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023_理想郷

「お前たち、ここで少し待っていてくれ」


 ルビッチがそう言うと、彼はなぜか再びコロシアムの方へ戻っていった。


「なんだ、ルビッチのやつ?」


 遠ざかる背を見ながら、リブロが首をかしげる。


「白髪のあの子を連れてくるためじゃない? ほら……」


 マリセがそう言うと、アテナが「ああっ」と声を上げた。


「メル・リールか」

「……あの子、来ないかもです。彼女、ここに残りたいと言っていましたから」


 書記官のハイネはそう打ち明けた。


「えっ!?」


 ブリッツとリブロの驚きの声が重なる。


「おいおいおい、そんなバカなことがあるかよ!」

「私だって、なんでって思ってます。だけど、みんなが宿泊室に向かった後で、確かに私と先輩にそう言ったんです。次回の闘技大会に参加したいって」

「参加って……そもそも、あの子、特に何もする様子がなかったじゃないですか。なのに、どうして……」

「確かにそうよね。あの子、死にたいのかしら?」


 魔族の少女カリンの言葉に、皆が目を向ける。カリンは視線を受けて、苦笑いした。


「いや、冗談よ。でも、まさか、ね」

「ハイネさん、あの子の罪状を知っているんですよね? 彼女は何をしたんですか?」


 ブリッツの問いに、ハイネは言いにくそうに下を向いた。マリセも何か知っている様子だったが、口を閉ざしていた。


「そうか、君も罪状を知っているのか」


 マリセの様子から、アテナは察する。リブロはそんな二人の沈黙を見て、思わず乾いた笑いを漏らした。


「なんだよお前たち。あんな細っこい嬢ちゃんなんだぜ。貧しさから軽犯罪かなんかやっちまったんじゃねえのか? それが積み重なって、ああここに来ちまった、と。どうだ?そんな感じだろ?」

「だったら、素直にそう言えるはず。……なんだか私もちょっと、あの子が何をやったのか気になってきました」


 アミュレも、白髪の少女に関心を持ち始めていた。


 その時、ハイネが「あっ」と前方を向いた。

 皆も視線を向けると――


 ルビッチがメルの手を引きながら、こちらへ歩いてくるところだった。後ろには数人の人族の兵士も控えていた。


「すまん、待たせたな」


 ブリッツたちは改めて、メルを見つめた。


 白髪は肩にかかるほどの長さ。肌の色は極端に白く、長く日の光に当たっていないかのようだった。白いワンピースは薄汚れて、もはやグレーに近い色になっている。服としての機能を満たすための最低限の裁縫しか施されていない。そこから伸びる手足はひどく細く、骨ばって見えた。


 細身の少女、メルは、ルビッチを見つめながらぽつりと呟いた。


「……どうしてもダメなの?」


 見つめられたルビッチは、困ったように頭をかく。


「ここで勝利した者たちの中で生きている者は、本国へ全員送還しなきゃならないんだ。もちろん、それは君も含めての話だ。今回が初めての適用だが、規則はまあ規則だからな。すまんな、お役所仕事的な言い方をして」


 メルは今度はハイネの方を向いた。ハイネは肩をビクッとさせ、ブルブルと首を振った。

 メルはなおもハイネを見つめ続けたが、壊れた機械のように首を振り続けるハイネを見て、ようやく諦めたのか、とぼとぼとした様子で、一人馬車に乗り込んでいった。

 全員が、そんなメルの背を不思議そうな目で見つめていた。


……

………


 メルが馬車に乗ったのを確認して、ルビッチは気を取り直し、これからの段取りを説明し始めた。


「この馬車は魔族の転移術で人族領まで飛んで、そこから王都まで向かう予定だ。王都に向かうまではこの兵士たちが、王都に着いてからはハイネがお前たちを王宮に連れていく。王宮についたら、エレファントスと話をしてくれ。彼は俺たちのボスだ。彼を通じて、お前たちの活躍が王の耳に入るはずだ。――ハイネ、こいつらのこと頼んだぞ」


 ルビッチの視線に、ハイネは真剣な表情でうなずいた。

 彼女は魔王との契約書が入ったカバンをぎゅっと握り締める。


 今度は、ブリッツたちの方に視線を向けた。


「お前たち、本当によくやってくれたな。改めて礼を言うよ」


 その言葉に、皆がルビッチへ笑顔を返した。


「いいってことよ。それに、帰りの旅は手錠もねえしな。景色でも見て帰るか」


 その言葉に、アテナも微笑んだ。


「そうだな。行きは旅ではなく、ただの連行だったからな」

「そういえば、リブロさんのお店って、王都にあったんですよね?」

「おおっ、そうだぜ。お前たち、よかったら俺の店に来てくれよ。たっぷりご馳走してやるぜ」

「いいわね。魔族の作るお酒も美味しかったけど、今は人族が作るワインが何より恋しいわ」


 マリセの表情も、どこか柔らかくなっていた。


「よし、それじゃあ、みんな馬車に乗り込んでくれっ!」


 ルビッチの声に、皆が馬車へ向かおうとしたその時――

 ブリッツが、魔族の少女アミュレに声をかけた。


「アミュレっ!」


 ブリッツは駆け寄る。アミュレはじっと彼を見つめていた。


「…アミュレ、ごめん」


 その言葉に、アミュレは首を傾ける。


「君の故郷に一緒に行けなくて、ごめん」

「そういうことね。……忘れないでいてくれたんだ」

「当たり前だよ! そういえば、ベルチカちゃんも大丈夫だったかな?」

「あの子なら大丈夫。私より賢いし、強いから。うまくやってくれてるはず」


 ブリッツはアミュレをまっすぐ見つめた。


「……君が人族領に自由に出入りできるように、王様に進言してみるよ」

「ありがとう。できなかったら、今度こそ捕まらずに亡命してね」


 アミュレはいたずらっ子のように笑った。


「わかった!」


ブリッツも笑顔でうなずく。


「お熱いわね」


 カリンが、微笑ましそうに二人を見つめる。ちらっとカリンを見て、アミュレは微笑みを返した。


「私も魔王、目指そうかな」

「ふふっ、面白いこと言うじゃない。ライバルがいた方が、私も面白いわ」


 二人はすっかり打ち解けたようだった。


「ちなみに、あなたが魔王になったら、何をしたいの?」


 カリンの問いに、アミュレは「そうね」とつぶやき、ちらっとブリッツの方を見て、こう答えた。


「魔族も、人族も、それからハーフの人たちも――差別なく、幸せに暮らせる世界を作りたい、かな」

「理想郷ね。だけど、理想は高くたって誰も文句は言わないわ」


 その時、突然アミュレとブリッツの肩を、大きな手が包み込んだ。


「二人にとっちゃ、『ハーフの人』ってのが重要だよな」


 リブロが後ろからニヤニヤしている。その発言の意図に気づいて、ブリッツもアミュレも顔を真っ赤にした。


「リ、リブロさん……!」

「デリカシーのないやつだな。…だが、そうだな。それは確かに、君たちには大事なことだな」


 珍しくアテナも、リブロと同じような意地悪な笑みを浮かべていた。キツネ耳も、ぴょこぴょこと揺れている。


 皆が笑いに包まれる。


 その様子を見ながら、マリセはここにはいない誰かに語りかける。


「平和は遠いけど――それでも、今日一歩、確実に進んだわ。……ねえ、そうでしょう? ピースフル?」


 マリセが空を見上げると、そこには人族領も魔族領も変わりなく、晴れやかな空が続いていた。

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