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022_それぞれの夜明け

 闘いから一夜明けた早朝。


コロシアム外苑の一角に設けられた、小さな人族の墓地。マリセは、ひとり祈りを捧げていた。少し離れた場所では、ブリッツ、アテナ、リブロ、そしてアミュレの四人が、静かに彼女の姿を見つめていた。


 彼らも少し前までは、それぞれの想いを胸に祈りを捧げていたが――「もう少しだけ」そう言って、マリセはひとりその場に残った。


 結局、犯人は分からずじまいだった。


 医師のファールガンによれば、三人はコロシアムで確認した時点ですでに心肺停止状態だったという。それから今朝から、検分役の一人が姿を見せていない。タイミング的に見て、その人族こそが内通者だったのだろう。だが、黒幕は依然として謎のままだった。


 皆がマリセを静かに待っていたその時、背後から声がかかった。


「昨日はよく眠れた?」


 振り向くと、そこには赤毛の魔族――カリンが立っていた。皆の目の下には、くっきりとしたクマが浮かんでいた。それに気づいたカリンは、苦笑する。


「まぁそうよね。戦いの後で、そのあとも色々あったからね」


 彼らは昨夜、コロシアム内の宿泊室に泊まった。カリンは気を利かせて、自分や配下を扉の前に立たせ、警護をしてくれていた。


 リブロが素直に礼を述べる。


「カリン、ありがとうな。あんたたちのおかげで、少しは寝ることができたよ」


 カリンは、リブロの目の下のクマを見て笑った。


「あら、ほんとかしら」


 リブロは恥ずかしそうに頬をかく。


「喧嘩の後とかも目が冴えちまって、酒をたらふく飲まねえといつも寝れねえんだよ。カリンの言う通り、昨日はいろいろあったしなぁ」

「へえ、君は意外と神経が細いんだな」

「うるせっ」


 アテナのいじりに、ブリッツは小さく微笑んだ。


「ごめんなさい、お待たせして」


 そこへ、マリセが戻ってきた。


「…51番のためか?」


 アテナの問いかけにマリセは悲しげに微笑む。


「いえ、私は神官よ。神のもとではみな平等。…と言いたいところだけど、あなたの言う通り、思うところがないわけではないわ。あなたたちが離れた後は彼に語り掛けていたの」

「51番さんの最期をマリセさんは見届けていましたよね?」

「ええっ。そうね」

「マリセさんに最期何か言っていたんですか?」


 ブリッツが尋ねると、マリセはぽつぽつとしゃべり始めた。


「…ピースフル。彼、今際の際に自分の名前は『ピースフル』だって言ったの。可笑しいでしょう。そんな名前なんて今まで聞いたことがないわ。だけど、なんだかそれを聞いて、私も本当に彼の名前がそうだって、信じたくなっちゃったの」

「…平和か。停戦期間を勝ち取ったとは言え、それでもまだまだ私たちには遠い言葉だな」


 皆が静まりかえったその時、コロシアムの方から人族の二人が駆けてきた。書記官のルビッチとハイネだった。


「お前たち、帰還の目処が立ったぞ」


 その言葉に、皆の顔がほころぶ。


 一方、アミュレだけは少し顔を伏せた。それに気づいたブリッツは、そっと彼女の手を握る。


 アミュレが顔を上げて、静かに微笑む。そして、彼の肩にそっと身を寄せた。

 他の人族たちも、そんな二人の様子に気づいていたが――誰も何も言わず、温かく見守っていた。


 別れの時間が、近づいている。


 朝焼けが、二人を優しく照らす。だけど、まだ肌寒い時間。

 二人は、互いの体温を分かち合っていた。


……

………


昼下がり。


「おいおいおいっ、こんな豪華な馬車、いいのかよ!?」


 リブロの驚きに、ルビッチがニヤッと笑った。


「どうせ本国の財布から出るんだ、気にするな。それに英雄様のご帰還だぞ」


 アテナ、マリセ、ブリッツも同様に目を丸くする。


 左右にドアがついた馬車の中には、前後にソファが並び、中央にはテーブルまで置かれていた。まるでどこかの貴族が乗るような豪華な造り――しかも、それが二台も用意されていた。


「これぐらいしてやらないとな」

「よく本国から許しを得たな」


 アテナの問いに、ルビッチは笑って返す。


「いや、正直に言うが、お前たちの馬車は用意されてなかったんだよ。今までに罪人の中で帰還した奴なんていなかったからな。殺されるか、魔族の気分次第では奴隷になるか、そのどちらかだけだった。だから今回は――魔族側から提供してもらったんだ」


 カリンが小さな胸を張る。


「うちの領地で一番いいものよ。本当だったら、私が帰る時に使う予定だったんだから」

「いいんですか?」


 ブリッツが尋ねると、カリンはにんまりと笑った。

 そして、一枚の羊皮紙をぱたぱたと振って見せる。


「もちろんよ。見返りはたっぷりもらう予定だし」

「なんだそれ?」

「契約書よ」

「……ちょっと見せてもらってもいい?」


 マリセがそう言うと、カリンは「もちろん」と言って羊皮紙を手渡した。

 マリセが目を通すと、すぐに真顔になり、無言でルビッチを見つめる。彼はまったく気にする様子もなく、微笑んだ。その横では、カイネがぶすっとしていた。


「お前たちは人族の命の恩人だよ。俺からのささやかな礼だ」

「先輩!『俺からの』じゃないです!人族側の財源から出るんですよ!」


 アミュレがあれっと首をかしげる。


「魔族と人族の間に国交はないよね? 何を要求したの? まさか……」

「大丈夫、あなたが考えているものじゃないわよ」


 カリンが苦笑する。


「こういう場合、基本的には二者間で擦り合わせて、お互いに価値があると思っているものを受け渡しするの。私たち魔族の間でも、触媒や装飾に使われる金や銀、それから宝石類は魔族通貨を払ってでも手に入れる価値があるものよ。そういったものを要求しているわ」

「へえ、どれどれ。俺にも見せてくれよ」

「……びっくりしないでね」


リブロがマリセから羊皮紙を受け取ると、途端に青ざめた。


「はっ!? 金百キロ!? それにガーネットやらサファイアって……これ、王族が欲しがるような宝石だぞ!?いやいやいや! これはいくらなんでも法外すぎるだろっ! ルビッチ、お前、ちゃんと内容は確認したのかよ!?」

「もちろん。俺の職業を何だと思ってんだよ。もちろん俺たちにメリットがないわけじゃない。一角族のサポートを得られるんだ」

「一角族?」

「ああ、私たちの部族のことよ」


 カリンが、自身の眉間にちょんっと乗っている角を指さす。


「さっきも言ったけど、弱っちいあなたたちができるだけ殺されないように、裏で交渉したりとか、根回ししといてあげるわ。それに今回みたいに、あなたたちが帰国してからもボディガードを送ってあげる。――いい提案でしょ?」


 カリンはそう言って、屈託なく微笑んだ。


 まったくもって、商売上手である。

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