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026_謁見

 王都の外壁に近づくにつれ、人の姿もちらほら見えるようになってきた。

 とはいえ、そのほとんどは兵士や、塹壕を掘り起こしている工作員たちだった。

 ブリッツの記憶ではかつてはぽつりぽつりと民家も建っていた。しかし、今ではほとんどが解体され、軍の施設や更地に変えられていた。


 ブリッツ一行が乗る馬車は魔族製ということもあり、意匠も構造も人族のものとは異なる。

 そのため、かなり目立っていた。周囲の者たちが物珍しそうに視線を向けたが、同じ人族の兵士が馬を操るのを見てすぐにそれぞれの作業へと戻っていった。

 

 王都グレイダムは、四方を城壁で囲まれた城塞都市だ。

 この街には、10万人の民が暮らしており、街の中心には王城がそびえている。

 

 王都に近づくにつれて、馬車や人の姿が増えていく。

 外壁が見上げるほどの距離に迫った頃、馬車は外門の行列の最後尾に並んだ。


「緊急の要件なので、門兵に伝えてきますっ」


 そう言うと、ハイネは馬車から飛び出していった。


 一時間ほど経っただろうか。列は半分ほど進んだが、まだまだ先は長そうだった。


 そんな時、ハイネが馬車の窓の外から声をかけてきた。


「皆さん、降りてくださいっ!」


 ブリッツたちが外を見ると、2台の軍用馬車が用意されていた。皆が馬車を降りると、カリンの馬車は列を抜けて、元来た道を戻っていった。


 彼らはまたコロシアムへ戻るのだろう。

 軍用馬車に乗り込むと、外門への道を外れて外壁沿いに走り出した。


「なんだ、どこへ行くんだ?」

「おそらく、西門の方に向かってるんじゃないですか。西側には大きな都市がないから、あっちの門は割と空いてるんですよ」

「そうか、ブリッツも王都出身だったな」

「ええ。僕も外に用があるときは少し遠くなってでも、あっちから出るようにしてたんです」


 だが、馬車は少し走ると、小さな門の前で止まった。


「あ、あれ? そっちに行くんだ」


 ブリッツたちは知らなかったが、そこは王族や貴族たちが出入りする専用の門だった。門前には兵士が立っていたが、事前に来訪が伝えられていたのだろう。

 門はすでに開いており、馬車は足早にそこを通過していく。


「ようやく戻ってきたぜ…」


 リブロが感慨深げに呟いた。


 門を通過したところで、アテナがそっとフードをかぶった。

 自身の狐耳を隠すためだ。


 王都の南西に位置するこの区画は、軍関係の施設や兵士たちが大半を占めていた。外壁近くには民家が並んでいたが、途中から練兵所、兵宿舎、軍学校、厩舎と続いていく。人通りもかなり多く、藍染めの制服を着た人族の姿や、練兵の声が馬車の中にまで聞こえてきた。


 しばらく走ると、ようやく王城が見えてきた。

 

 王城の四方は堀で囲まれており、その中心にそびえる城は見上げるほどに高い。

 桟橋を渡ると、門はすでに開かれていた。


 先行する馬車に乗っていたハイネが、カバンから書状を取り出して窓越しに門兵に見せると、2台の馬車はあっさりと通された。


 城壁をくぐると、今度は巨大な城門が姿を現した。

 城門の手前には低い階段が続いていたため、一行はその手前の馬車留で降りた。

 

 ブリッツたちが到着すると同時に、城門がゆっくりと開いた。しばし、その荘厳な門が開く様子を皆が見つめていた。


 視界が開け、王城の内部が姿を現す。門の先には広い廊下が続いていた。一行は城門を抜け、その廊下を静かに歩いていく。


 アテナとリブロは城の内部を見るのは初めてだったのだろう。きょろきょろと物珍しそうに周囲を見回していた。


「……あれ? 昔はもっと壺とか絵画とか置いてあったんだけどなぁ」


 ブリッツが首を傾げる。


「先王の時代は、装飾華美でしたからね」


 カイネが歩く速度を変えずに答える。


「もちろん、戦時中なのでそういったものを置かないようにしているっていうのもありますが……そもそも質実剛健が今の王様の考えらしいです」


 廊下を抜けると、ひときわ広い部屋に出た。


「ここがエントランスホールです。この階段の先に謁見室があります」

「俺たちはそこに行けばいいのか?」

「いえ、その手前の執務室で話をしてもらいます。それが終わったら、私の上司のエレファントスが王に謁見して、事情説明をします」


 一行はエントランスホールの奥にある階段を登っていく。


「……私はここに来ても大丈夫なのか?」


 アテナがフードをかぶりながら、少し心配そうにハイネに尋ねる。ハイネは足を緩めずに、そのまま答えた。


「安心してください。王都に着いた段階で、私が門兵のところまで行きましたよね?その時に、あなたたちの素性や戦いの結果まですべて書いた書類を王城に届けてもらっています。私が門兵から受けた命令は――『全員連れてこい』。それだけでした。つまり、絶対に大丈夫です」


 階段を登りきると、ハイネは迷いなくその扉を開けた。そこにはさらに廊下が続いており、左右にはいくつかの扉が並んでいた。


 ハイネは廊下を進み、そのうちの一つの扉の前で立ち止まり、ノックをする。


「エレファントス様。ハイネです。一行を連れてまいりました」


 中から、低い声が返ってきた。


「入れ」


 その言葉を受けてハイネが先に部屋に入り一度扉を閉めた。しばらくして、扉がわずかに開き、ハイネが顔を出す。控えていたブリッツたちも、その合図で部屋へと招かれた。


 王城の一室ということもあり、そこは広々とした空間だった。本や書類が詰まった棚が、左右に二つずつ並んでいる。部屋の中央には大きな机が据えられていたが、それでもなお余裕のある造りだった。


 その机に、一人の男が座っていた。男はハイネの方をじっと見つめていた。

 手には一枚の書類を持っており、それを机越しに掲げる。


「……ハイネ。これは、まことか?」

「はい。間違いありません」


 男はかけていた眼鏡を上げ、書類に目を落とす。顔には深い皺が刻まれ、スキンヘッドの頭に、顎には白い髭をたっぷりと蓄えていた。その髭をシャリシャリと撫でながら、真剣な眼差しで書類を読み込んでいる。


 手にしているのは、ハイネが提出した報告書だった。

 その文章を追いながら、男は静かに口を開いた。


「『96番が、魔族との戦闘中に魔王に問いかけた』とあるが」

「はい。この少年です」


 ハイネは隣にいたブリッツを指差した。


「96番……ブリッツ・ベンデル。国家反逆罪か。罪状の詳細は――未入国の魔族との内通の嫌疑、そして魔界への亡命未遂……か」


 男の視線がブリッツに向けられる。


「ブリッツ・ベンデル君。君はなぜ、魔界へ逃亡しようと思ったんだ?」

「あのっ、エレファントス様、今はそれよりも王への取り次ぎを――」

「……いいか、ハイネ」


 男――エレファントスは、低く重い声で言った。


「仮にこの少年が、我が王やその重臣たちの殺害を目的にしていたら、どうするのだ?」

「いえ、彼にそのような意志は――」

「だったら、それを報告書に書かねばならん」


 エレファントスは、書類を机に置きながら続けた。


「いつも言っているだろう。簡潔にするばかりではダメだと。それに、事の重大さに気を取られすぎて、文章に偏りがあるのに気づいていなかったな」

「……すみません」

「報告書に書き手の意思はいらん。ありのままを書け」

「……はい」


 エレファントスは、ブリッツの方を向き直った。


「すまんな、ブリッツ君。私はエレファントスと言う。おそらくルビッチやハイネから聞いているだろうが、改めて君の罪状と、なぜ亡命を望んだのかを聞かせてくれ」

「もちろんです。それと……エレファントスさん。僕たち、初対面ではないですよ」

「……確かに。王族付きの医師として、君は仕えていたな」


 ブリッツは、経緯を簡潔に語った。エレファントスはそれを黙って聞き、話が終わると静かにうなずいた。

 その後、エレファントスはアテナ、リブロにも同様の質問を投げかけた。


 だが、マリセとメルには――何も尋ねなかった。

 

 ブリッツたちは、「なぜ、マリセさんやメルさんのことは聞かないんですか?」とは、当然ながら口にしなかった。


 エレファントスも、彼らの表情を見て、二人の事情を察していることに気づいた。彼は何も言わず、再び報告書に目を落とす。


「何度見ても信じがたい話だが……納得するしかあるまいな」


 しばらく沈黙の後、エレファントスは顔を上げた。


「ブリッツくん……いや、ブリッツくんたち、だな。皆、人族のためによくやった」


 そう言って、書類を机の上に置くと、エレファントスは一人ひとりの顔を、敬意を込めた真剣な眼差しで見つめた。


「近く、魔族との交渉のテーブルが設けられるだろう。そうなれば、我々も停戦を公に発表できる」

「……すぐに発表しないんですか?」


 ブリッツがそう尋ねると、エレファントスは苦笑いを浮かべた。


「君たちのことを信じていないわけではない。この筆跡は、魔王のもので間違いないと私も思っている。だが、この契約書の内容は本当に大綱なんだ。契約違反の扱いや履行期間、細かい条件――詰めなければならないことは山ほどある」

「なるほど」


 アテナが静かに頷いた。

 エレファントスは、ふとブリッツの方を見て言った。


「それにしても、ブリッツ君。君には驚いたよ。先王の時代に、君が殺されなくて良かった」

「……あれ? そのこと、もしかして……知ってるんですか?」


 ブリッツも、苦笑いを浮かべる。


「周りの者とは仲良くしておくものだ。君に情報が入ったのなら、私にだって伝わるさ」


 エレファントスはにやりと笑った。


「ちなみに、先王が糞を漏らしたと聞いた時は――大いに笑わせてもらったよ」


 ブリッツは、ハハハと乾いた笑いを浮かべるしかなかった。


「だが、先王も馬鹿な奴だった。ヤツ自身は散々、人族だろうが魔族だろうが、女とみれば皆手をつけていたくせに、浮気を疑うなど」


 その言葉に、場の空気が一瞬止まる。

 皆の表情を見て、エレファントスは「しまったな」という顔をした。


「……今の話は忘れてくれ。私も君たちの報告に、少々興奮していたようだ」


 彼は髭を撫でながら、真剣な表情に戻った。


「これは大事なことだが、ブリッツ君。君は『勇者』をどうやって見つけるつもりなんだ?」

「そのことについてですが……いくつか相談したいことがあります」


「言ってみよっ!」


 その声は、なぜか扉の外から聞こえた。


 そして――扉がバンッと開いた。


「儂に申してみよっ」


 そこには壮年の男性が立っていた。

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