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025_メルの過去

 鬱蒼とした森の街道を抜け、少し走ったところで日暮れを迎えた。


 ブリッツ一行は、この日は野宿をすることになった。


 兵士の話によれば、転移術を王都の近くで使うのは危険なため、転移座標は王都から離れたこの森に設定されているという。そのため、日程上一日目は必ずこの場所で野営をすることになるらしい。馬車を止めた場所は、草が刈り取られ、野営の跡も見られた。耳を澄ませば、近くを流れる小川のせせらぎが聞こえる。


 カリンからある程度の野営用の準備を用意してあるを聞いていた一行は、馬車のソファーをどかした。ソファーの下には収納箱があり、食器や日持ちする食材、簡単な調理器具まで揃っていた。


 皆で水を汲み、火を起こす。リブロが申し出て、簡単な料理を作り始めた。


 馬に乗っていた兵士たちは、周辺を歩哨すると告げて散っていった。


 残った者たちは、料理が完成したところで焚き火を囲み、車座になってスープに口をつける。


 スープを一口飲んだハイネが、目を丸くした。


「美味しい!」


 マリセも目を細めて頷く。


「優しい味ね」


 リブロはその声を聞いて、自慢げに腕を組んだ。


「へへっ、伊達に王都でコックはやってねえよ」


メルもそっとスープに口をつけた。表情の変化に乏しい彼女も、小さくつぶやいた。


「……あったかい」


 その声を聞いたブリッツは、メルの横でじっと彼女を見つめる。焚き火の光が、メルの横顔を淡く照らしていた。

 その横顔をしばらく見つめていたが、意を決したようにブリッツは切り出した。


「……メルさん。お昼の時の話、やっぱり……本当なんですか?」


 その問いにメルは顔を手で持っているスープのほうに向けたまま、静かに答えた。


「……うん。いっぱい、殺しちゃった」


 メルの言葉に、焚き火を囲んでいた一同が静まり返る。

 薪の燃える音だけが、夜の空気に微かに響いていた。


「……理由も気にはなるが、嬢ちゃんみたいな小さい子が、どうやったらそんなことができるんだよ」


 リブロがリブロが信じられないという表情で、メルの方を見つめる。


「なんでっていうのは何となくわかってるんだけど、どうやってっていうのは、わからない」


 メルは淡々と話す。


「えっ?どういうことですか?」


 ブリッツが尋ねる。


「私が恐怖を感じて、目を閉じて……そうして、また目を開けると――いっぱい人が倒れてて。同じようなことが、二回あったの。だから、私が殺したんだと思う」


 誰もすぐには言葉を返せなかった。


「……悪魔憑き」


 マリセがしばらく考えた後、ぽつりと呟いた。


「なんじゃそりゃ?」


 リブロが頭に疑問符を浮かべる。


「聖書の……確か、ハクマ記だったか?」


 アテナの問いに、マリセが頷いた。


「そうよ。聖書の中でも屈指の名シーン。これをもとに、小説や戯曲もたくさん作られているわ」


 神官であるマリセは、実際に誰かに読み聞かせたこともあるのだろう。彼女は迷いなく、すらすらと語り始めた。


「昔、ハクマという王子がいたの。ある日、気まぐれな神が、人族の信仰心を試すために、彼に魔術をかけるのよ。その魔術によって、彼の体に『悪魔』が取り憑いてしまうの」


 焚き火の炎が、マリセの横顔を照らす。


「事件が起きたのは、彼の十八歳の誕生日の翌日。盛大な祝宴の翌朝、彼が目を覚ますと――そこには、母親や父親、妻、子供たち……家族全員の死体が転がっていたの。そして、自分の手を見たら、真っ赤な血に染まっていた」


「えげつない話だな……」


 リブロが眉をひそめる。


「そうね。でも、それでも信仰心を失わなかったハクマの姿に、神は心を打たれた。そして、彼の家族は――奇跡的に復活するの」


 話し終えたマリセを、メルが諦念に満ちた笑顔で見つめていた。


「一度目は何が起こったのかわからなかった。だけど、二度目はもう一度瞼を閉じて、しばらく開けなかった。嘘だって思いたかったんだと思う。結局、神様は奇跡を与えてくれなかった。……信仰心が私には足りなかったのかな」


 彼女の言葉に誰も何も言えなかった。

 暗い空気を変えようと、リブロが話題を切り替えた。


「そういえば、嬢ちゃ……いや、メル。咳をしなくなったな。もう治ったのか?」


 メルは首を振った。


「咳をおさえる薬を持ってるの。行きの馬車の時にはもう必要ないと思ったから飲んでなかった。だけど、これからはまた必要になるって思ってまた飲み始めたの」


 そう言って、メルは懐から丸い玉のようなものを取り出した。


 それは、何かを練り潰して丸めたような、素朴な丸薬だった。メルの両隣にいたブリッツとアテナは、その丸薬から漂う甘い匂いに気づいた。


 ブリッツはそれを不思議そうに見つめるだけだったが――アテナは、その香りに、故郷で嗅いだ記憶を重ねていた。


 彼女は難しい顔をした。


「メル、それ……本当に薬なのか?」

「うん。これを飲むと、咳が治まるの」

 

 メルはそう答えたが、アテナは何も返さなかった。ただ、その難しい表情を崩すことなく、じっと丸薬を見つめていた。


 一方、マリセは、下を向いたまま何か考え事をしていた。彼女は自身が語った物語とメルの状況を比較していた。

 

 ある疑念が浮かび、それを口にしかける。


「あれ……だけど、その物語は――」


 その言葉を、メルが遮った。


「……それ以上は詮索しないで。あなたたちにも、危険が及んじゃうから」


 マリセがはっと、顔を上げる。

 メルはゆっくりと首を振った。

 

 やがて、メルがぽつりと口を開いた。


「……リブロさん。スープ、美味しかった。あったかい食事も……いつ以来だろう」


 そう言って、メルは小さく微笑んだ。


 その笑顔は、どこか儚げで――まるで、今にも消えてしまいそうだった。


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