い字で「096」と書かれている。


「これを胸に押し当てろ。…そうだ。数秒当てて手を離せ」 


 おとなしくブリッツが従うと、ピン留めもされていないのにブリッツの身体にぴったりと張り付いた。ブリッツは不思議な様子でそれを見ていたが、「次っ!」と兵が叫んだので、慌てて罪人の列の最後尾に加った。


「次!リブロ・ビーバック!」

「次!アテナ・シラビエ!」

「次!メル・リール!」


 狐耳の女性はアテナ、痩身の女性はメルというらしい。メルでこの場の点呼は最後だったようだ。兵士が名簿を確認しながらつぶやく。


「これで全員……いや、一人足りないか、今回は優秀だな。まあいい。お前たち、呼ばれた順番にここに入れ!」


 ふいに魔族の娘、アミュレが語った言葉が脳裏によみがえった。

 ーー決行は5日後。その日はコロシアムで闘技大会が開かれる。


「リブロさん、もしかして……これって…!?」


 リブロは苦々しい笑みを浮かべ、静かに視線を合わせた。


「ようやく分かったのか。…そうだ、ここは王都でも裁判所でもない。魔族が作ったコロシアム。そして俺たちは…その余興だ」


 その言葉に、ブリッツの背筋が凍る。彼は再び、目の前の巨大な建造物を見上げた。


 兵士の号令がかかり、先頭から順に扉をくぐっていく。


 手錠をかけられた罪人たちの反応はさまざまだ。先頭を歩く罪人たちはその号令に、淡々と従ったが、第二陣の罪人はうなただれた表情でとぼとぼと歩いていく。


 後列を行くブリッツには、それはまるで人族の未来そのものに見えた。


 やがて、ブリッツの前の罪人も歩き始める。彼も無言でその背に続いた。


 門をくぐると、左右に立っていた兵士たちが、無言のまま巨大な扉を閉めていった。


……


………


 コロシアムの扉を通ると、石造りの部屋につながっていた。


 壁も床も、粗く削られた岩肌がそのまま露出しており、人工的な装飾は一切ない。まるで地下牢のような空間だが、壁沿いには青白い魔術の火が等間隔に灯っている。その光は強く、隣に立つ者の顔がはっきりと見えるほどだった。


 ブリッツは自分の胸元に目を落とす。そこには、真っ白なバッジが張り付いていた。白字で赤く「096」と記されている。先ほどの点呼の際、兵士に無理やりつけさせられたものだ。


 留め具も留め金もないのに、服にぴたりと張り付いている。まるで肌に接着剤でも塗ったかのように、そこだけが離れない。


(これもやっぱり魔族の技術だろうか)


 ブリッツはバッジを指先でそっとなぞりながら、そう推測した。隣ではリブロが、狐耳の女性――アテナにボソボソと話しかけていた。内緒話のつもりらしいが、リブロの声は元来大きく、ブリッツの耳にもはっきりと届いてくる。


「おい、アテナ…だったか?このバッジにも何か魔術が施されてるのか?」


 アテナはリブロの方を向かず、淡々と答えた。


「なんだ、気になるのか?」

「当たり前だろ、手錠には爆弾が込められてたんだぞ。このバッジにも、何かそういった仕掛けがあるんじゃないのか。例えば外そうとしたら、手錠みたいに爆発したりな」

「……まあ、そういった仕掛けが施されていてもおかしくはないだろうな」

「おかしくはない、って……お前、自分の胸にもつけられてるのに、どうしてそんなに冷静でいられるんだ?」

「冷静に、か。そうだな……好きなんだよ」

「は? 俺のことか?」

「バカなことを言うな。魔術の仕組みを解くのが好きなんだ」

「へえ、お前、そうか。魔術師だったのか。だが、杖も持ってないし、ローブも着てない。それに、髭も生えてないしな」


 ブリッツがアテナの横顔を見る。理知的な女性の顔で、確かに畑仕事をしているような感じには見えない。

 ただ、それよりも、狐耳だ。リブロはすでにまったく気にしていないが、周りの罪人はアテナから気持ち距離を置いている。アテナはアテナでその反応に慣れているようで、まったく気にしている様子はない。


「絵本で見るような魔術師は、割とオールドスタイルだよ。今では女性も魔術を使うし、今の魔術の主流は触媒だ。魔術は日々進化しているんだ」

「……そうなのかい。まあ、そんなことはどうでもいいさ。さっさとこのバッジの効果を教えてくれ」


 アテナはなぜか黙り込んだ。リブロが眉をひそめる。


「なんだ、お前……もしかして分からないのか?」

「ああ、分からない。だが、精巧な術式が組み込まれているのは確かだ。先ほどの手錠のような雑な魔術じゃない。術式を読み取らせないような仕掛けまで施されている。これを作ったやつは、相当な手練れだぞ」


 リブロはその答えを聞いて、深いため息をついた。


「なんだよ、結局お前も分かんねえのかよ」


 アテナは珍しく素直に「すまないな」と言った。魔術的な興味が今は勝っているのだろう。リブロに対する敵対心も、今は影を潜めている。リブロもそれを感じ取ったのか、あえてアテナを問い詰めようとはせず、ただ静かにため息をついた。


「静まれ!」


 怒声が石壁に反響し、ざわついていた待機室が一瞬で沈黙に包まれた。ブリッツは思わず背筋を伸ばした。


 手錠をかけられた者たちの列のさらに前方、指示台に立つ兵士が、全員の視線を集めていた。


「1番から50番の者は、私の横にいる兵に続け。残りはこの部屋に待機だ」


 命令に対して誰も声を上げることはなかった。混乱は起きない。だが、張り詰めた緊張が待機室を満たす。


 ブリッツは周囲を見渡す。リブロも、アテナも、メルも、皆黙っていた。

 ただ、彼らの表情には何かを知っている者の静けさがあった。


 ブリッツは前方の1番から50番の者たちを見つめた。


 手錠をかけられているにもかかわらず、彼らの佇まいは落ち着き払っている。逆に、自分を含む後列の者たちは、どこか不安げで、視線も定まらない。

 ふと、ブリッツの目にある違和感が映り込んだ。たまたま振り返った四五番の胸元に貼られたバッジ――それは青地に白文字だった。自分のは白地に赤文字で「096」と記されている。色の違いは明らかだった。


(バッジの色にも意味がある…?)


 兵士が指示台を降りると、別の兵が台を脇へ移動させた。その奥には、巨大な木製の扉があった。その扉が開かれた。ブリッツは列の端にいたため、扉の隙間から中を覗くことができた。青白い魔術の光が灯る廊下が続いている。外の景色は見えない。


 廊下は大人三人が並んで歩けるほどの幅で、そこへ前半組が次々と吸い込まれていく。

 年齢も性別もばらばらだ。だが、彼らの足取りには迷いがなかった。まるで、何かを覚悟している者のように。


(考えても分からない…聞くしかない)


 ブリッツは隣のリブロに声をかけた。


「リブロさん…僕たちは、何をさせられるんですか?」


 リブロは拳を握りしめたまま、前を見つめていた。やがて、低く答えた。


「そうだったな。お前には言ってなかったな。俺たちは――今から魔王と戦う」

「えっ…魔王って、あの…?」


 ブリッツは言葉を失った。


 ーー魔王。僕らの、人族の軍隊をものともせず、ただひとりで王都まで進攻した怪物。 


 リブロは小さく乾いた声で呟いた。


「転移された先は、おそらく魔族領のどこかだ。俺たちは魔族たちの余興のために呼ばれた。志願した者もいる。魔王討伐は、人族にとって最大の誉れだからな」


 ブリッツは前方の者たちを見た。確かに、彼らが進む背中には迷いがなかった。


「手錠はつけられてるが、この先で武器を渡されるんだろう。志願者に限っては、降参すれば帰っていいって話だ。魔王は、降参した者には手を出さないらしい。だから、何度も挑む者もいる。もちろん、結果は…まあ想像の通りだ」

「じゃあ…僕たちも降参すれば、逃げられるんですか?」


 彼はブリッツの目を見据え、その言葉を否定した。


「…逃げることは許されない。俺たちは罪人だ。魔王を傷つけることができれば、停戦の猶予が与えられるって話もある。だから、倒せなくても、傷を与えられれば、罪が免除されるかもしれねえ」

「そんな…僕、そんな力ないですよ…」


 リブロは苦笑した。

 残された51番から100番までの者たちに、兵士が声を張り上げる。


「前へ進め!」


 命令に従い、ゆっくりと前方へ歩き出す。だが、その流れの中で、ひとりだけ動かない者がいた。


 その異変に、周囲の者たちは怪訝そうに見るが、誰も声をかけない。ただ、彼を避けるようにして進んでいく。前方では、再び指示台が設けられ、兵士がその上に立っていた。彼もすぐに異変に気づいた。


「77番!列に戻れ!」


 男はびくりと肩を揺らすと、すぐに金切り声で叫び返した。


「な、並ぶもんか!知ってるぞ……この列に並んだら最後だ!」


 声は震え、言葉は乱れていた。


「魔王なんか倒せるわけがねえ!なんで俺がここに連れてこられたんだ……そりゃあ、多少の罪は犯したかもしれねえ。だが、こんなことあっていいもんか!帰る……俺は帰るぞ!」


 男は叫びながら、先ほど自分たちが入ってきた扉へと駆け寄り、拳で何度も叩いた。扉の前に立っていた兵士が慌てて制止しようとする。

 騒ぐ男を見て、指示台の兵士はゆっくりと台を降りた。列をかき分けてゆっくりと男のもとへ向かう。周囲の者たちは道を開けるようにして後退する。


「三つ、言っておくべきことがある」


 兵士は歩きながら、低く、しかしよく通る声で言った。


「一つ。お前たちがこれから闘うのは魔王ではない。魔王の配下だ。お前たちがその魔族を倒せば、晴れて無罪放免だ」


 兵士は静かに剣を抜いた。


「二つ。お前たちに逃げ場はない。胸元のバッジは起爆装置だ。コロシアムから一歩でも外に出たら爆発するぞ」


 男は扉を叩く手を止め、振り返る。兵士の目と剣が、静かに彼を捉えていた


「三つ。…どうでもいいのだ。」

「な…!?」


 男が息を呑む間もなく、刃は、腹を貫いた。


「…お前たちが死のうが生きようがな。貴様らに期待などしていない」


 皆が自分の胸元に貼り付いた数字を見つめた。

 それは、名前でも、罪状でもない。


 ただ、死ぬ順番を示す記号のように思えた。

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