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002_どなどな

 ブリッツは自身に突きつけられた書状を見つめた。

 紙の中心にはでかでかと「国家反逆罪」と記されている。

 また、右端には「ブリッツ・ベンデル」と彼の名前が載っている。


 言葉を発する間もなく、背後の人物がブリッツの腕に手錠をかけた。

 兵士ではなく、法衣をまとった女性だった。

 あっけにとられるブリッツに彼女は忠告した。 


「その手錠を外そうとはしないでね、いい?あたしは忠告したから、ね」


 彼女はふいに何か好色そうな笑みを浮かべた。ブリッツにはその言葉は届かず、彼女の笑みの意味も理解できなかった。

 

 だが、ぐちゃぐちゃになった思考が、手錠の冷たい鉄の感触によってようやく現実に追いつき、彼は反論した。


「えと、あのっ……!?なぜ、なぜっ、私が逮捕されなければいけないのですか!?」

「お前には自分の罪が分からないのか」

「分かるわけないじゃないですか!?」


 令状を持った兵は、背をそらして再びその内容を読み上げようとした。

 だが、ブリッツがそれを遮るように叫ぶ。


「何の罪に問われたのかではなく、知りたいのは、なぜその罪に問われたのかです!」

「なるほど、分からないのか……。では貴様に問おう。5日前を思い出せ。貴様は誰と会い、何を話した」


 ブリッツはすぐに理解した。

 5日前。

 アミュレとあって、魔界亡命を決めた日。

 だが、それをそのまま口にするわけにはいかなかった。


「さる……貴族の方の治療を施しました。どなたかは、国王軍の方であってもお伝えすることは」

「エンコラ・フックラーだろう。無駄な抵抗をしようとするな。……いや、もう良い、あまり時間もない。完結に伝えよう。貴様、魔族の娘と会っていただろう。目撃者もいる」


 兵士はくいっと顎で後方を指した。

 

 ミスラム村に住む若者が二人、そこに立っていた。ブリッツが顔を向けると、彼らは気まずそうに顔をそらした。彼らの手には小さな袋が握られている。密告の報酬金だった。


(……見られていた!)


 ブリッツは言葉を失い、押し黙るしかなかった。兵士の視線に耐えられず、うつむく。もう一人の兵士がいつの間にか背後に回っていた。


 ドンッと背中を押され、ブリッツは前によろける。感情のこもらない声が、背後から聞こえてきた。


「あの馬車に乗れ」


 ブリッツはただ、従うしかなかった。


……

………


 荷馬車の後ろ側のホロが開けられた。

 そこには3人の先客がいた。


 1人は黒髪の長身の男。

 もう1人は白髪痩身の少女。

 そして奥には頭まで外套を被った謎の人物。


 ホロが開くと、長身の男は眩しそうに手錠のかかった両手で顔を遮った。白髪の少女は特に反応をせず、下を向いたままだったが、奥にいる人物はじっとブリッツのほうを見つめていた。3人とも同じ手錠がかけられている。


 手錠をかけた法衣の女性がブリッツの前に粗末な木の踏み台を置いた。

 ここから乗り込め、ということだった。

 

 ブリッツは後ろを向いた。

 

 後方には兵士が立っていて、彼らの肩越しに自身の住んでいたボロ屋が見える。ブリッツはそこに走り出したい衝動に駆られた。だが、手前にいる兵士の感情のこもらない目が彼のその気持ちを無言で抑えつけた。

 

 ブリッツはあきらめて前を向くと、木の踏み台に足をかけた。踏み台の木が軋んでぎしぎしと音が鳴る。馬車の後方に乗り込むと、空いているスペースにそっと腰を下ろした。


 兵士はブリッツが荷馬車に腰を下ろすのを確認すると、ホロを閉じた。

 車内がさっと暗くなり、ホロの隙間から漏れ出る小さな光がかろうじて4人の身体を照らしている。


 少しすると荷台がガタガタと揺れ出した。馬車が動き出したのだ。


 馬車の揺れが少しずつ落ち着いてきた頃、長身の男がブリッツの方へ身を乗り出した。短く刈り込まれた黒髪はその額をかすめ、厚手の麻布のシャツの下のがっしりとした骨格と節くれだった大きな手が真っ先に目を引く。


 手錠のかかった両手を膝に置き、にやりと笑う。


「お前、そんな若いのに何の罪に問われてるんだ?しかもこの馬車に乗るってことは、よっぽどのことだぞ」


 ブリッツは男の顔をちらりと見たが、すぐに視線を逸らして、押し黙った。男はその様子を見て、少し肩をすくめると、明るい声で続けた。


「悪かったよ、新入り。まずは自己紹介しなきゃな」


 彼は背筋を伸ばし、誇らしげに名乗った。


「俺の名前はリブロ・ビーバック。王都在住の、まあ普通の男さ。お前の名前は……ブリッツ・べンデル、だったな。あぁなに、バカでかい兵士の声がこっちまで聞こえたんだよ。ブリッツ、短い旅だがよろしく頼むぜ」


 ブリッツは小さく頷いたが、口は開かなかった。


「よし、これで俺たちは友達だな。さあ、お前さん一体何をやらかしたんだ?」


 リブロは期待を込めて問いかけたが、ブリッツはなおも沈黙を守った。彼は話しかける男への警戒心を解いていなかった。リブロは頭をかきながら、困ったような笑みを浮かべる。


「ったく、頑固なやつだな……」


 そう言いながら、リブロは尻をずりずり寄せてブリッツに近寄った。


「わかったよ、お前の信頼を勝ち取れていないのは。じゃあまずは、俺のほうから教えてやるよ」


 その声にはなぜか誇らしげな響きがあった。


「俺はな、王都で酒屋をやっていてな。昼は酒を売って、夜はその酒で飲み屋を開いてた」


 ブリッツは黙ったまま耳を傾けていた。リブロは語りながら、どこか懐かしそうに目を細める。


「まあ、俺が始めたってわけじゃない。親父が店を作って、俺はその手伝いをしてるって感じだ。商売はうまくいってたぜ。客は多かったし、評判も悪くなかった」


 語り口は軽いが、その裏にある生活の温もりが伝わってくる。実際、店もうまくいっていたのだろう。ブリッツに語り掛けるその表情も明るい。


「けどな……なぜこんなとこにいるかってぇと、憲兵が店にやってきたんだよ」


 ブリッツの眉がわずかに動いた。リブロはそれに気づいたのか、肩をすくめて笑った。


「もちろん逮捕するつもりで来たわけじゃないさ。ヤミでやっていたわけでもなくて、国からちゃんと営業を認められていたからな。単にうちの店は評判が良かったから客として飲みに来たんだ。だけどな……職業ってのは出るんだろうな。あいつら、客としては最悪の部類だったぜ」


 リブロは苦笑しながら、手錠のかかった手を見つめた。そこには、過去の誇りと現在の屈辱が同居していた。


「店の女に手を出そうとする。支払いを渋る。まあ、そんなことは他の客にもあることだが――」


 リブロは語りながら、目を伏せた。


「…あれはあいつらの扱いにも慣れてきたころだった。普段だったら厨房から出てこねえ親父がたまたまホールに顔を出したんだ。ユデダコみたいな顔した親父だが、ちいせぇ頃から俺のことを一人で育ててくれた。俺は親父を尊敬していた。…ここまで言えば、結果は分かるだろう。あのバカ憲兵は俺の親父の顔を見て笑い出してよ、挙句店のことまでバカにしだして……。俺はそいつと口論になっちまってよ、その憲兵を殴っちまって、結果、今ここにいるってわけだ」


 ブリッツは先ほどと変わらず黙って聞いていた。だが、彼自身も気づいていなかったが、リブロの人柄が見えてきたのだろう、彼の顔をまっすぐ見つめて、話の切れ目には小さく相槌も打つようになっていた。


「ただの憲兵ってだけじゃなかった。そいつは憲兵隊の上役の息子でな。はあ。……あの馬鹿野郎の顔は思い出さねえが、罪に問われた時の親父の顔は忘れられねえ……。だけど、俺は……。俺は、間違ってねえ。なあ、そうだろうブリッツ?」

「……はい。リブロさんの行いは」

「……間違ってはいないが、やり方が正しくないね」


 ブリッツの言葉を遮るように、フードを深くかぶった人物が会話に割って入った。

 女性の声だった。


「君は確かに、正しい行いをしただろう。だが、賢いやり方ではなかった」


 リブロは太い眉をひそめる。


「ああ?なんだてめえ」 

「失礼。ここにいる理由が、そんな理由だとは思わなかったんだ」

「お前、俺が馬鹿だって言いてえのか」

「馬鹿というよりは、馬鹿正直というんだろうね」


 リブロが立ち上がろうとした瞬間、馬車がガタンと大きく揺れた。手錠のせいでバランスを崩し、彼は尻もちをついた。

 フードの女が笑った。


「あははは。手錠をかけられた状態で、しかもこんな不安定な馬車の上で立とうとするなんて、君はよっぽど馬鹿だね。それからーーその馬鹿が命取りになるかもしれない。今回の場合はわたしたちも巻き込まれる可能性がある」


 彼女の声が急に低くなる。


「わかるかい?君の手錠には、いや、私たちの手錠には、術式がかけられている。鎖を強い力で引っぱるとすると、その術式は発動する」


 ブリッツが息を呑む。思わず手元の手錠を見つめる。ふいに法衣の女性の好色そうな笑みが思い浮かんだ。


「その手錠はね、魔力を貯められた瓶みたいなもんなんだ。そして鎖の部分が蓋になっている。強い力で鎖を引っ張れば、詰め込んだ魔力があふれ出してーーボン、だ」


 フードの女が手錠のかかった腕を前に出して、握っていたこぶしを広げた。当然何も起こらないが、ブリッツもリブロも広げた瞬間びくっとした。


 女の手は白く肌はきめ細やかで、傷一つついていない。まるで、貴族か学者の手だ。

 フードの女は静かに言った。


「頼むからバカな真似はやめてくれよ、私はまだ死にたくない」


 馬車の中に険悪な空気が漂う。


 そんな中でも、もう一人の先客――白髪痩身の少女は何も喋らない。ただうつむき、時々コホコホと咳をするだけだった。

 

 ブリッツはこの空気を変えたくて、話題をそらした。


「リブロさん、この方の罪状は聞いていないんですか?」


 リブロは肩をすくめ、ぶっきらぼうに答えた。


「聞いちゃいねぇよ。あいつらが先に乗っていたが、乗ってからしばらくはさすがの俺もこの状態を受け入れられなくてな。王都からここまで来るのに4日かかったが、今になってようやく冷静になってこれたんだ。だが、確かにそうだな。お前は何をしてここにいるんだ?」


 フードの女性は先ほどの闊達な喋り方を引っ込め、押し黙った。

 リブロはその反応を鼻で笑った。


「なんだぁお前?俺のことは馬鹿にしといて、てめぇは喋れねえのかよ」

「……」

「ってことはだ。お前も馬鹿なことをやったんだろう。世間には顔向けできねえような」


 ブリッツは少ない会話の中で、リブロに心を許しかけていた。彼はリブロに肩入れするようにこう言った。


「よくよく考えてみると、あなたもリブロさんに突っかかっていますよね?馬鹿正直と言いましたが、あなたも実際そういうところありますよ。あなたは、リブロさんを怒らせるような真似をしました。それが賢いやり方なんですか?」

「おまえもなかなかトゲがあるな……」


 黙っていた女性はうつむいていたが、フードが小さく揺れていた。

 女性は前を向くと悲鳴のような声を上げた。


「私に罪などない!」


 ブリッツもリブロも驚き、互いの顔を見つめ合った。

 馬車の中を沈黙が包みこむ。


「……いいだろう。どうせ、いずれ分かることだ」


 フードの女性がつぶやくと、頭を後ろに倒してフードを振り払った 。


 茶色い髪に翡翠のような緑色の瞳、15歳のブリッツよりも年上であろうか。理性的な顔立ちの美人だった。


 だが、ブリッツとリブロはその整った顔を見てはいなった。


 彼女の頭には、人族の耳と、もう一つ――狐のような耳がついていた。


「お、お前……魔族だったのか」

「違う!私は、魔族ではない!……いや。……ハーフなんだ」


 狐耳がへにょにょとしおれるように前へ垂れた。狐耳の女はうつむいたまま続けた。


「この姿形によって捉えられた。だが……それに一体何の罪があるというのだ…」


 絞り出すような声だった。彼女は手錠をかけられた両拳に力を込めた。憤りが、言葉よりも強く伝わってくる。


「生まれ、生まれ自身に罪はあるの……?」


 その時、今まで黙っていた痩身の少女が、つぶやくように声を出した。病的なほどに白い肌で顔立ちは幼く、ブリッツより幼く見えるが、瞳の奥には年齢以上の静けさ・諦念が宿っている。


 その声は小さかったが、三人の心に深く響いた。


「ケホ、ケホ……ごめんね。私が口を挟むべきでなかった、かな」


 咳をひとつこぼすたび、胸がかすかに震え、長い白髪と淡い頬の色が、彼女の虚弱さを際立たせていた。

 狐耳の女性が彼女を見つめ、何かを言おうとしたその時――


 馬車がこれまでとは違う振動で大きく揺れた。縦揺れではなく、横の揺れまで加わったのだ。明らかに地面を走っている振動ではない。 


 狐耳の女性と痩身の少女が、何かに気付き、周囲を見回す。


「……転移術!」

「な、なんだこの揺れは――!?」


 リブロとブリッツは何も分からないまま、慌てふためいた。床に手をつき、体を丸めながら、二人は馬車の異常な振動に耐えていた。木製の車輪が軋み、荷台が不規則に跳ねる。まるで地面そのものが波打っているような感覚だった。


 だが、突然――揺れが収まった。


 先ほどまでの異常な振動は消え、がたん!っと大きな振動が伝わると、そこからは地面を走るような通常の揺れに戻っていく。安堵と疑念が入り混じる中、リブロが叫んだ。


「おい、姉ちゃんたちよ!お前ら、転移術ってなんだ?」


 痩身の少女はうつむいたまま、何も答えない。代わりに狐耳の女性が静かに答える。


「まあ、知らなくて当然だな。魔術の一種だよ」


 彼女は痩身の少女の方へ視線を向け、言葉を続けた。


「私が知っているのは分かる。だが……なぜ君も知っているんだ?転移術は、魔族にしか使えない」


 痩身の少女は、ゆっくりと顔を上げた。白い肌が幌の隙間から漏れる光に照らされて一層病弱そうに見える。

 咳をひとつこぼした後、静かに言葉を紡ぐ。


「そう……私にも罪があるの。生まれこそが、私の罪」

「君も魔族の血が入っているのか……?」


 狐耳の女性が口を開きかけたその瞬間――

 幌が急に開けられた。


「お前たち、降りるんだ」


 兵士の声が響き、ブリッツ達は馬車がいつの間にか停止していたことに気づいた。

 外の光が差し込み、視界が開ける。


 ブリッツたちが目を凝らすと、そこには――空を突き刺すような巨大な円形の建造物がそびえていた。

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