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024_メルの罪状

 白髪の少女――メル・リールは、夢を見ていた。

 

 そこは広い部屋だった。窓からは木漏れ日が差し込み、柔らかな光が絨毯の上に広がっている。その絨毯の上に幼いメルは厚手の座っていた。


 年頃は三歳か、四歳くらいだろう。洋服に包まれたメルの体は血色が良く、幼児特有の柔らかそうな肌をしていた。

 メルは絨毯の上で積み木遊びをしていた。


(ああ……)


 メルは夢の中で、ため息をつくーーまたこの夢だ。


 温かい記憶と、思い出したくない記憶。両方が詰まった夢。この出来事が、あまりにショックだったのだろう。これ以前の記憶は――もうメルには思い出せない。


 夢の中の小さなメルは、その結末など知る由もなく、屈託ない笑顔を浮かべながら積み木を積み上げていく。


 その時――ガタン、と大きな音がした。衝撃が部屋に伝わり、積み木が崩れ落ちる。メルはその様子を不思議そうに見ていた。


 次いで、家の住人の悲鳴が聞こえる。悲鳴の後、ドタバタと複数の足音が近づいてくる。


 メルは思わず、その方向に首を向けた。


 ガチャン――とドアが開く音。


 そこには、白い甲冑に包まれた王国軍の兵士たちがいた。彼らは土足のまま、メルのいる部屋へと踏み込んでくる。


 メルは、その兵士たちに本能的な恐怖を覚えた。

 そして、泣き出してしまう。


 甲冑に包まれた男の一人が、メルに手を伸ばす。


 その時――メルは。


 …次にメルが目を開けた時には、兵士たちは真っ赤な液体にまみれた、ただの肉塊になっていた。


――ガタン!


「お、転移が終わったみたいだなっ」


 その衝撃に、メルはゆっくりと目を覚ました。

 外を見ると、鬱蒼とした森に囲まれた道を、馬車が走っていた。


 メルは、なぜ今になってこんな夢を見たのだろうと考える。少し考えたが――答えは出なかった。


「あっ、起きたんですね」


 ブリッツが、メルが目を覚ましたのに気づいて声をかけた。


「嬢ちゃん、起きちまったか」


 斜向かいに座っていたリブロも、メルの気配に気づいて声をかける。

 メルは、向かいに座るアテナとリブロを順に見つめた。

 行きとは違い、皆の表情は穏やかだった。

 

 気持ちに余裕が出てきたのだろう、リブロがぽつりと呟いた。


「…帰りのことなんて、正直考えもしなかったな」


 リブロの言葉に、アテナも頷いた。


「そんな余裕なんてなかったからな。しかし、まさか行きと同じメンツになるとはな」


 アテナは感慨深そうに、皆の顔を見回した。


「……お二人は、王宮での報告が終わったらどうするんですか?」


 ブリッツが、アテナとリブロに問いかける。


 ルビッチから依頼されたのは、コロシアムで起こったことや、魔族の特徴についての報告だった。

 その任務が終わった後、自分たちがどうなるか――そこまでは、誰も聞かされていなかった。


「……どうだろうな。まず、そんなにすぐに解放してくれるもんなのか?」


 リブロがぼそりと呟く。


「ある程度の期間は、王都に拘束されるかもしれないな。それに、魔族への勝利は国の悲願だ。もしかしたら、英雄として祭り上げられるかもしれないな」


 アテナの言葉に、車内の空気が少しだけ静かになる。それぞれが、これからのことを思い描いていた。


「…まあ、俺は自由になれたら、まずは実家に戻るな。それから、俺と親父の店を覗くとするよ。停戦が決まれば、配給制限のあった酒ももっと仕入れられるかもしれねえ」


 リブロがそう言って、窓の外を眺める。


「アテナさんはどうするんですか?」


 ブリッツが尋ねると、アテナは少し考えてから答えた。


「私は王都にある魔術関連の本をあさろうと思う。ただ、この容姿だと王都では居づらいだろうから、しばらくは知り合いの宿にこもるつもりだよ。本もその知り合いに買ってきてもらう。その用も済んだら、故郷に帰るよ」

「アテナさんの故郷はどこにあるんですか?」

「王都から馬で10日ほど走ったところに“星の森”と呼ばれる場所があるんだ。そこが私の故郷だ」

「星って……あの星?」

「そう。由来もある。この森にしか生えないキノコがあって、夜になると発光するんだ。そこから“星の森”と名付けられた」

「へぇ。そんな森があるのか。食えんのか、そのキノコ?」


 アテナは苦笑した。


「リブロ、お前、そういう発想しかできないのか」

「いやいや、俺の店は酒だけじゃなくて料理も出すからな。いい食材があるなら、どこにだって取りに行くぜ」

「なるほどな……残念だが、採取は禁止されている」


 アテナの声が少しだけ硬くなる。


「森の中には、いくつかの少数部族の村がある。外から来る者たちは、その“星”を頼りに私たちの村へやってくる。しるべを失えば、住人はともかく、交流のある人族たちは森の中で迷子になってしまう。部族の者が森を見回って、しるべが残っているか確認してるし、採取している者がいれば警告される。それに何より、そのキノコは毒キノコだ。食べたら死ぬぞ」

「そっか……名物料理にできるかなと思ったんだけどなぁ」

「でも、見てみたいですね」


 ブリッツの言葉に、アテナは笑顔で答えた。


「ブリッツ、それからリブロ。君たちを私の村に案内したいと思ってる。いつか時間が空いたら、ぜひ来てくれ」


 リブロもブリッツも、大きくうなずいた。


「だが…その前にしておかなければいけないことがあるな」


 アテナが一拍置いて、つぶやいた。


「ん? どうしたんだ?」

「私は、しばらくしたら――魔界に行こうと思う」

「はっ? どういうことだよ?」


 一転、アテナは真剣な面持ちで話し始めた。


「今回の戦いで、わかっただろう。私たちの力は、まだまだ魔族に遠く及ばない。カリンが言ってた通り――人族という種は、“弱っちぃ”存在なんだ。私の母親は魔族だが、そのツテを使って魔界へ亡命しようと思う。そこで“臨界魔術”について学ぶ。もしかしたら、私でも使える臨界魔術があるかもしれない」

「おいおいおい……俺たちに話してよかったのかよ。らしくないぜ、アテナ」

「らしくないか……」


 アテナはそう言って、ふっと笑った。


「君たちは友達だ。らしくない姿も、見せておきたい」


 アテナは、先日の戦いで命をかけて勝利を掴んだ仲間たちに、すでに心を許しているようだった。リブロもその信頼を感じ取ったが、正面から受け取るのは少し照れくさかったのか、頭を掻いた。


「オーケー。わかったよ。お前の意思が固いってことはな」


 その時――


「……よかったら、メルさんも一緒に行きませんか?」


 ブリッツが、メルの方を見つめてそう言った。


「アテナさん、ダメですかね。メルさんも一緒じゃ」


 アテナは少し考えたが、静かに微笑んで頷いた。


「君だって、私たちと同じ舞台にいたんだ。だったら、君も友達だよ」

「そうだな。嬢ちゃんだって、戦友さ」


 リブロも同調する。

 三人の言葉に、メルは少し戸惑った表情を見せた。

 うつむき、そして三人の方を見つめて――寂しそうな笑顔を向けた。


「ありがとう。……だけど、ごめんなさい。きっと、わたしは、あなたたちとは一緒にいられない」

「どうしてですか?」


 ブリッツが横から尋ねる。


「……だって、わたしは――」


……

………


 少し時間はさかのぼる。

 祝宴を終えた夜。

 

 書記官であるルビッチとハイネは深夜まで今日会った出来事を詳細まで記録、報告書にまとめていた。彼らは使命感に突き動かさていた。皆が解散した後も、黙々と仕事をこなしていく。


 その仕事がひと段落ついたとき、ルビッチが椅子にもたれかかると机にコーヒーが置かれた。


「お疲れ様です」

「ありがとさん」 


 ハイネは、ルビッチの机に置かれていた一枚の書類に目を向ける。

 それは今日コロシアムに来た罪人のリストだった。


 リストを見ながら、ハイネがルビッチに問いかける。


「やっぱり、おかしいですよ。あんな小さな子が……」

「俺もおかしいとは思ってるさ。だが、一度じゃない。二度もだぞ。複数の証言だってある」


 ルビッチが持っている書類には、こう記されていた。


「メル・リール 性別:女性 年齢:12歳 種族:人族」


ーー罪状:大量殺人。

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