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019_乾杯!

「乾杯っ!!」


 なみなみと注がれた液体が、ガラスの杯を満たしている。

 皆、それがこぼれるのも気にせず、勢いよく杯を重ねた。


 闘技大会を終えた夜、ブリッツたちはささやかな祝宴を開いていた。


「かぁあっ!うんめぇ!!この脳を焼く感じっ!!たまんねぇ!」


 リブロが久々の酒の味に感嘆する。

 アテナも杯に口をつけ、その味に目を丸くした。キツネの耳がぴょこぴょこと跳ねている。


「…いい酒だ。発酵させたときに出る臭みもないし、すごくフルーティーだ。これが魔界の酒か」

「お、わかるか。裏切り者の俺の同僚が、別れの餞別にくれたんだ。窓から投げ捨ててやろうと思ったが、取っておいてよかったぜ」


 そう話すルビッチの表情もどこか柔らかい。


「確かにほんとにいいお酒ね」

「神官の方がお酒なんていいんですか?」


 ブリッツが聞くと、マリセはにっこりと微笑んだ。


「ワインとパンは神様からの授かりものよ。ありがたくいただくわ。それが異界だろうとね」


 マリセはいたずらっ子のように微笑んだ。

 部屋の隅ではメル、と呼ばれた白髪の少女も杯を持って静かに座っていた。


 先ほどの戦いが嘘だったかのように、砕けた、そして和やかな雰囲気が部屋を包んでいる。


「…あの、私も参加してていいんですか?」


 魔族の少女、アミュレは背中に生えている薄羽をたたみ、申し訳そうに杯を手に持っている。リブロが両手を広げ、ポーズを取る。


「バカ言ってんじゃねえ!人族の英雄様の彼女だぞ。いてもらわなくちゃ困るぜっ」

「リ、リブロさん…!」


 ブリッツは、慌てて訂正しようとするが、アミュレの顔をちらっと見て、もにょもにょと口の中で何かをつぶやいた。結局言葉には出さず、恥ずかしさをごまかすように持っていたぶどうジュースに口をつける。


 アミュレは何も言わなかったが、頬を赤く染め、幸せそうに微笑んでいた。


 ルビッチも目を細めて会話を聞いていたが、彼の頭の中ではいくつもの疑念が浮かんでいた。彼は酒の勢いに任せて、ここで尋ねることにした。


「酒がまずくなるような話をしてすまねぇが、いくつか聞きたいことがある」


 その目線はブリッツ、それから横にいるアミュレに向けられた。二人は同時にコクッと頷いた。


「国王軍たちから君たちの罪状を簡単にだが、聞かせてもらった。資料もある。だが、ブリッツ君。君の場合は事情聴取を省いてここに連れてこられたから、こちらも君のことをよくわかっていないんだ。悪いが、書記官という立場上、人族の世界に帰還させる前に確認しなきゃいけない点がある」

「…はい」


 ブリッツは素直にうなずいた。


「君は魔族の女性と人族の村――ミスラム村で会話をしていたそうだな。魔族の女性というのは横にいるアミュレさん、と言ったか?彼女で間違いないか?」

「間違いありません」


 ルビッチがその返答に一つ頷く。


「話していた内容を教えてくれるかな?」

「…分かりました」


 ブリッツは、アミュレたちが暮らす蠅族の領地に亡命しようとしたことを話した。決行当日、亡命の手伝いをしてくれる蠅族が来る前に逮捕されてしまったことも。全てを包み隠さずブリッツは説明した。


「ありがとう。話はこれで十分だ」


 ルビッチはメモも取らずにそう返すと、再び杯に口をつけた。


「え…?それで、おしまいですか?」


 ブリッツは目をぱちくりさせる。


「ああ、終わりだ。君が魔族と結託して、人族に害を及ぼすことがないようなことが確認できれば十分だ」


 そう言って、椅子の背もたれにルビッチは体重を預けた。聞きたいことは本当にそれだけだったようだ。


「おい、そういえばお前たち、どこで知り合ったんだ?」

「おい、リブロ…!」


 アテナが釘を刺すが間に合わなかった。ルビッチもそれに気付いて、目頭を押さえた。


「は?どういうことだ?」

「…リブロ君が言った以上、俺も聞かなければならねぇな。アミュレさん、君はなぜブリッツ君と出会い、そして人族領にいたんだ」

「あっ!そうか…すまねえ」


 リブロが頭を掻き、まずったなあという表情を見せた。


「やぶ蛇だぞ、リブロ…」


 アテナがじと目で見睨んでいる。


「やぶ蛇ね」


 マリセも同調する。ここにいる人族たちはすでにアミュレに心を許していたのだ。


「悪いな。ブリッツ君は先ほどの問答で用件は済んだが、アミュレさんに対してはそうはいかない」


リブロが慌てて言う。


「待てって!そうだ!こういうのはどうだ?この子はここにいなかったんだ。始めから。な?そうだろ?ルビッチのおっさんよ」

「ダメですっ!」


横槍を入れたのは、もう一人の人族の書記官のハイネだった。


「ここは魔族領にあるコロシアムなので、通常、魔族の法律や常識が適用されます。ですが、この執務室だけは違います!ここだけは人族の法律や常識が適用される人族領、要するに治外法権ですっ!アミュレさん、あなたはこの部屋では人族のルールに従わなければいけない、そして、我々は人族に害がないか確認しなければいけないんです」

「まあ言っていることは正しいが…お前なぁ」


 ルビッチはハイネに言外に言いたいことがあるような顔で見つめるが、当の彼女はふんっと目をつむり、顔を背けた。


「…いいんです。事情は分かりましたから」

「いいのか?」


 ルビッチが頭を搔きながら尋ねるが、アミュレは小さく首を振り、静かに語り始めた。


……

………


「二週に一度行われるこの闘技大会で、今回みたいに私が来賓で呼ばれることもありますが、それは今までで一度だけでした。それ以外の時に何をしているかというと、境界警護を任されるんです」

「境界警護?」

「はい。少数部族が来賓として呼ばれた場合に、使われる制度です。魔界には数百もの少数部族が存在します。彼らが来賓で呼ばれる場合、付き人や警護のものも含めて多くの人たちが自身の村を離れてしまいます。そこで彼らの代わりに別の少数部族、主に同盟を交わしている部族が人を融通して、他部族や人族の国境付近を警護するのです。彼が住む村は魔界から近い距離の場所にありました。私は警護中に彼、ブリッツと出会ったんです」


「一ついいかしら?」


 マリセが、アミュレに問いかけた。


「なぜ、ブリッツ君だったの?彼は人族よ。もちろん、可愛い顔はしているけど、何か他に理由があるんじゃないの?」


 その問いにアミュレは懐かしむように微笑んだ。


「…本当に昔、子供の頃の話です。私は父に連れられて境界警護に参加したことがありました。今回のような闘技大会がなくても、定期的にそういった任務はあるんです。私が参加したのは、バイアラン山脈の麓の村でした」


 ルビッチがその言葉に反応した。


「バイアランといえば、確か、千年以上生きているとか言う黒竜バイアランの…」

「そうです。実際に飛んでいる姿も私は見たことがあります。そこで、今日、魔王様に使ったブリッツの魔術を目撃したんです」

「ま、まさか、そのバイアランに…」


 ルビッチがブリッツに目線を向けると、ブリッツはさっと顔をそらした。そして、言い訳するように早口にしゃべりだした。


「い、いや、だって人には怖くて使えないですし。だけど、教わったからには一回ぐらい使ってみたいじゃないですか!それで、ちょうど遠くを飛んでいる黒竜の姿が見えて…それで…」

「お前の性格、昔からそんなだったんだな」

「…す、すいません」


 ルビッチがコホンと一つ咳をした。アミュレは話を戻した。


「黒竜が空中で脱糞するのを私は目撃しました。そして怒り狂っている黒竜の姿も。黒竜は魔術を行使した人物を血眼になって探していましたが、結局見つけられませんでした。ですが、鼻がいい私は、その魔術の特徴的な匂いが分かりました」

「ああ、あの肥溜めのような…」


 アテナはその匂いを思い出し、顔をしかめる。


「その時には、魔術を放った相手が誰かまでは分かりませんでした。ですが、私が大人になってから警護をしている時に、ミスラム村に住むブリッツの魔力に気づいたんです。そうして、最初は彼の持つ魔術に惹かれて、こっそり接触したんです」

「な、なるほどな」


 リブロがうなづく。


「それが彼と私の出会いです」


 そう、彼女が魔王とブリッツの魔術勝負に口を挟まなかったのは、彼の魔術の威力を知っていたからだった。


 魔術の話になり、アミュレも疑問に思っていたことを口に出した。


「そういえばブリッツ。君が最初に使った魔術は詠唱をしていなかったが、あれはどういう理屈なんだ?」

「いえ、僕もおじいちゃんに教わった魔術で、詳しい原理や理屈はわからないんです」

「口伝によって伝えられた魔術は現代の魔術の知識じゃ解明できない謎がいくらでもあるわ。もしかしたら人族でも詠唱なしに魔術を唱えられるのかも」

「それは興味深いな。おいブリッツ。試しにリブロにその魔術をかけてくれないか?」

「おい!アテナ、お前何言ってんだよ!?」

「冗談だよ」


 だが、目は真剣な表情をしていた。


 皆がその会話に和やかな雰囲気になった。


 ーーコンコン。その時、ドアを叩く音が聞こえた。

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