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021_無言の来訪者

「は……? 誰を殺すって?」


 リブロが思わず聞き返す。


「だから魔王よ、魔王。ま・ぞ・く・の・お・う」


 その言葉に、空気が凍りついた。皆が赤髪の魔族の少女――カリンを見つめる。だが、彼女は冗談を言っている様子ではない。

 その瞳は、静かに、確かに――本気だった。


 誰もが言葉を失い、視線が交錯する。

 アテナが、手に持っていた杯を置いて発言した。


「待ってくれ。我々の理解がまったく追いついていない。まず、いくつか質問をさせてくれ」


 カリンは無言で頷く。アテナは彼女をまっすぐ見つめた。


「まず、君のことを教えてくれ。君の名前は?」

「カリンよ。額を見てくれればわかると思うけど、魔族よ」


 カリンの眉間のあたりに細く短い角が生えていた。


「わかった。カリン、魔王は君たちの国家の王だろう。君の立場で言えば、謀反という形になるんじゃないのか?」

「王っていう言葉は間違いではないけど、私たちの感覚で言うと、彼は同盟国の盟主よ。数多ある部族のね。そして“謀反”という言葉は……まあ、これはあながち間違いではないわね」


 カリンはさらっと言ったが、その言葉に場の空気がさらに張り詰める。


 ブリッツが、恐る恐る口を開いた。


「あの……なんで魔王様を?」


 カリンがブリッツを興味深そうに見つめる。隣にいるアミュレと見比べて頷く。


「あなたがブリッツね。さっきは楽しいものを見させてもらったわ。理由、か。…そうね――」


 カリンは少し間を置いてから、言葉を続けた。


「例えば、あなたたちの王様が、こんなコロシアムを開いて、常日頃から命を狙う者たちと戦い続けていたら……家臣はどう思う?」

「まあ、気が気じゃないわね」


 マリセがそう返す。

 ルビッチも続く。


「為政者が、自身の懐に自ら危険人物を呼び寄せるなんてことは愚の骨頂だ。仮に魔王が死にでもしたら、配下たちは総入れ替えになる可能性もあるし、そんな奴の下につくなんてリスクしかない」

「まあ、そう考えるのが自然よね」

「じゃあ……お前、魔王の幹部かなんかなのか?」


 リブロが少し警戒した様子で尋ねる。


「いえ、違うわ。だけど、あなたたちの回答は魔族の中では主流な考えね。実際、暗殺を企てた者も何人かいたわ。――まあ、全員、魔王に殺されたけどね」


 その言葉に、場が静まり返る。

 ブリッツは、ふいに魔王の闘技場での振る舞いを思い出していた。魔王は、ザインのたった一回の失言で彼を殴り飛ばした。「加減をした」と話していたが、普通の人族だったら即死だっただろう。


「ちなみに、魔王は自身の暗殺を許可してるわ」

「はっ? なんじゃそりゃ」


 リブロが目を丸くする。


「暗殺を公認? それって…暗殺なのかしら、そもそも?」


 マリセが眉をひそめる。


「要は、自身の拳を本気でぶつけられる相手を探しているのよ。魔族の中には当然、そんなバトルジャンキーが魔王を名乗るのを望まない者もいる」

「それが君というわけか?」


 ルビッチが問いかける。

 カリンはうなづく。


「暗殺だけじゃないわ。魔王は自身の命を奪った者を次の王として認めると言っているの」

「ま、マジかよ……なんちゅう……」

「公式の文書にも載っているわ。あいつが魔王になってから、もう5年。未だに彼の存在を脅かす者は現れていない――今日まではね」


 カリンは意味ありげな視線を、ブリッツの方へ向けた。


「…えっ、僕ですか?」


きょとんとした顔で、ブリッツは自分を指さす。その態度に、カリンはあきれたように息を吐いた。


「あなたね……わかってるの?自分の立場ってやつを……」


 その時だった。


 カリンが急に扉の方へ振り向いた。そして、二、三歩、部屋の奥へと跳びのく。


――ドンッ!


 扉が蹴破られた。


「なっ!?なんだお前ら!」


 ルビッチが叫ぶ。ハイネが驚きのあまり机に置いていた杯に手をぶつけた。甲高い音が彼女の悲鳴と重なる。


 蹴破られた扉を踏みつけ、三人の男たちが現れた。


 全員、黒いローブの上から黒い包帯のようなものを全身に巻きつけている。頭にはフード、顔には仮面。

 異様な気配が、部屋を満たした。

 カリンが背後のブリッツたちに語りかける。


「私みたいに魔王の討伐を望む者もいれば、魔王を守ろうとする者もいる。わかってる? あなたたち、今――魔族にとって超危険人物でもあるのよ?」

「だ、だからって……ここは! この部屋だけは! 人族領なんですよ……!」


 ハイネの声は震えていた。だが、三人の男たちは無言のまま、それぞれの武器を構える。


 カリンが溜め息をついた。


「はあ……まあ、状況を説明するには、これが一番早かったかもね」


 そう言って、男たちの前へと歩いていく。


「お、おい! 嬢ちゃん、危ねえぞ!」


 リブロが慌てて引き止めようとするが、カリンは歩みを止めなかった。


 男の一人が、カリンに向けて拳を振る。

 だが――その拳が届く前に、カリンの蹴りが男の側頭部を捕らえた。


 ――ドゴッ!


 男は壁に吹っ飛び、衝突音が部屋に響く。リブロがその方向を見ると、男がガクンとうなだれていた。その首は、不自然な方向に折れている。


「な、なんて蹴りだ…!?」


 残りの男たちは、仲間がやられたのを一切気にする様子もなく、カリンに襲いかかる。


 だが、カリンはその攻撃をすべて――かわし、いなし、そして一人の男の腹に正拳突き。男が床に沈む。

 残った最後の男も、みぞおちに蹴りを受けて壁に叩きつけられた。衝突音が響き、男はそのまま崩れ落ちる。

 立ち上がる気配は、もうなかった。


「はい、これで一件落着ね」


 カリンは一仕事を終えた様子で、ブリッツたちの方を振り返る。


「……あんたたち、さっさと力をつけないと、勇者を見つける前に殺されるわよ」


 その時――カラン、と音を立てて、最初に倒された男の仮面が床に落ちた。


「な、なんであなたが……!?」


 マリセが驚きの声を上げる。仮面の下から現れた顔は――闘技場で死んだはずの、51番だった。


 彼の手から、ロングソードがカランと落ちる。


 カリンが、静かにつぶやいた。


「この部屋は確かに人族領だけど――人族が訪ねる分には、問題ないわね……」

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