020_客、客。
突然鳴ったノックに、皆の視線が扉へと集まった。
「ん? 客か?」
リブロがルビッチやハイネの方を見る。二人とも、首を横に振っている。
「前半組の人族じゃないの?ほらっ、私たちの前にも大勢いたじゃない」
マリセがそう問いかけるが、ルビッチはまたも首を振った。
「今回参加した前半の50人の中で、死傷者はいねぇ。それどころか怪我人すらいねえよ。あいつらはもう、すでに送還済みだ」
「は? どういうことだ?」
「あいつらはただ、魔王と戦ったっていう“誉れ”が欲しいだけさ。お前たち、ステージに少しでも血は残っていたか?」
アテナは「……なるほど」と、呆れたような顔をした。
結局、誰にも心当たりはなかった。
ルビッチが「あっ」と小さく声を漏らす。
「もしかしたら、医者のファールガンかもしれねえ……。あいつら、もう検分が終わったのかもな」
合点がいったのか、ルビッチはすんなりと扉を開けた。
「おい、ファールガン、もう終わっ――」
そこに立っていたのは、人族の医師ではなかった。
赤毛の少女だった。
「あっ……」
アミュレが声を上げる。赤毛の髪に、同じ色の瞳。そして、額には小さな角が生えている。
観客席でアミュレの身を案じくれた魔族の少女、カリンだった。
「こんにちはー」
そして、手錠の作成者、ミレガーもカリンの横で微笑んでいた。
「……魔族がこの執務室に、何の用だ?」
カリンは何も言わない。
代わりに、ミレガーがトントンと自身の胸元を細長い指で刺した。
「バッジを外しに来ました。亡くなった人族の方は、すべて外してきたので――次は、あなた方の番です」
「あっ、そっか……」
ブリッツが胸元に目を向ける。バッジには「096」という赤い数字が書かれていた。
ルビッチが舌打ちをすると、扉から数歩下がる。
先ほどまでの和やかな雰囲気が一転し、部屋に緊張が走った。
「そんな険悪な表情をなさらないでください。お医者さんや見聞役の方とは、もうだいぶ仲良くさせてもらっているんですよ」
ミレガーの言葉に、誰も返事をしなかった。
「要件をさっさと言え。こっちは忙しいんだ」
ミレガーは、皆が手にしている杯を見たが、何も言わなかった。
「つれないですねぇ……。ですが、わかりました」
「これもミレガーさんが作ったんですか?すごいですね!」
ブリッツは自身の胸元にあるバッチを見つめていた。
無邪気な反応に、ミレガーも微笑んだ。
「あなたの魔術も素晴らしかったですよ。私、とても興味があります。あなたに――」
ミレガーが舌なめずりするのを見て、ブリッツはなぜか背筋がゾクゾクと震え、思わず後ずさった。
「実際このバッチに込められている魔術の術式は見事だ。爆発しないのなら、家に持ち帰ってじっくり調べてみたいものだが……」
アテナは素直に称賛した。
「すみません、それはできないんです。私が魔力を抜けば、すべての術式情報は削除されるように設計されています。痕跡も、一切残らないようになっています。ただ、あなたの魔術も素晴らしかったですよ。それに、私の手錠の術式を上書きしたのも見事でした」
ミレガーは口元に笑みを浮かべる。
「確かに、威力や大量生産を軸にした設計だったので、術式自体は粗雑なものでした。しかし、それでも初見で私の魔力を残したまま解錠してしまうとは……驚きましたよ」
アテナも、敵とはいえ褒められて悪い気はしないのだろう。表情こそ変えなかったが、狐耳がピンと跳ねていた。
「ねぇ……これも手錠みたいにあなたが触らないと解けないのかしら?」
マリセは胸元のバッジを指さした。それがついている場所は、豊かに膨らんでいた。
「あっ! 俺も、もしかしたら解けるかもしれねえぞっ!」
リブロが調子よく言う。マリセは妖艶に微笑んだ。
「やってみてもいいわよ……あなたも英雄さんですからね」
アテナは、そのやり取りをじと目で見つめていた。
「バカなことを……」
「残念ですが、今回は私が解いてあげましょう。女性の皆さん、ご心配なさらずに。私がキーワードを発すれば、周囲のバッジは外れるようになっています。では――」
ミレガーは、人族には聞き取れない言葉で何やら唱え始めた。ブリッツがアミュレをちらっと見る。
彼女も不思議そうな目でミレガーを見つめていた。魔族の言葉でもないのかもしれない。
ミレガーが口を閉じると、バッジが白く発光した。
「おぉ……!? なんだ!?」
リブロはその光に驚く。発光は徐々に弱まり、そして何も光らなくなった。
「さあ、もう大丈夫です」
ミレガーがそう言うと、バッジは自然と胸から外れ、床に落ちていった。
「私の要件はこれだけです。バッジは各自で処分してください。それでは」
そう言って、ミレガーは部屋を後にした。
「……君は帰らないのか?」
ルビッチが、もう一人の魔族の少女に声をかける。
「私は、別の用があるわ」
そう言うと、彼女はなぜか扉から廊下に向けて顔を出し、去っていったミレガーの背を見つめた。
「なんだ?嬢ちゃん。あいつには聞かれちゃあまずい話なのか?」
「んっ?まあそんなとこね」
カリンは彼がいなくなったのを確認してから、扉を静かに閉める。
その様子に皆が訝しげにカリンを見つめる。
カリンはその視線を気にする様子もなく――こう発言した。
「魔王、一緒に殺さない?」




